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人を穿ちてモノノケ語り  作者: 下鴨哲生
友と木魅
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二十二の幕

 青年は手に持っていた御札を投げ放ち、結界の壁を作った。

「おせぇんだよ!」

 病室に駆け込んできた旭に向かって私は叫ぶ。

「すまない。その格好だと、かなり無茶をしたようだね。桃狸君」

 好きで無茶したわけじゃないやい。

 彼は赤い波を食い止めながら歯を食いしばっている。

「外に出ろ!」

 彼の言葉を合図に我々は病室から出た。

 驚くべきことに、病室から出た廊下は我々が通ってきた西病棟の廊下ではなく、東病棟の廊下であった。

 壁に書いてある「East」の文字がここが東病棟であることを示している。

「旭ッ!」

 彼は未だ結界に張り付き、波を抑えている。彼の手には血が(にじ)んでいる。あれほどのものを抑えているのだから、彼にかかる負担は相応(そうおう)だ。

 彼はその苦痛に歯を食いしばり、痛みに耐えている。

 だが……何故だろうか。

 私には彼が笑っているように見えた。

「旭さんッ!」

 さくらの声が響いた。

 それに気づいた旭が自分の手に流れる血を見る。そして、彼は結界から離れ、病室の外へと走った。彼がこちらへ来たのを確認し、さくらが思いっきりドアを閉める。

 息の上がった彼の手から赤い雫がしたたり落ちる。

 私の目の前にたれたソレは、廊下の床に血だまりを作った。

「それで、どうするの?」

 京狐が旭に問いかける。

「降りてください……エントランスに……」

 血に濡れた手でメガネを直しながら彼は言った。彼はうつむき、その表情を手で隠している。

「分かったわ。行きましょ」

 彼の様子に気づいていながらも、京狐は次の行動を促した。この状況において、京狐は正しい。

 私とさくらは旭のことが心配になったが、それでも、京狐に続いてエントランスを目指した。


     〇


 ガタガタガタガタガタ

 我々がラウンジへと行きついたとき、立ち並ぶすべての病室のドアに何かが叩きつけられる音が一斉に響いた。

「時間がない急いで!」

 我々は走り、エスカレーターを下った。一階下って、もう一階下って。

 そこは吹き抜けになったこの病院のエントランス。妙にだだっ広く、モノノケと対峙するにはうってつけの場所である。

「どこまで聞いた?」

 エントランスに行きついた時、旭が銃を指さして言った。

「多分……全部です」

 さくらが銃を差し出し、旭がそれを受け取る。彼はただ小さくうなずいた。

「来るわ」

 我々は京狐の言葉を聞いて上を見上げた。

 ドロドゴゴトベタドドドドドド

 三階から一階へ赤い塊が落ちてくる。もうそれは赤子の波ではない。群れを成したモノノケの波だ。

 轟音を立てて流れてくるソレは我々の目の前に落ち、集結する。やがてソレらはくっつき始めて、徐々に形を成し始めた。

 足、胴体、腕、首、そして体に不釣り合いな大きな頭。

 波が落ち着いた時、我々の目の前に立っていた……いや、這っていたのは全長七メートルにも及ぶ、赤子の形をした何か。

 ギャアアアアアアアォォォォォォォィィィィィイ!

 木魅(こだま)だ。

「おいおいおい、こりゃぁ……」

 私は思わず驚嘆の声を上げた。

 それも束の間。木魅はその未熟にもたくましい腕を振り上げた。そしてその腕を一気に振り下ろす。

 我々はそれをすんでのところで避けた。

「こっちを見ろッ!」

 木魅の攻撃を回避した旭はモノノケを挑発する。それに引っかかった木魅は旭のほうへギョロっと目を向ける。

 木魅は寝返りをうつように体をゴロンッと回転させ、旭の目の前へと移動した。

「平沼勝也ッ!」

 木魅の攻撃を回避しながら、旭は勝也の名前を叫んだ。

「このモノノケは君の友ではないっ! だが、あえてこう聞かせていただく!」

 旭は狼の銃を上空へ放り投げた。その銃は赤子の顎へぶち当たりながら、銃口を木魅へ向け固定させた。

「君の友を撃たせてもらってよろしいかッ!」

 旭が叫び、勝也へ問いかけた。

 問いかけられた勝也は、その言葉に目を見開き、木魅をただ見ている。それは人とはかけ離れており、どう見てもなき少年ではない。そんなことはすぐにわかる。

 だが、勝也は答えをすぐにはだせない。

 やがて彼は目の前にいる化け物からその目を逸らそうと、顔を横へ傾けた。

「だめっ!」

 そんな勝也のもとにさくらが駆けよる。彼女は彼の肩を掴んで、その顔を木魅に向けさせた。

「見るの。怖くても、逃げたくても、目を背けたくても。最後まで見て、向き合わなくちゃいけないのっ。モノノケを祓うためには、全てを知らなくちゃいけないんだから!」

 そう語ったさくらの体は震えていた。

「なんで……」

 そんなさくらを見て、勝也はその目でしっかりと旭と木魅を見つめた。

 小さな胸に何を思っているか。君はアレと亡き少年を重ねたか。その心に少年との記憶を思っているか。

 私には分からない。君にしかわからない。少年達にしかわからない。

 そして彼は我が友人に向かって、消え入りそうな声でこう言った。

「おねが……お願いですっ……俺の友達を……撃ってくださいっ!」

 カキンッ!

「承知……っ!」

 銃に施された狼の装飾がその歯をかみ合わせた。

「亡き少年の友の許しを得たりッ! 我が餓狼、それを食らい清めたも()ものなり。我、この錠を今、解き放つッ!」

 オオオオオオォォォォ!

 旭の言葉を合図に、銃についている狼の装飾がガキンッという音を立てながら口を開いた。同時に、狼の遠吠えが響き渡る。

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