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人を穿ちてモノノケ語り  作者: 下鴨哲生
友と木魅
29/44

十の幕

「えー……それではー……相沢さくらさんの天丈寺居住とえーあー京狐の帰還を祝しましてー」

「そんな棒読みじゃ乾杯しないぞぉー!」

「うるさいクソ狐」

「コンコン♪」

「可愛くねぇんだよっ!」

 私は頭の上のパーティ帽を京狐に投げつけた。


 京狐が宴会をすると宣言したあと、私は夜に向けて買い出しに行かされたり、宴会場の準備をさせられたりと、要するに散々こき使われた。

 挙句の果てに、京狐がどこかで買ってきた低クオリティのキラキラパーティ帽と「本日の主役」と書かれたタスキを無理やりつけられ、乾杯の音頭をとらされることとなった。

「はいじゃあーかんぱぁい!」

 結局のところ、我慢できなかった京狐が乾杯の音頭をとる。京狐の声に合わせ、宴会に集まった面々(めんめん)各々(おのおの)の飲み物を手に取り、お互いにそれを突き合わせた。

 カツカツ、コツ。

 小気味よい音が広間にいくつか響いた。

 

 宴会と言っても、そんなに豪勢(ごうせい)に人がいるわけではない。

 この広間に集まったのは旭、さくら、京狐、海里、源さん、そして私の計六人。全員が我々の正体を知っているか、その当人達の集まりである。

「タヌキがタスキかけてるぅ……プッ」

 空いている座布団に腰掛けようとした私を見て、京狐は吹き出した。

「用意したのはお前だろ……」

「それに『本日の主役』ってっははっ、どんだけ目立ちたいのよ。ははは!」

「もうすでに酔ってるのか?」

 私は邪魔くさいタスキを投げ捨て、テーブルの上に置いてあるどぶろくを持ち上げ、それを()めた。少しとろみのある液体が舌先に触れ、甘みとほんの少しの酸味が広がり、品のある華やかな香りが抜ける。

 私がしばし、その感覚を楽しんでいると、オレンジジュースから口を離した海里が我々のほうを向いた。

「一応確認したいんですが、この宴会は何のための宴会なんですか?」

 恐らく、このメンツの中で一番しっかりしていると思われる海里が我々に問いかける。

「そりゃあ一番はさくらちゃんのためよ! ここに来て一週間も経ってるっていうのにお祝いもしてないって聞いたから。ここにいるダメンズ達はそういう所に(うと)いからね」

「自分が飲みたかっただけだと思いまーす」

「えへへ……ばれたか」

 京狐は私の言葉に照れをまったく隠さなかった。

「そうですか……じゃあ、ちゃんとお祝いしなきゃなりませんね。さくらさん。一週間ほど遅くなってしまいましたが、改めて……これからよろしくお願いします」

 この宴会がさくらのためのものだと聞いた海里は、自分の足に手を置いて、さくらに対して丁寧な一礼を見せた。

「よろしく!」

「よろしくお願いします」

「よろしくね!」

「改めて、よろしくお願いします」

 それにつられて、一同は口々にさくらへ言葉を送った。我々の言葉を聞いたさくらは下唇を軽く噛み、感銘を堪えていた。しかしその表情からは確かな喜びの情が感じられる。そうして彼女はこう返した。

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 外はもう夜だ。しかし、彼女の一言によって、辺りは優しく明るい雰囲気に包まれる。

 今宵は気持ちよく酔えそうだと、私は今一度、どぶろくに口をつけた。

「よし、じゃあ肉食べよう」

 京狐の野太い一言によって、せっかくの雰囲気が台無しである。

 そんな今夜の馳走(ちそう)は、醤油と砂糖の割り下香る、すき焼きであった。


     〇


「へぇ源さん、菜食家(さいしょくか)なんですね」

「肉も食べないわけではないんですが、仏に仕える身として、ガツガツいくことは控えてるんですよ」

「海里ちゃぁん! 私がいないうちにまた大きくなったんじゃなぁい? 特に……」

「一か月そこらでそんなに急成長しませんよ」

「旭さん、とりましょうか?」

「ありがとう。白滝多めだと嬉しい」

 宴会は滞りなく進んだ。

 私と京狐とで(みにく)いお肉争奪戦争が繰り広げられた話をしてもいいが、あまりにも不毛な話であるためここは省こう。言えることがあるすれば、私と京狐が争った肉は横から現れた旭により奪取され、旭とさくらの腹中に収められたという結果だけである。

 そして、宴会は終盤へとさしかかる。

 鍋の具材はほとんどなくなり、鍋に残っているのは締めのうどんだけ。


 そこで私は、いつのまにか旭が背後の縁側で涼んでいることに気が付いた。

 私は仰向けにぐでっと横になり、そのまま旭を見上げた。旭は月を見ながら、ゆず酒が入ったグラスを傾けている。

 そんな旭とその先にある美しい真ん丸な月を、私はただ無言で見つめた。

 テーブルのほうからはさくらと海里と源さんがなにやら楽しそうに話している声が聞こえる。

「調子はどう? 旭君」

 ふと、旭の傍らから声がした。その声の主は先ほどまで肉か酒にしか興味がなかった京狐である。

「それは、酔いの話ですか? それとも……呪いの状況についてですか?」

 旭は月を見つめながら、京狐の質問の補足を求めた。そんな旭の隣に座り、京狐は静かに微笑み、こう答えた。

「もちろん……どっちもよ」

 京狐の返しに旭は思わず微笑んだ。京狐のは先ほどとは打って変わってとても落ち着いた様子だ。


 実を言うと、旭と京狐は私が旭と出会う前からの付き合いである。

 彼らがどういう経緯で知り合ったのか、詳しくは聞かされていない。かろうじて知っていることは、彼らには共通の知人がいて、その知人を通じて出会ったということだけだ。

 妖狐(ようこ)と知り合いというその誰かは、果たして本当に知"人"であるのかということも気になるところだが、なんにしても、彼らには彼らにしか分からない何かがあるということである。

「どちらも変わりなくですよ。俺は酔っぱらうまで飲みませんしね」

 旭は少なくなったゆず酒を飲み干し、グラスを縁側にコトンと置いた。

「それより、そろそろ白状したらどうですか。帰ってきた目的。ただ帰ってきたわけではないんでしょう?」

 旭は京狐のほうへ振り向き、優しく微笑んだ。

「さっすが旭君。どこかの阿呆狸とは違うわね」

 私は思わず文句を言いそうになったが、私はこういう時に空気が読める狸である。

 京狐は一瞬、私のほうを見たが、すぐに旭へと向きなおり、本題に入った。

「単刀直入に言うわ。南雲(なぐも)病院で出たの。恐らく、モノノケが」

 その時、どこかで小さな金属音が鳴った気がした。

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