十二の幕
我々は病院へ入るべく歩いた。
車が並ぶ駐車場を横目に歩き、病院前の広場を抜けて、入口へと差し掛かる。自動ドアの上には建物上部にあるものとはまた別の「南雲総合病院」の文字があった。
そして我々は病院の中へと歩を進める。
「地味に来るの初めてかもなぁー」
私は何気なくぼやいた。
「まぁ……あんたたち……というより、私達みたいなモノには無縁かもね」
京狐は顔に苦笑いを浮かべながら、私のぼやきに反応した。
我々はアヤカシである。故に、病院などという体をこねくりまわされる機関にはまず近寄ることがない。アヤカシ達の大抵のキズは自然治癒や霊力で治すし、ケガどころで済まないときには死ぬか祓われるかのどちらかである。
私は元が狸であるため、普通のアヤカシ達のように何でもかんでもキズが治るというわけではないが、幸いなことにそういった治癒に通じた狐がそばにいるため、そういったことには問題がないのだ。
それに、病院なんかに厄介になれば、それこそ身の安全が保障できない。
体を調べられ、あんなことやこんなことを研究されてしまうだろう。私はそれを想像して思わず体の毛が逆立った。
そんなことを考えているうちに、我々は病院内へと無事入り、エントランスへと出る。
「さてと、まずはどうする?」
私は二人に問いかけた。つもりだった。
気が付くと、隣の京狐と私の間にはもともとそこには誰もいなかったかのように、ぽっかりと人一人分のスペースが開いていた。
そこには我が友人がいたはずである。
「すいません。少しよろしいですか?」
受付のほうから聞き覚えのある声がする。
急いでそちらのほうへ目をやると、そこには見覚えのある袴を着た、見覚えのある美青年がいた。自分の見た目とさほど年齢は変わらないであろう受付係の女の子に丁寧な敬語で声をかけている。
「あっ……はい! どのようなご用件でしょうか?」
声を掛けられた受付係は、突然声をかけてきた美青年を見て、若干頬を赤らめながら対応している。しかし、青年の次の一言により、その表情は一気に困惑へと変わり、隣で待機していた数名の受付係すらも、その青年の一言にたじろいだ。
「この病院で起きたモノノケの騒動についてお聞きしたいのですが。あの、警備員が一人いなくなったという……」
私と京狐は全速力で旭のもとへと向かった。
旭のそばへと着くと、私は彼の口をふさぎ、彼の肩をガシっと掴む。
「あはははは! ごめんね里紗ちゃん!」
「あれ、京狐先生!? 先生のお知り合いですか!?」
京狐のことを里紗と呼ばれた受付係は知っていたようで、京狐は懸命に旭の言い訳を探していた。そんな京狐をフォローするかのように私も不自然な笑みを浮かべる。
「そっ、そうなの! 実はこの子は小説家でね!? 病院のことをどうしても知りたいっていうから見学だけでもってね! あははっは」
驚くべき早口をもって、京狐は必死に嘘をついた。そして、受付係の次の言葉が来る前に、我々はこの場から退散し、エスカレーターの影にあったベンチへと座る。
そこで私はやっと旭の口から手を離した。当の本人は何事もなかったかのようなすまし顔である。
「阿呆か!?」
「君に言われるとは」
どういう意味だそれは。
あまりにも必死であったために、私と京狐はすでに息が上がっている。そんな我々をほくそえみながら、旭は淡々と言葉を続けた。
「この前はこれで大丈夫だったじゃないか」
「旅館の時とは状況がちげぇんだよ……」
「いや、それより前の話だ」
「何年前の話だよ!」
「昔はこれが一番スムーズじゃったんじゃがのう」
「てめぇはどこのじいさんだっ!」
この男、絶対楽しんでいる。
しばらく呼吸を整えて、顔を上げた京狐は旭のほうを見る。
「昔は怪奇なことを信じる人は多かったけど、今は違うのよっ。警備員さんのことは、従業員の中でも完全には周知されていないわ。不用意に混乱させるようなことは言っちゃだめ」
京狐は若干半笑いになりながら旭へ注意した。
注意しつつも半笑いなのは、我々のやりとりに対してだろうか。
「わかりました」
「なんでそっちには素直なんだ……」
私は満身創痍になり、旭とは反対側の方向に倒れこんだ。
その姿を見て、京狐は爆笑し、旭はふっと微笑んだ。
〇
しばし休んだ後、手掛かりを求めて我々がやってきたのは「竜巻でもあったかというほど散乱していた」というラウンジ。
ここは病院の三階に位置し、患者が入院している西病棟が近くにあった。
「なんだ、全然きれいだな」
私は思い描いていた様相とは全く違うラウンジに驚きの念を隠さなかった。
「当然でしょ。散らかったままにしておくはずがないわ」
京狐が冷たく言い放つ。
そんなことは私にも分かってはいたが、あんな説明をされた後ではイメージと違くなるのはしょうがない。
私は拗ねて見せた。
そんなことなど気にすることもなく、我々はラウンジを探索し始めた。
乳白色の綺麗な床が広がり、そこには黒の丸いテーブルとそれに沿っておかれた椅子が規則的に並べられている。
他にもこのラウンジには座席が連なったベンチやソファなども置かれており、ざっと見ただけで五十人ほどはリラックスできそうな空間である。
そしてなにより目立つのは、そのラウンジの近くにあるコーヒーショップ。ラウンジでゆっくりするための最上アイテムを売ろうとしているなんて、この病院はなんと商売上手なのだろうか。
我々はコーヒーショップの店員やラウンジでくつろぐ人々の懐疑的な視線を受けながら探索を続けた。
私が見た限り、ここがちょっとしたカフェであること以外は怪しい所は見受けられない。恐らく、京狐も同じだったと思われる。
私と京狐の二人は、ある程度ひと段落つくと壁沿いにある一人がけソファの近くにいる旭のもとに集合した。
「京狐さん。散乱していた物はもうないですか?」
我々が近づいてきたのを確認し、旭は京狐へ質問した。
「えぇ、恐らくもう処分されているでしょうね」
京狐の答えに旭は小さくうなずいていたが、その表情から落胆している様子は感じられなかった。
何故なら彼はもう見つけていたからである。
「そこにはもっと手掛かりが残っていたかもしれませんが……まぁ、今はこれで十分でしょう」
旭はそう言いながら、ソファをズズズっと動かした。そして、その下にあったものを拾い上げる。そして彼はこう言った。
「おそらく漏れてきたんだろうな。コレの世界から」
旭が何かを手に持ち、我々に見せる。
それを見て、我々は目を大きく見開き、驚愕した。
彼が手にしていたものが、おそらく肘から先のものと思われる赤子の腕であったからだ。




