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人を穿ちてモノノケ語り  作者: 下鴨哲生
友と木魅
33/44

十四の幕

「気持ちの整理はまだつきそうにありませんか?」

 彼らの前に立ち、京狐は優しくそう言った。女は首を振る。

 この男女が誰なのか。それは皆まで言わなくても理解できる。

 我々は彼らのことも事前に京狐から伝えられていた。

 彼らは亡くなった少年の母と父。性は森村。名は良子(りょうこ)紘一(こういち)。あまりにも早すぎる息子の死を経験した、正真正銘の少年の家族である。

 少年が亡くなってから、彼らは毎日のようにここに訪れているらしい。仕事が終わってから、面会時間のギリギリまで、彼らはここに訪れ、ただ座って空のベッドを見つめている。

 そんなことを何故しているのか。それは一重に、彼らが家族であったからだ。今も家族であるからだ。

 人は必ず死ぬ。それは分かっているけども、自分達の幼き宝が、自分達よりも先にこの世からいなくなるということをすぐに受け入れろというのはあまりにも難しい。

 空になったベッドを病院側は違う患者に使いたいと思っているらしいが、京狐の届け出により、数日間の譲歩がなされた。そんな京狐に彼らは感謝し、そしてまた、空のベッドを見つめ続けている。


「……そちらの方々は?」

 良子は我々を注視し、京狐に尋ねた。そういえば、私は自分達のことをどう説明すれば良いのかを考えていなかった。私は内心焦りを覚えたが、そんな焦りも一瞬で杞憂(きゆう)に終わる。

「この方達は私の知り合いのカウンセラーです。服装は奇抜ですが、変な人達ではないので安心してください」

 さすが狐。ウソがうまい。

 我々の風貌(ふうぼう)からして、これで彼らを納得させることができたかは微妙なところではあるが、どうやら今の彼らにはそれを追求する気力も残っていないようだった。

 我々は壁沿いに重ねてあったスツールを手に取り、適当なところに座る。と言っても、私と旭は京狐の後ろに座るしかない。

「先生……私達はあとどれくらいこうしていられますか?」

 ここまでずっと押し黙っていた紘一が口を開く。

「譲歩してもらった日数はあと三日です。その翌日からは次の患者さんがここに入ることになっています」

 紘一は「そうですか……」とつぶやいてから、ベッドへ視線を戻した。

「その前に、酷なこととは思いますが、もう一度お話をお伺いしたいんです。なんでもいいんです。息子さんのこと。ご自身のお気持ちのこと。今思っていることを聞かせてください」

 京狐の声は聞こえているものの、彼らはその質問にすぐ答えるようなことはしなかった。そして、しばしの沈黙を経て、良子が静かに口を開く。

「せんせい……」

 その声は弱弱しい。

「どうしても……どうしても……受け止めきれないんです……」

 その声は悲痛だ。

「どうして……哲がこんなことにならなくちゃいけなかったんでしょうか……私達は……あの子に何かしてあげられなかったんでしょうか……どうしてもっと……普通の子に産んであげられなかったんでしょうか……」

「良子、それは……」

 良子の嘆きに、紘一は何か言おうとしていた。だが、紘一が続けて言おうとすると「だってっ!」という声とともに良子がそれを止める。

「可哀そうよ! 可哀そうよ! 可哀そうよ! 私の所に生まれてこなければ、哲はもっと生きれたかもしれないっ! もっと幸せになれたかもしれないっ! もっと!もっとっ……!」

 良子の頬に涙が流れる。とめどなくあふれ出すそれは、我々に言葉を失わせる。

 彼女を心配した紘一でさえ、その姿を見て口を閉ざした。

 しかし、この女だけは口を閉ざすことはしなかった。

「可哀そうなんて言わないであげてください」

 ここにいる男達が皆、言葉を渋っている中、京狐が言った。

 その言葉に、良子は泣きながら顔を上げた。

「良子さんの言う通り、もしかしたら、哲君はもっと生きれたかもしれないし、もっと幸せになれたのかもしれません。だけど、良子さんと紘一さんの愛を受けた哲君はちゃんとその愛を感じて、幸せだったはずです。その幸せはお二人が親じゃなければ感じることができなかった幸せです。自分を責めることを、今すぐやめましょうとは言いません。でも……せめて、哲君を可哀そうと思うことはしないであげてください」

 この話で、良子が泣き止むことはなかった。それどころか、傍らにいる紘一の目にも涙がにじむ。しかし時折漏れる、小さな「ありがとう」という言葉は彼らの涙が絶望だけではないことを示している。

 京狐の話にどれほど救いがあったかは分からない。むしろ、救いなんてない話だったかもしれない。

 起きてしまったこと。死んでしまったものは戻らない。それを受け入れることも容易ではない。

 全て苦しく、険しく、救いがない。

 それでも、これから生きていかなければならない。

 京狐の話は良子が求めた答えではなかった。少年が幸せであったのかも、京狐には分からないはずである。

 だが、そんな彼らには京狐の救いのない話が必要だったのだと私は思う。


 我々は少し間を置いた。

 彼らは泣くに泣き、やがてその顔の悲哀が弱まってきたとき、良子が顔を上げて我々を見た。

 心なしか顔に少し笑顔が見える。

「先生っ、可笑しな話をしてもいいですか? こんなこと言ったら、カウンセラーさんに疑われちゃうかもしれないですけど」

 恥ずかしながら、この時私は「そういえば俺、カウンセラーっていう設定だったな」と思い出していた。

 京狐は良子に笑顔を返し「遠慮なく言ってください」と返した。

「なんとなくなんですが……哲がまだ近くにいるような気がするんです」

 そう語る良子の顔は少し穏やかだった。

「先生は知ってますか? この病院に少年の霊が出るって話」

 その瞬間、我々は雷に撃たれたように目を見開いた。

「これだ」と心の中でつぶやく。

「ほんとに勝手なんですけど……哲じゃないのかなって思うんです。霊なんているわけがないのに……でも……もしこの予感が本当だったら……」

 この病院で流れた噂の中に、「少年の影を見た」という話があったことを思い出す。その話がここに繋がる。その影が少年なのかどうかは定かではないが「若くして亡くなった少年の無念」それからモノノケが生まれたという(すじ)ならばない話ではない。

 もし本当にそうだった場合、大変、心が痛むのだが。

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