大詰め
私の怪訝な顔を察し、京狐は微笑んだ。
「コンコン!」
「狐はそう鳴かないんじゃなかったのか」
「あらあら、桃色狸が狐の何を知っているのかしら?」
「知るか、狐のことなんざ!」
私は狐に向かって叫んだ。彼女はそれを聞いて満足そうに微笑んだ。
「でもまぁ……知ってるよ。お前が勝也のこと救うために俺達をあそこに呼んで、最後まで全部黙ってたってことぐらいはな」
京狐は全てを知っていた。
哲のことも、勝也のことも、二人に何があったのかも。それがあればすぐに銃が解放できたというのに、彼女はそれを黙っていた。
しかしそれが、性悪な理由に基づいてではなかったと私は知っている。
彼女は狐であり、私は狸である。私には狐のことなんぞ理解できないが、彼女のことは少しぐらい分かっている。
だから私が自信を持って言うが、今回の一件、彼女は勝也のために行動し、勝也に最後に言ったことも全て真実だ。
「さっ……さてと、じゃあ私はここらへんで失礼するからっ! あんたらを自由にさせたことがバレて病院はクビになったけど、私はひまじゃないの! 忙しいっ忙しいっ!」
それは大変悪いことをいたしました。
「どうせ源さんに雇ってもらうくせに」
「へぇ……悪気がないみたいだけど?」
しまった、心の声と逆だった。
私の腰に京狐は一発、蹴りを入れ、そのままそそくさとこの広間を出て行った。
「自業自得だね」
「おめぇもその一因だろうがっ……」
私が悶えている姿を一瞥した後、彼は自分の手元へと視線を移した。
旭は今、筆を手に和紙へ何かを書いている。私は体をズリズリと引きずって旭のもとへと這いよった。
「うわぁ……きめぇ」
旭が書いていた……いや、旭が描いていたのは赤子が固まってできたより大きな赤子。我々がつい先日目撃したあの木魅の絵であった。
「我ながらうまいと思うんだが」
「いや、うまいよ?うまいけどさぁ……」
うまいからこそのなんとやらというのがある。
「てか、どうしてこんな絵を?」
私は体勢を立て直し、あぐらをかきながら旭に問いかけた。
「出会ったモノノケを残しておこうと思ってね。俺の「図画百鬼夜行」さ。本家のほうでは木から現れる老人が描かれていたが、人の情念がそれに交わるとこんな姿になってしまうとは、なんとも言えぬものだな……さぁ、できた」
彼は出来上がった絵を日にかざす。照らされたその絵の右上にはしっかりと「木魅」と描かれていた。
「さて……ではこっちの続きを描こうかな」
旭は木魅の絵を傍らに置き、その隣に置かれた描きかけの絵を机上に置いた。その様子を見た私は、腰の痛みなどすっかり忘れて、もう一度縁側へ横になった。
「にしてもよ、少し納得できないんだよな」
「何が?」
旭は筆を動かしながら私へ聞き返す。
「モノノケの依り代のことだよ。勝也が話した事実で銃が解放できたってことは、勝也のことを哲が恨んでたってことが依り代になったってことだろ? でも、哲は自ら死を望んだ。それに、勝也がやったことが直接死因になったわけじゃない。なのに勝也を恨む。これって、なんかモヤモヤしないか?」
モノノケは人の強い情念、感情から生まれる。
今回のことで言えば、「森村哲」という少年の強い感情がモノノケを生んだということだ。我々は最初、若くして亡くなったことへの無念がモノノケを生んだと考えた。だが、それだけでは決定打に欠け、勝也による独白によって、旭は木魅を祓うことができたわけである。
つまり、モノノケが生まれた要因は勝也に対する「恨み」というものだと仮定することができる。
「残念ながら、木魅の依り代は恨みではないよ」
私の仮定は一言で崩れた。
「じゃあやっぱり、若くして亡くなった無念ってやつか? あ、それとも、二人の友情がなんたらぁ~とかか?」
私は思いつく限りのものを出してみたが、それに旭は「ん~」と答えるばかりであった。
