十六の幕
夜まで少し時間がある。
しかし、今夜は徹夜になるだろうから、私はさくらへ仮眠をとるように勧めた。もちろん、私も眠る。
幸いなことに、ここは仮眠室だ。二段ベッドが二つ用意してあり、抱き枕も完備。眠るには最適な場所である。
そうして私とさくらは各々、別のベッドに横になった。
しかし、旭だけは一向に横になる気配がない。
「寝ねぇの?」
「対して眠くないからな」
旭はテーブルの上にあの銃を置き、じっとそれを見つめている。銃に施された銀の装飾がテーブルライトに照らされてきらりと光る。
別に言葉を交わしているわけではないが、何故だか私は旭がその銃と会話をしているように思えてならなかった。
「なあ旭。お前がなんでその呪いを受けたのか、聞いてなかったよな」
旭と出会った時、彼はすでに呪いをその身に受けていた。それから長らく彼と行動を共にしてきたが、彼がその呪いの効力以外に話してくれたことはない。
私も特別聞くようなことはしなかったが、今の彼の姿を見て、私は何故か聞いてみたくなってしまった。
彼は私のほうへと顔を動かした。その目がどこか憂いを帯びていたことを私は今でも覚えている。
「話すべき時に話すよ。でも今は……ただ夜に備えて眠るが良しだ」
そうして彼はまた銃へと視線を戻す。
そんな彼を見て、私は何故か心がざわついた。
ふと隣のベッドを見ると、私に背を向けてさくらが眠っている。彼女が起きていたのかどうかは知らないが、呪いの真相が分かった時、恐らく、彼女もいっしょにいるのではないかと私は思った。
そんなことを考えながら、私は抱き枕を抱きしめ、布団をかぶる。
これが本当のタヌキ寝入り。そんなくだらないことが頭の中によぎったが、私はソレを即座に頭の中から追い出した。
目をつむり、目の前には黒しかなくなる。そして、自分の意識がずんずんと落ちていく。そうして、今起きているのか起きていないのかが分からないほど頭が動かなくなってきたとき、私ははるかなる夢路を歩き出した。
そして夜がやってくる。
〇
「とう……ん……桃……狸さん。桃狸さん」
私はさくらの声で目覚めた。
目を開けると私の顔をさくらと旭と、ついでに京狐が覗いている。
「今なんじ……?」
「もう十時過ぎだよ。それより……」
私の問いかけに旭が答え、私の姿を見ながら旭が続ける。
「そろそろ毛玉から戻ったらどうだい?」
「え?」
その時私はなんとなく京狐が半笑いだった理由を察した。
どうやら気持ちよく寝ている間に私は狸に戻ってしまっていたらしい。おいおい。まじか。
私はベッドの上で体を起こすと、今一度人間の青年の姿へと化けた。
「やべぇ。気が抜けてた」
私の言葉に、ここにいる全員が笑った。
そうして、我々は身支度を整え、病院内の探索へと向かう。
仮眠室のドアを開け、我々の前に広がっていたのは夜間照明へと切り替えられられた薄暗い廊下であった。
「覚悟はしてたけど、夜の病院はそれなりに怖いな。これじゃ幽霊が出てもおかしくない」
「自分がそんな存在だってのに何言っちゃってんのよ。はいこれ」
京狐は軽く微笑を浮かべながら私に向かって細長い黒い物体を差し出した。私は一瞬「なんだ!?」とビビッてしまったが、それがただの懐中電灯だと気づいて少し恥ずかしくなった。
懐中電灯をつけ、暗い廊下の床を照らす。
よし、足とか見えないな。
実際、この懐中電灯をつける瞬間が一番怖いと思うのは私だけであろうか。
「まずはどこに行くんですか?」
さくらが我々に聞いた。
どうやら私が眠りこくっている間、さくらは一足先に夢の世界から戻り、京狐からこれまでのことを聞いていたようだった。ラウンジで見た木の根。ここで亡くなった少年。そしてその両親。彼女はそれをただ黙って聞いていたらしい。
というか、そんなことをしている間も私は寝ていたのか。
「まずは哲君の病室に向かいましょう。彼がモノノケの依り代だったとは限らないけど、目的もなしに散策するよりはいいわ」
京狐の提案に異議を唱える者はいなかった。
我々は周りをよく見ながら廊下を歩いた。どこにモノノケが現れるかわからない。現れた瞬間を逃さないようにしなければいけない。
私と旭が並んで先頭に立ち、残りの二人が後ろに続く。しかし、しばらく歩いているとだんだんと妙な気配があることに気が付いた。
小さくではあるが、我々以外の足音が後ろから聞こえる。その足音はまるで我々をつけているようだった。
私は隣の旭を見る。すると、旭もこちらに視線を送っていた。彼も気づいているようだ。
我々はお互いに視線で合図を送りあい、ここだというタイミングで一斉に後ろを振り返った。京狐とさくらの間から懐中電灯の光を通す。そこで我々が目にしたのは丁度そこに会った廊下の分かれ道へ駆けていく少年の足であった。
それを見た瞬間、旭が全速力で走りだす。私もそれを追う。
京狐とさくらは、何で走っているのかが一瞬分かっていないような様子であったが、我々を見失うことがないように一緒に走り出した。
廊下を曲がるとそこには、一直線の廊下がまたある。
今度はそこを走る赤いキャップをかぶった少年の姿がはっきりと見えた。
「ちょっと待てー!」
私は叫んだ。
もちろん、少年に言ったつもりであるが、心なしか前をとてつもない速さで走る旭に対しても言ったような気がしている。
旭はそのままぐいぐいと少年へ近づいていき、ついに彼は少年に追いついた。少し追い越すかと思われたところで、彼は足のスナップを活かし、百八十度回転する。
少年の前に立ちはだかった旭の着物がふわりと舞い上がり、まるで目の前に巨大な鳥が立ちはだかったように見えた。
目の前に現れた障害に対し、少年はつまずき尻もちをつく。
そして我々は次の瞬間、驚くべきことを聞いた。
「っっ……いってぇな! いきなり目の前に出てくんなよあぶねぇ!」
少年から発せられたそれを聞いて、我々は非常に間抜けな表情を浮かべている。




