十五の幕
良子から少年の霊のことを聞いた後も、話は続いた。
と言っても、モノノケに関わるようなことはそれ以降何もしていない。彼らは息子を亡くしたばかりで、そう言った奇々怪々なことを追求する気持ちは我々の内にどうしても湧かなかったのだ。
その後、交わされたやりとりは京狐によるカウンセリングと言ったところ。
病室の空気に耐えられなくなった私は、恥ずかしながら病室を後にし、廊下のベンチに座って、カウンセリングが終わるのをぐったりと待っていた。
天井を見上げながら、私は少年のことを思う。
人間の生涯は短い。
私は狸であり、アヤカシであるため、そんな人間の尺度でモノをはかることは難しく、夢想するしかない。
ただでさえ短い命を更に短く生きることしかできなかった少年の心。
こうやって、頭の中に思い描くだけで、胸がどうしようもなく締め付けられるのだから、少年とその両親がどれだけの想いでいるのか。いたのだろうか。
それを夢想し、私はただ小さくため息をついた。
しばらくして、病室のドアが開く。
中からまず旭が出てきて、その次に京狐が見えた。京狐は病室にいる良子と紘一に丁寧に一礼をして、病室のドアを静かにしめた。
二人はベンチに座る私を確認し、こちらへと近づいてくる。
「おつかれ」
私は二人に向かってねぎらいの声をかける。
病室から出たとはいえ、我々の気分がすぐに晴れることはなかった。
とはいえ、我々にはここで立ち止まり、哀情に浸っている時間はない。我々にはやらなくてはいけないことがあるのだ。
「それで、これからどうするよ」
「噂の大元は夜に起こっている。とりあえず、今日はここに泊まらせてもらおう。京狐さん、どうにかできますか?」
旭は京狐のほうへと向き、提案する。
関係者でも何でもない我々が、病院に一拍できるのかどうかは怪しいところで、泊まったところで夜にモノノケの探索ができるかとなれば更に微妙であるが、何故だか京狐ならそんなことも解決してくれそうな気がした。
「大丈夫! 私にまかせておきなさい」
京狐は余裕の表情を浮かべている。
我々がそうして話していたその瞬間、私は誰か気配を感じた。誰かに見られているような。誰かに聞かれているような。
しかし、周りを見渡しても走る少年の足がみえたくらいで、誰も近くに人はいなかった。
〇
約束通り、京狐はやってくれた。
麻酔科の仮眠室をおさえ、我々がある程度自由に動けるように従業員に掛け合ってくれた。さすがに「上の方々には秘密にしてあるわ」と言っていたが、これだけで十分、我々は動くことができるだろう。フリーランスで雇われている彼女がどうしてここまでできるのかと少々謎があるのだが、それも彼女の人望を鑑みると何故か納得できてしまうのが不思議である。
そんなこんなで我々は今、仮眠室にて休養及び夜へ向けての準備を行っている。京狐はもろもろあると言うことで、今はいない。「もろもろって何だよ」と私は京狐に聞いてみたが「もろもろはもろもろよ。一応私はここで働いているんだから、あんたらみたいにぐーたらとはいかないの」と返されてしまったため、私はもう何も聞かなかった。
「遅くなりましっ……た?」
仮眠室のドアをガチャっと開けて入ってきたのは、何故か久しく感じるさくらである。彼女はこの部屋に入ってくるなり、私と旭が行っていることに困惑しているようだった。
別に怪しいことをしていたわけではない。いや、妖しいことではあるかもしれないが、文字にするのもはばかられるようなことをしていたわけではないし、第一そのことをしていたのは私ではなく旭だ。
旭の目の前のテーブルには、長方形の細長い和紙が置かれている。そして、旭の手には小さな針。私はそんな旭を凝視していた。
「丁度いい。相沢さんも見るといいよ」
旭はテーブルに沿っておかれた椅子に座るようさくらへ促した。
鞄をひざに置きながら、さくらが椅子へ腰かける。
「なにしてるんですか?」
「まぁ、見ていたまえ」
そう言いながら、旭は自分の人差し指の腹に持っていた針を刺した。痛みを想像して、さくらが一瞬ひるむ。
旭はそのまま指の腹を下へ向けると、反対側の手でそこを少し挟んだ。血が少しずつ溢れ、耐えられなくなった真っ赤な雫がテーブルの上の和紙へと落ちる。旭の血が和紙にしみこみ、そこには小さな赤いシミができた。
そして次の瞬間、そのシミが動き出す。
「えっ……!?」
その様子に、さくらは思わず驚嘆の声を上げた。
和紙の上で旭の血が広がり、枝分かれし、徐々にそれが形を成し始める。なんとも言えない面妖な模様を描いたその紙をさくらも一度目にしたことがある。
「これって、旅館でも使っていた御札ですよね!?」
驚くさくらへ向かって旭がうなずく。
「植物だけで出来た純粋な和紙に、俺の呪われた血をつけることで、モノノケを退ける御札ができる。一滴の血だけで出来るから大変リーズナブルだ」
旭が冗談交じりにそう言った。
この通り、我々が今まで使っていた御札は旭の血によってできたものだった。
私は全てを見終えて、注視していた力を抜いた。
「何度見ても理解できねぇ……なんでそれでこんなものが出来上がるのかも分からんし、旭がこれをあんな風に扱えることも信じらんねぇな」
旭はこの御札をまるで手足のように扱える。
御札を投げるだけでいろんなところに張り付けることができたり、空中に御札を固定して一時的な結界を作ることもできる。それに加え、覚醒時には御札をつなぎ合わせてロープのようにし、モノノケを拘束するなんてこともできる。
これが旭の血で出来ているからという理由だけではまったくもって納得できない。
「信じられないと言っても、できるんだから使わない手はない。それに、君だって自分の化け術の原理がなんだと気にすることはないだろう?」
「あぁ……そうか」
なんかすごい納得した。
アヤカシの世界ではそんな超能力や霊能力があふれている。そんな中で、旭の能力だけ気にするということはいささか妙である。
私はそのうち考えるのを読めた。めんどくさいので。
「さて、これをあと何枚か作らなければな」
旭は今一度、御札を作る体勢へと戻る。そして、自分の指へ針を突き刺しながら言葉を続ける。
「この前は申し訳なかった」
旭が「申し訳ない」と言ったのは私ではなくさくらに対してだ。さくらのことを心配してとはいえ、旭はさくらの同行を強く反対したことを気にしていたのだろう。
ここで旭が謝ったのは、さくらがどうにも居心地が悪そうにしていたことを感じ取っていたからであろう。
「ここに来たからには我々は全力で君を守る。だが、力が及ばないこともあるかもしれない。だから、君にこの御札を何枚か持っていてほしい。もし、何かあった時には……」
「はい。分かっています……私もこの前はすみませんでした」
二人の間から少しだけわだかまりが解けていくのを見て、私はどうにもそれが可笑しく、ソファにだらけながら私は静かに微笑んだ。