「友情は半分正解かもな」
「半分て」
「簡潔に言えば……」
旭はほんの少しだけ手を止め、私のほうへ顔を向けた。
「木魅を生み出したのは、あの亡くなった少年ではなかったということだ」
「は? ……じゃあつまり」
私の脳裏には哲とは違う少年の顔が浮かんでいた。よくよく考えてみれば、不自然な点も多かった。旭は、さくらがこの調査に同行するのを拒否していたのに、その少年のことはすんなり受け入れ、病院の探索を許した。そして彼の話を聞くために大切な銃をさくらへ預け、しまいに彼にモノノケを撃つことの許可を求めた。
恐らく旭は、彼がモノノケについて何か関わっているということ、ひいては、彼がモノノケの依り代であったということを何となく感じ取っていたのだと思う。
「木魅を生んだ感情に名前をつけるとすれば……「後悔」だろう。友を殺したことを深く悔やみ、そんな自分を許せなかった。そして彼は、友のいない病院に毎日のように通った。後悔は日に日に増し、それを依り代にモノノケが生まれ、赤いキャップをかぶった自分の幽霊を彼は追ったんだ」
顔の見えなかった赤いキャップの少年の影。我々が病院で見たその影は哲ではなく、我々の傍にいた少年の現身だったのだろうか。
「俺は亡き少年の無念をもとに銃を解放したわけじゃない。少年の友の許しを得て銃を解放した。それが……何よりの証拠だ」
旭は少し間をおいてこうつぶやく。
「許しを得られたのは相沢さんのおかげだ……礼を言わないとな」
「その通りだぞぉー! つれてってよかったじゃないか」
私はそう言いながらゴロンと転がり仰向けになる。
「でもじゃあ……最後の木魅の言葉はやっぱり、ただ勝也の言ったことを跳ね返しただけだったのか」
「さぁ……それはどうだろう。アヤカシの世界もモノノケの世界も我々では計り知れないことばかりだ。きっとアレは彼の言葉だったと俺は信じよう」
我が友人の粋な一言に私は微笑んだ。
「俺もそう信じよう」
「それはそれは気が合うね……なぁ、桃狸君」
旭は机上でスラスラと筆を走らせながら微笑む私の名前を呼んだ。「ん?」と喉を鳴らし、私は旭に続きを求める。
「もし俺が、呪いのさだめに耐えられず「殺してくれ」と頼んだら、君はどうする?」
旭の表情は何一つとして変わらなかった。朝食が何であったかを聞くように、穏やかな顔で私に問う。
私は少し考え込んだが、そんな時間は長くはなかった。
「知らねぇよ」
私の一言を聞いて、旭は筆を止めた。
「柊旭にそんな"もし"なんて絶対ない。考えるだけ無駄だ」
そう言いながら、私は寝返りをうった。そのため、旭がどんな表情をしたかは見ていない。ただ「ふっ」とムカつく微笑みと筆が再開する音が聞こえるばかりだ。
彼は我が友人であるが、我が友達ではない。彼にとって私は相棒であるが、親友ではない。
私と彼はそんな感じだ。そんな感じで良いのだ。
もしかしたら、我々は友達以下の関係かもしれないし、もしかしたら、友達以上の関係かもしれない。もとより、我々は人間ではない。よって人間の尺度ではかれるような関係ではない。だから、これからも我々はこうであり、これからもそうやって日々を繰り返していく。
それで良いのだ。それが良いのだ。
「できた」
ふいに旭がつぶやいた。彼は筆を傍に置き、完成した絵を満足そうに眺めている。
私は体を起こし、その絵を覗き見た。
そこにあったのは、二人の少年の楽しそうな笑顔であった。
〇
今日も空都に風が吹く、空には青い空が広がる。
この街は幸せにあふれており、同時に不幸にあふれている。
不幸は人の情念を生み、それに呼ばれてモノノケが生まれる。
この街は今も、ぐるぐると目まぐるしく回り、その様は面白き。
彼はモノノケを祓う者。その身に呪いを受けた者。
さぁ彼は、今日如何に。




