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人を穿ちてモノノケ語り  作者: 下鴨哲生
来栖旅館の陰摩羅鬼
17/44

十七の幕

 私の隣でさくらが泣き崩れた。

 その姿を見た私は、彼女を気遣い、二歩前に出て旭の隣に並んだ。これで、彼女は私の後ろにいることになり、彼女の顔を見ることはない。

「伝えたかったのだな。失われた命は一つではなく、二つだったと」

 旭はつぶやいた。

「いや、三つだ」

 私の返しに対し、旭は少し驚いていた。さしずめ、もう一つはなんだと言いたいのだろう。ちょっと考えれば、そんなことわかる。

「沙希さんが可愛がってくれた青い鳥。小さくとも、かけがえのない命だ」

 私の言葉を聞いて、旭は小さく微笑んだ。

「ああ……その通りだ。悪いが桃狸くん。相沢さんのことを頼めるかい?」

 旭の提案を私は頷きで返した。

「やれるのか?」

「分からない。俺も結局は人間だ。限界はある。だが……」

 旭は大きく深呼吸した。

「モノノケを撃つ。それが俺の本分だ」

 旭はそう言い終わった後、沙希のもとへ近づいていった。その様子を見て、私は少し後ろへと戻りさくらへと近づく。そのころになると、さくらの泣き声もだいぶ弱まっており、彼女は泣き()らした目で歩く旭を見つめていた。


「何故、ここまでのことをされて狂わなかったか。何故、可愛がっていた鳥を食べたのか。全て、腹の子ため。守りたかったのか。可愛がっていたからこそ、目の前にあった鳥を食べ、(おの)が子の(かて)とした」


 旭は沙希の遺体の目の前に立ち、右手に持った狼の銃を真上に放った。銃は空中に固定され、狼の銀の装飾がカタカタと音を立てる。

「陰摩羅鬼……お前の伝えたかった想い。俺と我が餓狼がしかと……聞き届けた」

 キシャァァァァァァァ!

 旭が陰摩羅鬼にそう言ったその瞬間、沙希の腹から黒いモヤが飛び出してきた。

 そのモヤは瞬く間に沙希の体を飲み込み、その体の形を変えていく。羽、足、胴体、頭、くちばし。そして、ギョロっとした赤い目。


 モノノケ「陰摩羅鬼」


 旭が撃つべきモノノケである。

 

 陰摩羅鬼は旭を見据え、体を震わせている。だが、さっきほど暴れてはいない。旭に向かって襲い掛かってこない。

 陰摩羅鬼も旭と真正面から対峙しようとしているのだ。

 

「モノノケ"陰摩羅鬼"。お前を生みしは、命を落とした"母"の想い。我、それを聞き届けたり。我が餓狼、それを食らい清めたも()ものなり。失われた三つの命と我が身に受けた契約により、我、銃砲の錠を解き放つ……!」

 オオオオオオォォォォ!

 旭の言葉を合図に、銃についている狼の装飾がガキンッという音を立てながら口を開いた。同時に、狼の遠吠えが響き渡る。

 銃が紅く輝きだし、まるで血液が流れるような赤いオーラを帯び始めた。


 そして、ついに旭が手を大きく振りかぶって、空中に浮く紅き銃を掴みとった。そして、その銃口を陰摩羅鬼へと向ける。

 銃がまとっていたオーラは旭の腕へと流れ込み、まるで狼のような刺青が旭の体に絡みつき始める。

 それがやがて顔にまで達すると、旭の髪の黒い部分がみるみるうちに紅く染め上がっていった。


「……っ!」

 隣にいるさくらがその姿を見てたじろいでいる。

 かくいう私も、何度見ても驚くべき光景であった。

 そんな我々に旭は左手を振りかざし、(そで)から大量の御札を投げ放った。その御札達は私の目の前で湾曲(わんきょく)し、さくらと私を取り囲むように円を描き、固定される。

 

 そして、私がもう一度旭の方へ目線を戻した時、彼の瞳が(くれない)に色づき、最後に彼が着ている黒の着物が真反対の白い着物へと変わった。


 紅い髪。紅い瞳。紅い刺青。白い肌。白い着物。手には覚醒した狼の銃。


 これが、我が友人のもう一つの姿だ。


     〇


 キョェェェェェェェ!

