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人を穿ちてモノノケ語り  作者: 下鴨哲生
来栖旅館の陰摩羅鬼
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三の幕

 さて皆々様(みなみなさま)

 ここまで皆様に、事の始まりを話していた私であるが、あえて言おう。


 いやはや、お待たせいたしました! と。


 ここからは我々の出番である。


 私は古くからの友人、柊旭(ひいらぎあさひ)と共に"とある事情"で来栖旅館へと訪れた。

「ここに"いる"んだなぁ」

 私は口をぽっかりと上げながら、目の前にそびえる古めかしい建物を見上げた。手で日の光を遮りながら、旭も同じ建物を見上げている。


 我が友人は言わずもがな男性であるが、しばしば女性に間違われることがある。

 中性的で涼やかな顔立ち。くせ毛の長髪は頭の後ろでハーフアップにしている。髪色は基本黒であるが、輪郭に沿った前髪だけは血のように紅い色で染まっている。

 確かに一見、女性と思われてもしょうがないが、重ねて言おう。彼は男性である。メガネが似合う男である。

 

 旭の本日の服装は(はかま)。普段は割とすらっとした洋服などを着ることが多いのに、友人はたまにこういった奇抜(きばつ)な服装をし始める。

 といっても、ここは偽京都と呼ばれる"空都"である。彼の服装は、むしろここに馴染んでると言っても過言ではないのかもしれない。

 

「高い……三階はあるかな」


 旭は建物を見上げながらそうつぶやいた。

「うーん……確かに思ったより高いけど、ここは二階しかなかったはずだ。つーか、それよりその服装。何ちょっと気取ってんだ」

 旭は私の言葉を聞いてクスッと笑ってみせ、自慢の袴を大きく披露してみせた。

「このほうがそれっぽいだろう?それに、少し前まではこれが正装だ」

「何がそれっぽいだ阿呆。それに、普通の尺度じゃお前のそれは少し前なんて表現しないっての。ほら、行くぞ」

 

 我々は来栖旅館に入るべく歩き出した。

 男が二人並んで旅館に入っていくこの絵面はいかがなものかと少し思案したが、だからといって何があるというわけでもないので、私は考えるのをやめた。


 旅館の玄関へと差し掛かり、いざ館内へ足を踏み入れようとした瞬間、我々は感じなれた感覚を覚える。体にズンッと感じられるどす黒い何か。我々はこのような感覚をしばしば感じることがある。

「ほう……これまた、こいつ(・・・)(いざな)われたのかもしれないね」

 傍らにいた旭が自分の(ふところ)を叩いてみせる。

 私はその様子を見て、小さくため息をついた。


     ○


「ごめんくださぁい!」

 私は渾身(こんしん)の「ごめんください」を打ち出したつもりである。

 しかし、誰も出てこない。


 来るかもわからない誰かを待っている間、旭は周りをキョロキョロと見回している。そして、ふと玄関口に振り返るとその左右に怪しげな紋様(もんよう)が描かれた札を貼った。

「おとなしくしなさいよ」

「申し訳ない。これが俺の性分(しょうぶん)で」

 よく存じております。


 あまりにも誰も来なかったため、旭につられて私も周りを見渡した。


 老舗旅館というだけあって、受付からもう(にじ)み出ている。

 木材基調の落ち着いた雰囲気の受付には絢爛(けんらん)な生花が置かれ、ここから見えるただの廊下でさえも、老舗という雰囲気が溢れ出ている気がする。

「天井がそんなに高くない」

「ん?」

「なんでもないよ」

 旭が言った言葉を聞き逃したわけではなかったが、私はあまり追求しなかった。


 それから少し待ったあと、ようやく二階から人が降りてきた。

「えっと……どなたでしょうか……それと、どこから入ってこられたんでしょうか。」

 景気がいいのか悪いのかわからないトーンで出てきたのはまだ二十歳になって間もないのではないかと思われる若い少女。

 赤い着物を着ていることと年齢から、恐らくこの旅館の仲居だと思われる。


「どこから……と言われても、ここから。としか言えませんね。それより……」

 少女の姿を確認した旭が答え、それに続ける。

「たぶんこの旅館で人が死んだと思うので、俺達をここに入れてくれませんか」

 旅館の玄関にて、我々の呼びかけに応じてでてきた少女に我が友人は言い放った。

 私の友人はこういう時に嘘がつけない。


 もうこうなったら、ため息をついて天命を待つしかない。

「え……」

 少女は明らかに動揺していた。確かに、こんな事を言われれば動揺して当たり前だとは思うが、その少女が動揺していたのは恐らく、旭が言った発言そのものではなく、その内容の方に思えた。


「申し訳ない。いきなりこんなことを言われて動揺する気持ちもわかりますが、どうやら事態は一刻(いっこく)を争う。ここにいるやつを俺は撃たねばならないんでね」

 彼の言うことは間違いではない。ここに存在するものを撃つ。それが、彼の本分である。


 だが、

「もうちょっと言い方工夫できないわけ?」

「事実を事実のまま伝えること以上に簡潔に済むことはないだろう?」

「それはそうかもしれないけどなぁ……」


 それが通じないのが今の時代なんですよ。


 我々が話しているのを少女はおどおどしながら聞いていた。俺達が何を話しているのかが理解できないのだろう。当然である。


「あの! とりあえず……一緒に来てもらっていいですか……?」

 少女はついに我々の会話に割って入った。バツが悪そうな顔をしている。我々の会話を中断させたことが気になるのか、それともそれ以外に何か恐れているものがあるのか。

 

 我々はとりあえず、少女の後に続いて二階へと続く階段を上がった。

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