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人を穿ちてモノノケ語り  作者: 下鴨哲生
来栖旅館の陰摩羅鬼
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十三の幕

 私とさくらは回転扉を思いっきり閉めた。そこにすかさず旭は大量の御札を投げる。これでまた一時の平穏が得られるわけだが、その代償もまた大きかった。

「はぁ…はぁ…」

 肩で息をしながら、旭は手を地面についた。表情を見ようと試みたが、紅い横髪に隠れて私からは見えない。だが、表情が見えずとも、心の内に抱いている事は我々と変わらないだろう。

「吉勝さんが……それに、小山さんと山田さんも……」

「あなたぁ……」

 さくらと女将は飲み込まれた人達を思って言葉をこぼした。同じ場所で働いていた身として思うところがあるだろうし、女将にとっては吉勝は夫である。

 そして、助けられた旭はその相手をみすみす持っていかれたことになる。

「上へ……上へ行こう」

 静かに立ち上がった旭は、力なく上へあがり始めた。我々もそんな彼について上へあがっていく。

 一つ、二つ、三つ。大階段を上がり、上がりきった先。


 そこで我々はアレを見た。

 薄暗い屋根裏部屋。正面の壁には三角窓がひとつある。床や壁には木材の劣化でところどころ穴ができており、この部屋の中はひとつだけの窓とその隙間から漏れる光によってなんとか見えているという状態だった。

 そして、その部屋の真ん中である。そこには薄っぺらい布団が敷かれており、その横には古い提灯(ちょうちん)が置かれている。その薄っぺらい布団には、掛布団がかけられた女の遺体が横たわっていた。恐らく、彼女が最初にモノノケに殺された犠牲者だろう。遺体が発見された後、女将と山田はここに女の遺体を運んだのだ。


 薄暗い部屋の中に遺体。これだけでも異様な光景であるが、この部屋にはその異様さをもっと際立たせるものがあった。

「ご老体。ずいぶんと早くここまで上がってこられましたね」

 旭はその人を「ご老体」と呼んだ。確かに、その人はここにいた人達の中で一番の最年長。ご老体と呼んで差し支えないだろう。

 その人は女の遺体を前にして、そこに正座で座っていた。

「彼女が働いていたのは八年前。その時はまだ、あなたがこの旅館を取り仕切っていた。吉勝さんでも女将でもない。ここ数年にして頭の方がだいぶ不明確になってきたという話を聞いたが、どうやら、沙希という女性の怨念の姿を見て、だいぶ勘が戻ってきたようだ」

 旭はその人に近づいていき、隣まで行ってそこに立つ。旭が隣に来て、その人は静かに口を開いた。

「おのれは……どこまで知っておる」

「どこまで……いや、多分まだ何も知らない。だが、あのモノノケは俺達に何かを伝えようとしている。そして、アレが送ってきた断片的な想いの中に女の顔と青い鳥。そして……ご老体。あなたがいた」

 旭は懐に手を突っ込み、即座に狼の銃を公三へ向けた。

「モノノケの根幹はあなたにある。その全てをどうか聞かせていただきたい」

 旭が向けた銃に壁の隙間から漏れ出した光が当たり、銀の狼の装飾が不気味に光り、震えていた。


     〇


「わしに……話す気はない」

 銃を向けられた公三は微動だにせず言い放った。

 しかし、旭もそれでは終われない。

「何故?」

「話しても意味がないからじゃ」

「意味だと」

「話しても何も戻ってはこん。吉勝も沙希も」

「だから話さないと言うのか」

「そうじゃ。……人は死ぬ。ここでなくとも、わしはもうすぐ死ぬであろう。それが少し早まるだけじゃ。墓場まで持っていきたい話というものもある。それはおのれにもあるであろう?」

「それが……あなたの答えだと言うのか」

 旭は公三の答えを聞いて、旭は銃を構えている腕を力なく下ろした。


「旭……」

 私は小さく友人の名をつぶやいた。

 こうしている間にも、階段下からは陰摩羅鬼が暴れている音がする。ここからは逃げるところがない。ここが突破されれば、全てが終わってしまう。

 そのためには、公三に全てを語ってもらわなければならない。

「だが……俺にはあなたの話が必要だ」

 旭はうつむき、地面の一点を見つめながら口を開いた。

「俺が今、ここに立っていられるのは、あんたの息子が俺を助けたからだ。どこぞの馬の骨とも知らん俺に『あきらめるな』と言った。モノノケを撃つのが、俺の本分(ほんぶん)。ならば、俺はアレを撃つことをあきらめてはいけない。あんたも、人の親を名乗るなら、自分の息子が明かそうとした事実を代わって明るみにしてやろうとは思わないのか。来栖公三。あなたにはすべてを話す責任がある」

 旭は目の前の三角窓から空を見て、公三にそう言い放った。


 そして、我々の間に静寂が流れる。聞こえるのは階段下から聞こえるヤツの音のみ。


 旭の言葉を聞いた公三は、目をつむり、深く息を吸った。しばらくそのまま硬直した後、公三は傍らにある提灯にマッチを擦って灯を入れた。

「アレは……沙希はわしの一番のお気に入りじゃった」

 ついに、公三は語り始めた。

 決して喜んで話しているというトーンではないが、それでも彼は語り始める。モノノケを生んだ、全ての真実を。

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