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人を穿ちてモノノケ語り  作者: 下鴨哲生
来栖旅館の陰摩羅鬼
18/44

大詰め

 さぁさぁ、読者の皆々様。

 我が友人はモノノケを撃ち、これで全てが一件落着である。


 おわり。


 とまぁ、冗談はさておき、読者諸君はきっとそれからどうなったのかと聞きたいだろう。

 乗り掛かった舟である。諸君には責任を持って最後までお見せしよう。


 旭によって撃たれ、陰摩羅鬼の体は離散(りさん)。色とりどりの紙吹雪となって我々の周りを舞った。その紙吹雪に視界をふさがれ、それが全て床へと落ちた時、我々は我々が生きている世界へと戻された。

 古めかしい屋根裏部屋に戻された時、その場にいた公三と女将は(ゆか)に伏して気を失っていた。

 そして、我々の目の前でモノノケを撃ち倒した旭はいつの間にか元の優し気な青年へと立ち戻っていた。

「やはり、綺麗な空だ」

 部屋の三角窓から空を見て、彼はただ一言そう言った。


     〇


 ここで朗報がある。

 ある意味悲報とも呼べるのかもしれないが、陰摩羅鬼に飲み込まれていた人々は誰一人として死んではいなかった。

 大階段を降り、大広間で我々が最初に確認したのは、旭を助けた来栖吉勝である。他の気絶している面々の中で、彼は一番に目を覚まし、我々を見るなり悲しそうな目をしながら微笑む。

 彼の望み通りのことを旭はやり遂げたわけだが、それは、この旅館で起きていることを第三者に知られたということ。これからどうしなければいけないのか、吉勝は理解しているのだ。


 それから次々と当事者達が目を覚ました。全てを黙っていた女将も同様である。

 当人たちの話によれば、陰摩羅鬼に飲み込まれている間、彼らも沙希の身に起きた出来事を見せられていたらしい。自分の行いを後悔するもの。全てを他人のせいにするもの。

 そして、

「旅館のために、あなたのためにやったことよ!」

 女将は吉勝にすがりながら叫んでいた。その後も何やら虫のいいことをだらだらと吹聴していたが、吉勝はまったく取り合おうとしない。

「旅館のためといってやったことが今、一番旅館のためになっていないことをお前は理解しているのか?」

 吉勝はその一言で全てを黙らせた。


「俺達はやり直さなければならない。遺体が出たことを公表する。旅館の経営は傾くかもしれない。だが、それも因果応報(いんがおうほう)だ。まずは……ちゃんと(とむら)ってやらなくては。沙希と沙希の子供と小さな鳥の命を」

 呆然とする従業員一同を見ながら、吉勝は物々しく言い放った。

 その姿はまさに、来栖旅館の長としてあるべき姿であった。


 もはや我々には、言うべきこともすべきこともない。


      〇


「一拍ぐらい無料で泊まっていってもいいんだぞ?」

 玄関に立つ我々に向かって、吉勝はここで泊まることを提案した。私は泊っていってもやぶさかではないのだが、ここは我が友人に任せることにする。

「いえ、俺達は帰ります。やるべきことをやり、伝えるべきことは伝えました。あとは……俺達が決めることではないですから」

 旭は吉勝にそう伝えながら、吉勝の隣にいるさくらを横目で見た。さくらは旭が自分を見たのを確認すると、気まずそうにうつむいてしまった。


 少しの間、気まずい雰囲気が流れたが、万能な狸である私は、それを瞬時に察知した。

「まぁ、またモノノケが出たら俺達を呼んでください!」

 あっ、これは間違った気がする。


「ふっ……あぁ。極力出ないようにするが、また出たら頼むよ」

 若干(じゃっかん)の冷や汗をかいた私であったが、吉勝が話に乗ってくれたことにより一命(いちめい)をとりとめた。

 私はこの場所においてはもう言葉を発さないと固く誓った。

 どちらにせよ、もう我々はここを去る。


「それでは、ごきげんよう。またどこかで」

 旭は礼儀正しく別れの挨拶を(てい)し、軽くお辞儀をした。そしてそのまま後ろに振り返り、玄関から出るべく歩き出す。

 私は二人に向けて小さく敬礼をし、旭を追いかけた。


 外へつながる玄関口へと着き、我々は立ち止まる。

 先ほどまで、ここを通ることができなかった。いや通ることはできたが、ここを抜ければ再び来栖旅館へと立ち戻されたらしい。

 だが、今はもう大丈夫。

 そう確信し、我々はそこから躊躇(ちゅうちょ)なく踏み出した。

 我々を出迎えたのはこの旅館の出口へとつながる、太陽に照らされた一本道。何事もなかったかのように、我々は外へと出た。


      〇


「ちょっと待ってくださいっ!」

 外へと出て、少し進んだ我々に後方からお呼びがかかる。

 その声は若い女の子の屈託(くったく)のない声。我々はその声の主を瞬時に理解し、その声の方向へ振り返った。

「さてさて、どうしました? 忘れ物でもしましたかね」

 旭はいたずらっぽく微笑みながらそう言った。まったく、意地の悪い男である。


「はい……忘れ物です……」

 彼女は両手を握りしめながら、我々を見据えていた。

 我々は彼女の次の言葉を待つ。決してここで横やりは入れない。彼女の口から、彼女がしたいこと、してほしいことを聞くためだ。

 彼女は肩を震わせ、腹の底からこう叫んだ。

「連れて行ってください……! 私を……天丈寺に……!」

 彼女の名前は相沢さくら。我々がここに来た、もうひとつの目的である。


 さくらの言葉を聞いて、私と旭は顔を見合わせた。そして、さくらへ向き直した旭は聞く。

「幸せになる覚悟ができたのかい?」

 旭の問いかけに、さくらは少し戸惑い、肩の力が抜けていった。だが、それが諦念(ていねん)などによるものでないことはさくらを見ていれば分かる。

「わかりません……でも」

 さくらは旭をまっすぐ見つめる。

「幸せになる努力をしようと思います。幸せになれると思おうと思います。幸せになってほしいとどれだけ願われても、それがもう叶わない人だっているって知ってしまったから」

 さくらの声は優しく、力強い。


 覚悟とまではいかないかもしれない。手探りかもしれない。でも、さくらの中に確かに何かが芽生えつつあるということ。それに応えようではないか。

「ちょっと遠いよ」

 旭はさくらの言葉に応え、彼女を迎え入れた。

 微笑む旭を見て、さくらはこちらに笑顔で寄ってきた。旭の隣につき、我々は揃って再び歩き始める。


 そして、正面へと向き直った時である。

 ヒューピッピヨピッ。

 我々の間を、そよ風と共に三羽の鳥が飛びぬけた。その三羽の鳥は空都の綺麗な空へと飛び立っていく。

 

 空の青に吸い込まれていく鳥達を見ながら、我が友人は静かに微笑んだ。

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