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人を穿ちてモノノケ語り  作者: 下鴨哲生
友と木魅
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六の幕

 少しの沈黙。

 やがてこの広間に服のこすれる音が聞こえる。その音は源さんが着ている法衣がこすれる音だった。

 源さんは自分の少し前の畳の上に手を置く。そして次に、源さんはその頭をぐっと下げた。

「申し訳ない」

 源さんは短くそう言った。その光景はさくらだけではなく、我々にも衝撃を与えた。何故ここで源さんが頭を下げたのか、私にはすぐには理解することができなかった。

 やがて源さんは頭を下げたまま口を開く。

「貴方の両親が亡くなったこと。わしは山を下りてから知った。貴方を長い間、ひとりにしてしまった。今更、貴方を助けたいなんて偉そうなことは言えません。ただ……」

 源さんは頭を上げた。

「どうか、貴方の幸せをここで探してみてはくれませんか」

 源さんの言葉は澄み切っていって、濁りがない。我々のようなアヤカシにはできないことだ。恐らく、我が友人にも。

 修行を乗り越え、悟りを開き、歳を重ねた僧の言葉は、一人の少女の頬に涙を伝わせるには十分であった。


      〇


 ここで時間を戻そう。文字数にして……九千文字くらいだろうか。

 さくらと私が天丈寺前の石畳で話しているところだ。

 読者の皆様、お帰りなさい。ごはんにする? お風呂にする? それとも狸にする?

 ……うん。くだらない冗談はこれくらいにしよう。

 

 来栖旅館の一件を経て、今に至るまでにあったことと言えば、ざっとこのくらいである。それから我々は一つ屋根の下で暮らすようになり、そんなこんなで一週間がたった。

 彼女は大学での学びを続けながら、この天丈寺で巫女として働いている。もともと彼女は器用であったのだろう。さくらは巫女としての仕事を難なく覚え、まるで何年もここにいたかのようにこの場に溶け込んでいる。少なくとも、私と旭より馴染んでいる。なんでだ。

「ほんと、なんで俺達より馴染んでるんだか」

「え? 何か言いましたか?」

 私は縁石へと腰掛け、さくらが聞き返してきたことに、私は首を左右に振って答えた。


 この一週間、さくらは非常に充実した一週間を過ごしたと言えるだろう。

 巫女としての仕事を身につけ、天丈寺での新生活をスタートし、ここにいる人々との交流に勤しむ。そして何より、"おじ"という久しぶりに会った親類に見守られるということは彼女にとってどれほど新鮮なものであったか。温和なものであったか。それは考えずとも理解できる。

 では反対に、我々はどうであったか。端的に言えば、さくらとは真逆である。

 モノノケが関わる出来事に巻き込まれたわけでもなく、アヤカシがどんちゃん騒ぎということもない。波風一つ立たぬ一週間の中で、我々がしたことと言えば……特別ここに書くようなことは何もない。

 "何もない"ということは大変喜ばしいことであると自負してはいるが、こういった静けさは何故だか一抹の不安をも引き起こさせる。

「あの……」

 ふとさくらが私に声をかけた。彼女は竹ぼうきを握りしめながら、私のほうを覗いている。

 そんな彼女の様子を見て、私は小さく「ん?」と喉を鳴らした。

「一つ聞きたいことがあるんですけど……たしかあのとき、宿舎には女の人が住んでるって言ってましたよね。でも私、まだそんな人を見たことがないんですけど」

 さくらが言っている"あのとき"とは源さんと顔を合わせたあのときのことであろう。

 さくらの問いに対し、私は頭を抱えた。どこから説明すればいいものか……

「そいつは今病院で働いててね、住み込みで働いてるからここには帰ってきていないんだよ」

 私の答えに対し、さくらは軽く相槌をうち、質問を続ける。

「どんな人なんですか?」

 言っておくと、この質問は適切ではない。だが、聞きたいことは分かる。私は彼女の問いに対し、こう答えた。

「えっと……五百歳越えのババァだ」

 ここでさくらが異様な驚きを見せたことは言うまでもないことであろう。


 ここまで明記することは避けてきたが、読者の皆様にも分かりやすいように簡潔に、かつ一言でまず紹介をしよう。

 我々の宿舎のもう一人の同居人は五百年の時を生きた「(きつね)」である。私は七十年の時を生き、旭は百五十年の時を生きたが、そんな我々とは比べ物にならないほどの大ベテランの妖怪である。

 だがしかし、私はソイツに敬意を払ったことは一度もない。別に最低な奴だとか、尊敬するに値しないとかそういうものではないが、私は敬意を払わない。その理由は……まぁ彼女に会ってからでも遅くはないだろう。

 彼女は人間の姿に化け、現代社会に問題なく溶け込んでいる。薬学、調剤学、医療分野、介護分野。人を治す知識及び、アヤカシを治すための知識を彼女は数多く学び、今は空都の「南雲(なぐも)総合病院」でフリーランスの麻酔科医として働いている。


「狐なのに……病院で?」

 さくらは未だ驚きの表情が隠せないようだった。私や旭のように、職についているものを見ていなかったこともあってか、アヤカシが病院で働いているという響きが新鮮なのだろう。

「うん。別にアヤカシが働く意義なんてないんだけどね。そいつは昔から治癒能力ってのが使えるから、そういう分野に興味があったんだろう。霊力を使えばキズなんて簡単に直せるだろうに、わざわざ大学にまで入って勉強するなんて、俺には考えられないね」

 私は両手を上げて、信じられないという感情を表現して見せた。

 狸である私はこの世を自由気ままに生きられればそれでいいと考える。狐にいたっては、神になる才能すら持ち合わせているというのに、それを目指すこともせず、ただただ"治す"ということを突き詰める彼女は色んな面から見ても異質。

 そういうところだけは、私も感嘆せざるを得ないものだ。


「そうなんですか……早く会ってみたいです!」

 さくらは無邪気な笑顔を向ける。そんなさくらに反して、私は顔をしかめて見せた。

「俺はできれば帰ってこないでほしいがな」

 そう言った私の言葉を、どうやらさくらは理解できないようだった。

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