 陰摩羅鬼がついに暴れ始めた。旭に向かって大きなくちばしを突き立てる。

 そんな陰摩羅鬼に向かって、旭は左手を突き出した。それを合図に旭の目の前に空気の壁ができ、陰摩羅鬼はそこに真正面からぶつかった。

 足止めを食らった陰摩羅鬼に旭は銃口を向け引き金を引く。号砲と共に金色の閃光が走った。

 

 しかし、陰摩羅鬼はその閃光を間一髪のところで回避する。その流れで体を(ひるがえ)し、旭のいたところへくちばしを振り下ろした。

 大きな音を立てて、旭の足元の床を破壊したが、旭は後ろへ飛びのいてそれを回避した。


「ここは狭い。出るぞ」


 旭は淡々といい放ち、全速力で陰摩羅鬼に近づき、ヤツを蹴り上げた。屋根を突き破り、陰摩羅鬼は吹き飛ばされる。吹き飛ばされた先には青い空ではなく、まるで絵の具をこぼしたかのような不可思議な世界が広がっていた。

 

 陰摩羅鬼は体を回転させて受け身をとり体勢を立て直すと、屋根裏部屋から飛んでくる旭を睨む。

 睨まれた旭は腕を振りかぶり、縦に並びロープ状になった御札をうちだした。それで陰摩羅鬼の動きを拘束するかと思われたが、陰摩羅鬼はその御札に沿()って回転しながら旭に突っ込んだ。

 旭はそれに対応できずに、陰摩羅鬼の突進をもろに受けた。


 さすがの旭もその攻撃に一瞬ひるんだように見えたが、すぐに陰摩羅鬼のくちばしを掴んで反撃へと出た。

「破ァァァァァァァァァァァ!」

 くちばしを掴んだまま体を高速で回転させ、勢いをつける。そしてそのまま、陰摩羅鬼を自分の直下へ放り投げた。

 尋常なる速さで屋根裏部屋へと叩きつけられた陰摩羅鬼はドスンという大きな音を立てる。

 相当なダメージを負ったように思われたが、陰摩羅鬼はそれでも旭を視界から外さなかった。


 空から高速で戻ってくる旭を見据える。その男は今一度銃を構えて、その引き金を引こうとしていた。

 射程範囲に入ったとみるや否や、旭は銃から閃光を放つ。

 だが、そんな遠くからでは陰摩羅鬼が避けるのは簡単だ。

 陰摩羅鬼はその閃光を軽々と避けた。


 そしてこの勝負の決着は、陰摩羅鬼が避けたことによって決した。


 弾丸の閃光が消えた瞬間、その裏側に縦に連なる御札が現れる。

 その御札達は陰摩羅鬼の黒い羽根に絡みつき、ヤツの動きを止めさせた。

 

 旭は閃光の裏側に隠すようにこの御札を放っていたのだ。陰摩羅鬼が避けることも想定して。

 続けざまに放たれる御札達は、陰摩羅鬼のもう一方の羽を掴んだ。陰摩羅鬼の体に次々とそれらが絡みつき、やがてヤツの動きは完全に封じられた。

 これだけがんじがらめにされては抜け出すのには相当な力が必要である。どれだけ暴れても、旭と戦って消耗した今ではすぐに破ることはできないだろう。


 やがて、旭が空から舞い戻ってきた。ふわりと床に着地し、目の前にある黒いモノノケを見据える。

 彼はソレに近づきながら、銃口を向けた。

「まずはお前に謝ろう。人間なんてもののせいでお前は生まれた。もっと良き(せい)があっただろうに。だが、我々はお前を撃たなければならない。これは人間の道理であって、お前の道理ではないが、この世にいる、この世ならざぬものは俺が……撃つ。せめて、この死は安らかであれ」


 旭が語っているさなか、陰摩羅鬼の動きはいつの間にか止まっていた。まるで自分の死を受け入れるかのように。旭の言葉に聞き入るように。

 そんな陰摩羅鬼を旭は無慈悲(むじひ)にも銃口を向ける。


 そしてこの空に、銃声が響いた。

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