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人を穿ちてモノノケ語り  作者: 下鴨哲生
友と木魅
27/44

八の幕

 我々は広間から廊下へと出て、そのまま庫院の玄関へと向かった。

 庫院へと入り、玄関に着き、我々が目にしたのは、玄関に足を投げ出しながら、床に伏せっている女の姿。その女は黒の大きなバッグを傍らに投げ出し、自分は仰向けにぐてっと倒れていた。

 私はそんな彼女のそばに寄り、そこに座って女の顔を覗き込んだ。それにつられて、旭とさくらも私の背後から顔を覗く。

「おい。こんな所で寝るな」

 私の呼びかけに応え、女が閉じていた目をパチりと開けた。女は私の顔を見るなり、あからさまに表情を(にご)らせる。

「うわぁ……桃狸だ……」

「何が『うわぁ』だ。また宿舎と庫院間違えてるじゃねぇか。ほら、はよ立て年寄り狐」

「誰が年寄りだこんにゃろー! イメージは二十前半ぐらいよ!」

 女の(げき)を私は首をそらしてするりとかわす。そうして頭をそらしたことで視界が開け、女はここで初めてさくらを視認した。

 女は上体を起こし、さくらの顔を見やり、「あれ?」と声を上げながら首を(かし)げた。しかし、そんな女よりも女に目線を向けられたさくらのほうが「予想してなかった」とでも言いたげな表情をしている。まぁ、なんとなく気持ちは分かる。

「とりあえず、話は宿舎のほうでだ」

 私は一同にそう呼びかけ、旭は難なく移動始めた。さくらのほうも若干の戸惑いを隠せないままおずおずと動き出す。

 私はそんな二人を確認し、この場から立ち上がった。

「ねぇ桃色狸(ももいろだぬき)

「誰が桃色狸だ。……どうした?」

 動き出した私の背後に向かって、女が声をかける。私はその声のほうへと振り返り、女の声に耳を傾けた。

「疲れで腰抜けた」

 おいまじか。

 女は両手を広げ、無言で私に訴えかける。

 おいまじか。

「やっぱりババァじゃねぇか」

「ババァって言うな」

 私はしぶしぶ腰をかがめ、ため息をつきながら女が乗ってくるのを待った。しばらく待ってくると、私の背中をずるずると女が這ってくる。そして私の首に手を回すと、私の体にギュッと体を押し付けた。

 そして私は体を起こす。その瞬間、私は思わず小さくうなった。

 この女、持ち帰ってきた鞄を自分の背中に背負っている。つまり私は、鞄を背負った彼女を背負っているわけで、実質鞄も背負わされているということだ。

 私は背中に過重負荷(かじゅうふか)を受けながら、日の当たる廊下を歩きだした。

「その鞄、何が入ってるんだよ」

「女の子には色々物品が必要なの」

「むしろ鞄の重さだけじゃない気が」

「鞄のせいだから」

 一瞬、背中から殺気を感じた。

 我々が玄関でもたついてる間に、この廊下に旭とさくらの姿はなくなっており、どうやら彼らは手っ取り早く宿舎へと戻ったようだ。気の利くさくらのことだから、今頃、宿舎の主室にて、座布団やらお菓子やらお茶やらを準備してくれていることだろう。

「桃狸」

 ふと、背後の彼女が私の名前を呼ぶ。

「ただいま」

 女は言った。

「……ん」

 私は返した。

「おかえりって言いなよ」

「断る。それよりやっぱお前、太っ……」

「それ以上言ったら首絞めるからね」

 言葉にされた明確な殺気に対して、私は自慢の軽い口を閉じた。


     〇


 読者の皆々様が気になっているだろう女の正体。前にも少し紹介したような気がするが、ここで改めて、彼女のことを紹介しよう。

 女の名前は琴桐京狐(ことぎりきょうこ)。まぁこれも、私と同じようにお互いを呼びやすくするためのとってつけた名前に過ぎない。

 彼女の正体は、八本の尾をもつ正真正銘の妖狐(ようこ)である。

 室町時代の半ばほど、戦国時代の始まりとされる応仁の乱の最中(さなか)、彼女は生まれた。御年(おんとし)五百四十七歳。

 ババァだ。

「ババァって言うな!」

 入ってくんなよ。

 狐という種族は正直言ってなんでもできる種族である。

 あるものは神になる素養(そよう)を持ち、またあるものは時の権力者たちを誘惑のドツボに落とす素養すら持っている。

 京狐の場合は、その素養が"治癒(ちゆ)"という方向へと働いたわけだ。

 そんな狐に共通してみられる能力として、狸ほどではないが、狐も同じような化け術を持っているということがあげられる。

 京狐も例外ではない。

 彼女は二十代前半か真ん中くらいの女の姿に化けている。長い黒髪を首のあたりでひとつに結び、その瞳は綺麗な琥珀(こはく)色だ。五百代の必死な若づくりである。


「それでそんなにお若かいんですね」

 京狐について聞いていたさくらが納得したように声を上げた。そんな彼女を見て、玄関でさくらが驚いていた理由を私は理解した。

 さくらが続ける。

「鴨ノ川さんが五百歳を超えたご老人と言っていたので、京狐さんイメージと実際の京狐さんの見た目が全然違くて……」

「へぇぇぇぇ……?この狸がそんなことを?」

 京狐が隣にいる私を睨む。私はとっさに目をそらした。

 実際は私はもっと酷い文言を使っていた気がする。

「あっ! すいません!」

 さくらは状況を察し、急いで詫びを入れた。テーブルに手を置きながら深く頭を下げる。

 そんなさくらを見て、京狐は笑いながら言う。

「あはは! いいのよいいのよ。君は悪くないわ。悪いのは全部このクソ狸のせいだから」

「なん……!?」

 私が抗議するよりも早く、京狐は満面の笑みを浮かべたまま、私の後頭部に渾身のゲンコツを食らわせた。

 その勢いで、私は目の前のテーブルへと叩きつけられる。

 その間、旭はさくらが用意した茶をするするとすすっていた。

「やっ……あっ……大丈夫ですか!?」

 さくらが心配そうに私に声をかける。私は顔をテーブルに伏せったままそれに応える。

「大丈夫じゃないけど大丈夫」

 とりあえず、死んでないから良しだろう。

「えっと……それなら、よかったです」

 さくらがとびっきりの笑顔を見せたこの瞬間を京狐は見逃さなかったらしい。

「桃狸……」

「なんだよ」

 私はテーブルに顔をつけたまま京狐のほうを見る。

「この子、超かわいい」

 私をテーブル叩きつけたことなどなかったかのような京狐の言葉に、私は小さくため息をついた。

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