十二の幕
「この先が、全てだ」
吉勝は立ち尽くす我々に向かって言った。上へ続く大階段を見るに、その先には旭が気にしていた屋根裏部屋があると思われた。
吉勝の行動を経て、女将はこの世の終わりのような態度を示し、小山と山田もどうしたらいいかわからないといった様子のようだ。
「ほう…これは――」
ギッ……ギョギ……ギュュュュ
旭が大階段に感嘆の声を漏らした瞬間、旭の後方からおぞましい鳴き声が聞こえてきた。
御札が大量に貼られた仕切り用のふすま。そのふすまに黒い斑点が現れ始める。
振り返った旭は、目を見開き、ただただ目の前の光景に見入っていた。
「まさか――」
そうして呆然と見ているうちに、ふすまはほぼ黒で埋め尽くされる。
そして次の瞬間、旭の目の前にギョロっと大きな目玉が現れた。
ギョェェェェェェェエェェェ!
鳴き声と共に、部屋の中が大きく揺れる。
「奥へ! 上がれェェ!」
我々は旭の叫びを聞いて、一気に大階段まで走った。旭は我々を逃がすために、銃を持っていない右手を陰摩羅鬼にかざして動きを止める。
御札の効果によってふすまを破ることに時間がかかると判断した陰摩羅鬼は、自分の体をふすまにめり込ませることでこちらに侵入しようと試みた。その結果、ヤツは自分の体の表面をこちら側へ出現させたようである。
こうなった場合、陰摩羅鬼が結界を破るのは秒読みと言ったところだろう。それでも少しでも時間を伸ばそうと、旭は今、陰摩羅鬼の動きを食い止めているのだ。
だが、力を暴走させた陰摩羅鬼は、旭の手をすり抜けて、自分の体から小さなカラスのような鳥を何匹も放出させた。そして、その無数のカラス達は小山と山田に食らいつく。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「クソックソックソッ!」
彼らに食らいついたカラス達はやがて彼らを包んで黒い塊となり、左右のふすまにも侵食し始めた陰摩羅鬼の体に吸い込まれた。
その様子を見て、旭は歯をかみしめて陰摩羅鬼をまっすぐ見た。
「何を! 何に! 誰を! お前の怒りはどこにあるッ!」
ギャョァァァァァァァァァァァァァ!
旭は陰摩羅鬼に問いかけた。だが、返ってくるのはけたたましい鳴き声のみ。その声を聞いた旭はさらに己の力を強めた。それに呼応するように彼の紅い横髪がふわりと動き、顔や手には血管が浮き出てくる。
「旭さんは大丈夫なんですか!?」
大階段へと入ったさくらは陰摩羅鬼と対峙している旭を見て言った。
逃げる際にさくらの肩から降りていた私は一歩遅れて大階段へと到着し、さくらの質問に答える。
「旭の力であれば少しは大丈夫だ! だが――」
私が振り返った瞬間、旭は右手を掲げながらその場に膝をついた。歯をかみしめる力も強くなり、手から一筋の血が流れる。
いくら力がある旭でも、力を解放できていない今の状態では、モノノケを相手にするには限度がある。
旭は狼の銃を懐に突っ込み、左手も右手と同様に陰摩羅鬼にかざした。
「このままじゃ……!」
さくらが泣きそうな声でつぶやいた瞬間、私の頭の中に旭が陰摩羅鬼に無惨に取り殺された情景がよぎった。
そんなことはさせない。させたくはない。
そうして、狸の状態である私が何をするのかも考えずに旭へ向かって走り出そうとした瞬間、私よりも先に旭へ向かって駆け出した影があった。
その男は全速力で旭へと近づき、その背中に手を置きながら旭の顔を覗き込んだ。
「あきらめるなよ祓い屋」
来栖吉勝は旭に近づいていくと、手早く旭に肩を貸して、できる限りの速さでこちらへ走ってきた。
その様子を見て、さくらは回転扉の端にスタンバイした。私の力も限界に近かったが、ここが正念場である。わずかに回復した力を振り絞り、私も再び人間の姿へと化けさくらと一緒に彼らが入ってくるのを待った。
しかし問題がある、旭がそこから離れたということは陰摩羅鬼もそこから出られる。ということである。
旭達が大階段までたどり着くのもあと半分といったところで、彼らの後方でついに陰摩羅鬼が頭角を現し始めた。ググググと体をめり込ませ、ついに御札の結界を破る。




