九の幕
「ところで、旭君」
京狐は私に一言も謝ることなく旭に声をかけた。
「この子は旭君のことをどこまで知っているのかしら?」
京狐に聞かれた旭は、湯飲みを傾けながら京狐を見る。そしてゆっくりと湯飲みから口を離し、テーブルに静かに置いた。
「狼の呪いがどういうものかは桃狸君が説明してくれました。その力も、彼女は目の当たりにしています」
旭は京狐に答えた。それを聞いて、京狐は小さく「そう……」とつぶやきさくらを見た。しかしさくらを見た瞬間、京狐はハッと何か気づいたような表情をする。
「そういえば、この子は誰?」
我々は京狐の言葉に拍子抜けした。
「おいおい、今更過ぎるだろ!?」
私は上体を起こして京狐に言った。京狐は目を丸くして「へっ?」と顔で訴えている。
「いやだって、誰も教えてくれないんだもん! 私の話ばっかりで!」
そりゃあ、五百越えの狐なんてものをまず紹介しないと話が進まない。故に、我々はまず琴桐京狐のことをさくらに話した。
しかしそのことに気をとられすぎて、かつ、どこかの誰かが私にゲンコツをくれたせいでさくらの紹介をすっかり忘れてしまったのだ。
故にこれは、京狐の自業自得である。私の落ち度ではない。
京狐としばし責任の擦りつけ合いをした後、結論として「よし旭のせいにしよう」という合議がなされ、当人の旭は「どうでもいい」と言いたげにお茶を飲んでいた。恐らく二杯目である。
そして、我々はさくらのことを京狐に話した。
さくらが働いていた来栖旅館のこと。
これから巫女として天丈寺で働くことになったこと。
我々の宿舎で一緒に住むことになったこと。
そして。
「へぇー源さんの姪かぁ」
京狐はテーブルの上に乗り、さくらに顔を近づけ、上から下まで舐めまわすように観察した。さくらはその様子を見て少し照れている。同じ女ではあるが、そんなことをされればさすがに恥ずかしさを覚えるらしい。
「うん。やっぱり可愛い」
「離れろ」
私はテーブルに乗る京狐の服を掴み、私の隣へと引き戻した。
「にゃ~!」
「狐がニャーって鳴くなよ」
「でも、本当の狐はニャーって鳴くよ」
「コンコンじゃねぇの?」
「コンコンって鳴いたらそれはそれでおかしいでしょ」
あぁ、確かに。
いや、今はそんなことどうでもいい。
我々の様子を見て、さくらは言った。
「仲が良いんですね」
「どこを見てそう思った?」
私はすかさず否定した。
京狐は私の隣へと座り直し、服を整えながら言う。
「それにしても、あの源さんに姪がいたなんてね。ここに来て三年ぐらいたったけど、未だにあの人は謎だわ」
源さんは我々がアヤカシだと知っても、旭がモノノケを撃つ払い屋であるということを知っても、この天丈寺へと我々を受け入れ、住まいまで用意してくれた。そんな源さんを我々は恩人だと敬い、頼まれれば天丈寺の手伝いも請け負っている。
そんな関係で三年。天丈寺で一緒に暮らしてきたが、よくよく考えると、我々は源さんが「天丈寺の住職である」ということ以外何も知らない。
それだけ知っていれば特別他に詮索はしまいとお互いに思っているが、気にならないかと言われれば、そうとも言えない。しかし、そう思っていたとしても、源さんに関する情報が何かあるわけでもない。
アヤカシ以上に源さんは謎が多い人物である。
「あれぇ!?」
ふいに京狐が大声を上げた。あまりに突然の声に、私は思わず心臓がキュッとなったが、そんなことにかまわず彼女は続けた。
「そういえば、さっきここに住んでるって言ってたけど、部屋はどうしてるの? もう満室じゃない?」
「え?」
京狐は首を傾げ、同様にさくらも懐疑的な声を上げた。
そして、私と旭は顔をそらした。
京狐は何か察し始めている。
さくらは未だ、この状況が理解できず、我々をキョロキョロと見回した。
「ねぇさくらちゃん? さくらちゃんが使ってる部屋ってもしかして、桃狸のあのせっっまい部屋の左の部屋?」
京狐の言葉を受け、さくらは小さく何度も頷いた。
「おい、お前ら」
あっやばい。
京狐は私の首根っこを掴み、まるで悪魔のような声を発しながら、顔をにじり寄せてきた。
「ねぇ桃狸……説明してもらおうかしら。どうして、私の部屋だった場所をさくらちゃんが何も知らないまま使わされているのかなぁ?ねぇ……どうしてぇ?」
多分、俺死ぬ。
「で、でも! 私が部屋をもらったとき、家具も荷物も何もなかったですよ!?」
さくらが必死に擁護する。
私は心の中でさくらに賞賛の声を上げた。
「そそそそそうそうそう! イヤだなぁ、京狐おねぇさまぁ。あれですよ、京狐おねぇさまの部屋の隣にもうひとつ部屋を作ったんすよ! いやまじほんとに」
我ながら苦しい言い訳だったと思う。
「へぇ……つまり一週間そこらで増築やら改築やらを済ませたと?」
「そうそうそう! ……いや、さすがに無理があるな」
「おいこら」
そろそろ限界だと思われたその時、今までずっとお茶を飲むことしかしてこなかった旭がとどめの一言を放つ。
「京狐さんの私物は、桃狸君が全部蔵に詰め込みました」
「おい旭! てめぇ!」
裏切者の発言により、私は襲い掛かってきた狐に思いっきり首を絞められた。
〇
裏切者の旭は私のそばに寄り、くすくすと小さく笑っていた。腹が立つ。
「まぁいいわ。さくらちゃん。本当に申し訳ないんだけど、さくらちゃんの部屋をシェアさせてもらえないかしら」
床に転がり悶える私を後目に、京狐はさくらへ提案した。
「私は別に構いません。むしろ京狐さんとお話してみたいですから」
女の子同士のこういう馴れ初めは男にはできない妙技だ。
私が回復する間、さくらと京狐は何やら楽しそうに話していた。お互いがどういうことをしているのかとか、どういうことをしていたのかとか。時折聞こえる「可愛い」という言葉は恐らく京狐が言っているものだろう。
「そうなの? じゃあ今夜やりましょうよ!」
しばらくして、京狐が言った。
「なにが?」
私は上体を起こし、京狐に何をやるのかを聞いた。
「あんたらも手伝ってよね。今夜は宴会よ」
京狐は満面の笑みで言った。私は一気に血の気が引いた。




