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人を穿ちてモノノケ語り  作者: 下鴨哲生
来栖旅館の陰摩羅鬼
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十五の幕

「な……なにをする!」

 踏みつけられた公三は、旭の足を掴んで抵抗した。だが、我が友人は微動だにしない。未だ公三を冷ややかな目で見つめている。

 公三が老人であるが故に力が足りない。とも見えるが、どちらかというと旭の踏みつけが思いのほか強いのだろうと私は思った。


 通常の状況で、良識ある人間だったならば、これを止めるべきだろう。だが、残念ながら今の状況はモノノケに命をとられるかの瀬戸際であり、普通の状況とは言えない。

 それに、私は人間じゃない。よって私は旭の行為を止めない。


「痛いですか」

「あたりまえじゃ!」

「辛いですか」

「何を言っておる!? わしを誰だと」

「苦しいですか」

「いいから足をどけるんじゃ!」

「そうですか」


 旭は公三の言葉を聞いて、やっと踏みつける足をどかした。そして二・三歩後ろへ下がり、そのまま振り返った。

「沙希さんも同じだ」

 旭は公三の方を見ずに言い放った。公三だけでなく、私やさくらもそんな旭へ視線を向けた。

「痛く、辛く、苦しく。何度思ったか、ここから出たいと。何度思ったか、その手をどけてくれと。だが、それは叶わず()ち果てて。そんな彼女の強い想いが死してなお、この旅館に残り、アレと結びついた。アレは人殺し。アレはこの世ならざぬもの。アレを俺は撃たなければならない。だが、アレ以上に凄惨(せいさん)なことをした"心の殺人者"がいたということ。その老体に刻み込め」


 旭は大階段の方を見据える。

 陰摩羅鬼の動きは時間がたつにつれ激しくなっていた。ここの結界ももうすぐ破られるだろう。

 それを確認した旭は大階段へと歩を進めた。そして、大階段へと差し掛かり、一歩一歩足を落としていく。きっと彼はアレを撃つ覚悟をもう決めたのである。

 旭は、公三から聞いた事を要因とし、あの銃を使おうとしているのだ。


 ――だが、何故だろうか。


 私はどうにも()に落ちなかった。何かが足りない気がする。

 具体的に何が足りないのかは分からない。今更、歩を進める旭を止めようとも思わない。


 だが、公三の話を聞いてあやふやな部分はなかっただろうか。公三の話を聞いて、納得できない部分がなかっただろうか。

 私はどうにも、モヤモヤとした言いしれない不安感を覚えた。


 旭が大階段下まで行きついた瞬間、御札で作られた結界がついに破られた。

 ギョォェェォェォェ!

 旭の目の前に真っ黒な巨躯(きょく)が現れる。羽をバサバサと動かし、けたたましい鳴き声を発し、ギョロっとした赤い目で目の前の男を見つめている。

 

 そこで旭は手に持っていた狼の銃を空中へ放り投げた。銃は空中をクルクルと回った後、浮遊したまま陰摩羅鬼に銃口を向けて固定される。それを合図に、銃についている銀の狼の装飾がカタカタと揺れ始める。

 銃を見て、陰摩羅鬼はさらに鳴き声を上げて旭へ襲い掛かったが、浮いた銃の手前あたりで見えない壁にぶつかったかのような反応を示した。

「ここまで聞いたそいつを突破するのは難儀(なんぎ)だ」

 旭は陰摩羅鬼に言った。陰摩羅鬼も鳴き声で返した。

 何度も何度も体当たりをかまし、ついにはその見えない壁にべったりと張り付いてきたが、その先にはどうしてもいけない。


 その間、旭はじっと陰摩羅鬼を見つめていたが、ふと彼は右手をかざした。彼の周りに薫風が吹く。

「モノノケ"陰摩羅鬼"。お前を生みしは、命を落とした女の想い。我、それを聞き届けたり。我が餓狼、それを食らい清めたも()ものなり。我が身に受けた契約により、銃砲の錠を解き……放つ!」

 旭は最後の言葉に合わせて腕を振り下ろした。


 しかし、そこに流れたのは無慈悲な沈黙であった。


 旭は目を見開き、何も反応を返さない銃を凝視(ぎょうし)する。

「まだ……不完全だと言うのか!?」

 旭がそうつぶやいた瞬間、最悪なことに宙に浮いていた銃が旭の手元に落ちた。それを見計らった陰摩羅鬼が、すかさず旭へ襲い掛かる。

 旭は今一度陰摩羅鬼へ両手をかざし、自分の力で陰摩羅鬼を抑え込んだ。


「何故だ! 何が足りない……! お前はいったいまだ何を伝えてないというんだ……!」

 旭が陰摩羅鬼に向かって叫んだ。

「旭ッ!」

「旭さん!」

 その状況を見て、私とさくらは彼の名前を呼びながら彼のもとに走る。だが、そんな我々の様子を察知した彼は、陰摩羅鬼の鳴き声にも埋もれない声量で我々に「来るな!」と言い放った。

 我々は旭の声に従い足を止める。


 だが、ただこうしていても旭が倒れるのは時間の問題だ。

「どうして銃が……!?」

 私の隣にいるさくらがつぶやいたのを私は聞き逃さなかった。

「足りないんだ。あの銃が答えてくれるための何かが、あの話の中にないんだよ」

 さくらのつぶやきに私は答え、私の答えを聞いたさくらは顔をしかめて公三を見た。そして彼女はソレも見た。

「あっ……」 

 何かをひらめいたように驚いたさくらは旭の方へ振り返り、旭の名前を呼んだ。

 さくらの声に旭は首だけを使って振り返る。

「見てください!」

 彼女はそう言って、公三の傍らにあるものを指さした。


 それは、布団が掛けられた女の遺体。お腹辺りで布団がもっこりと膨らんだ今回の発端である、女の遺体であった。


 その瞬間、旭、そして私でさえも理解した。

「そうか……だからあなたは……」

 つぶやいた彼は陰摩羅鬼にかざしていた手をぶらりと落とした。


 キョェェェェェェェェェェェェェ!


 我々は恐怖を覚えた。旭のその行動は陰摩羅鬼を自由にする行動。つまり――


 次の瞬間、私の目の前には黒しか映らなくなった。

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