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人を穿ちてモノノケ語り  作者: 下鴨哲生
友と木魅
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三の幕

 旭の部屋を出て、私は当初の予定通り、外に出ることにした。


 我々が住んでいるこの建物は、天丈寺(てんじょうじ)の一角にある宿舎といったものである。

 厳密に言えば、ここは天丈寺ではなく、「天丈寺が内包する、天丈清源(せいげん)が所有する土地の中にある住まい」となるわけだが、位置的に天丈寺の一部になっていると言ってもいいだろう。


 まぁ要するに、我々は源さんこと天丈清源のご厚意により、ここに居候(いそうろう)させてもらっているわけである。


 私はその居候先から出て、天丈寺の境内(けいだい)を歩いた。

「何度見ても……いいもんだな」

 我々の宿舎から本殿へと続く道でさえ、池や緑が連なった荘厳(そうごん)な庭園の景色がうかがえる。

 月のように丸い池。そこにかかる木造の赤い橋。

 その橋の上から池を覗くと、この庭園でひと際目立っている松の大木が反射している。

 この景色を何度も見てきたはずだが、何度見ても私が飽きを覚えることはない。それどころか、この庭園を見るたびに、私はそのつど新しい何かを発見することができる。

 ここで深呼吸をするたび、この庭園の艶やかな景色が体の中に入り込んでくるようだ。


 たとえここで一日過ごせと言われても、私は喜んでその提案を受け入れるだろう。というか実際、私はここでただぼーっと過ごすという時間を何度も楽しんでいる。


 私は、そんな美しい庭園を横目にこの場を後にした。

 橋を超え、少し歩いたところで、ついに天丈寺の本殿が見えてくる。

 

 赤と白。黒と茶色。


 決して豪勢(ごうせい)というわけではないが、そこに確かに凛然(りんぜん)(たたず)む天丈寺本殿は、美しい造形美を奏でている庭園とはまた違った"何か"がある。

 私はただ漠然(ばくぜん)とそんなことを感じ取っていた。

 見上げた視線を落とし、今度は本殿の目の前に広がる景色に目をやる。


 本殿に向けて一直線に伸びる石畳の道。その周りには心地よい音のする砂利が敷き詰められている。

 賽銭(さいせん)箱や絵馬(えま)灯篭(とうろう)。寺院といえばこれであろうというものが連綿(れんめん)といるが置かれているが、私が目線を向けたのはそれらではなかった。

「おはよ〜。相沢さん」

 私に背を向け、いそいそと掃き掃除をしている巫女(みこ)

 私は彼女の名前を呼んだ。私の声に反応した彼女が振り返り、私を視認する。

「おはようございます! ……でも、時間的にはこんにちわですよ。鴨ノ川さん」

「そうなんだけどね……そういや、また呼び方戻ってる」

「え……あぁ……」

「呼びやすいなら、そのままでいいよ」

 恥ずかしがるさくらは私の言葉に小さくうなずいた。


     ○


 さて皆様。

 なぜ相沢さくらがここにおり、なぜ天丈寺の手伝いもとい巫女として働くことになったのか。

 それを説明しなければなるまい。


 源さんのお願いで私と旭は来栖旅館へと(おもむき)き、彼女を迎えに行くことになった。

 そして、そのついでに来栖旅館に巣食うモノノケ「陰摩羅鬼」と対峙。我が友人の旭は己の中に潜む狼の呪いと真実を用いて、コレを退(しりぞ)ける。

 この一部始終を見ていたさくらは、一時(いちじ)躊躇(ちゅうちょ)していたものの、天丈寺へと向かうことを決意。

 そして我々とともに、天丈寺へと歩を進めた。


 ……っと、ここまでは読者の皆様ご承知の通りである。

 では、そのあとに一体どういうことがあったのか、どういうことが我々の中で結論付けられたのか。


 それを分かりやすく理解してもらうために、皆様には少々立ち戻っていただこう。


 要するに、こういうことである。


     ○


 来栖旅館を出た我々は、天丈寺へと向かう道を歩いていた。

 私と旭は、特にしなくてもいい会話をだらだらとしていたが、そんな我々の会話に旭の隣にいるさくらは一切入ってこなかった。

 もちろん、我々の会話があまりにも酷く、会話に入るに値しない、もしくは、どう会話に入ればいいのかわからないという気持ちがあるのは理解しているが、さくらからにじみ出ている気まずさはどうにもそこに着眼するものではないように思われた。

「怖いかい?」

 うつむくさくらに旭は声をかけた。彼女は唇をただ唇をかみしめるばかりだ。

 旭の質問の意図。これを一瞬、私は理解できなかった。だが、そこまで時間がなくとも、その意図を思い起こすことができる。


 彼女はこれから、自分の親類に両親の死後初めて会う。

 天丈清源という自分のおじに初めて会うのだ。

 自分は受け入れられるのか?受け入れられたとして、その先でうまくやっていけるのか?それ以前に、その先とはいったい何なのか。

 何事も、"初めて"というのは不安なものだ。

 それが自分の人生において大切かもしれない人物との出会いならばなおさらだ。

 彼女の中にあるのは不安と恐怖と疑念と。そしてほんの少しの期待であろうか。


「安心しな! 源さんはいい人だ。俺達みたいなちんちくりんを居候させてくれるぐらいだからな」

 私はさくらを少しでも安心させようと試みた。

 ……どうやら効果はない。

 正直なところ、私も効果があるとは思っていなかった。心の中で後悔した。そんな様子を見て、旭が少し微笑み、再びさくらへと向きなおる。

「これをあげよう」

 旭はそう言いながら立ち止まり、懐から刺繍(ししゅう)糸で出来たピンクと白の(ひも)を取り出した。

 そして、旭はさくらの手を取るとそれをさくらの手首へと巻き付け、軽く縛る。手をとられたさくらは少し恥ずかしそうに頬を赤らめ、その紐をしばし見つめていた。

「このミサンガには俺のこの髪が一本。中に織り込まれている。(ゆえ)にこれはモノノケから君を守り、君を厄災から守る」

 旭はさくらの目を見て語りながら、服の袖をまくった。そこにはさくらのものとは色違いの赤と白のミサンガ。

「俺達と一緒だ」

 旭の言葉を聞いて、私もさくらにピースサインをして手首にある青と白のミサンガを見せた。

 さくらは我々のミサンガを見て息をのむ。言葉はなくとも、胸の内に何かを感じたことが見て取れる。

「ミサンガの発祥はポルトガルのポンファンという協会。ポルトガル語でポンファンは『良い終わり』という意味がある。これからいろんな感情が君を襲うかもしれないが、君の結末は必ず良い終わりを迎えることだろう。これはその証だ」

 旭の声はただ優しい。そんな声を聞きながら、さくらは静かに頷き、ただ「はい」とつぶやいた。

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