十一の幕
パンッ!
ダダダダダダダ
私が飛び込んだ瞬間、しきり用のふすまがピタッと閉められ、旭はそこに大量の御札を投げた。
そこで私は燃え尽きた。
ポフンッ。
間抜けな音と力のない微風を起こしながら、私はちんちくりんな毛玉に立ち戻った。
「もう限界かい?」
旭は私のそばでしゃがみ、見下しながら微笑んだ。
「人使いが荒いんだよ」
「人じゃないからセーフだ」
「そういう問題じゃない」
旭は私をすくい上げる。そして、そのままさくらのもとへ近づくと私を彼女の小さな肩に乗せた。
「はい。相沢さん」
断りきれないさくらは軽く返事をしながら私を受け取った。
私は落ちないように体をさくらの首に巻きつける。
「なんでこっち?」
素朴な疑問を旭にぶつけた。
「俺はこれから忙しくなりそうなんでね」
旭はそう言うと、懐から狼の銃を取り出し、残った従業員達の方へ向き直った。
「少しの間お世話になります」
「あっ、はい。どうぞ」
私はさくらに感謝の意を示し、さくらはそれを快く了承した。多分。
「その銃はまだ使えないの!?」
女将が旭に向かって叫んだ。だが、その声に余裕はない。もう満身創痍の様子を呈していた。
「言ったはずですよ。この銃を使うためには、あのモノノケを生んだ事実が必要です。それを聞き届けた時、この銃の狼の口が開き、モノノケを撃つことができる。今、この狼の口が閉じているということは、俺達未だ真相を知らない」
女将の様子など意に返すこともなく、旭は淡々と言い放った。そして、彼はこう結論付けた。
「つまり、女将。あなたの先ほどの話は虚偽だ」
旭の言葉は女将の痛い所をついたようだ。さくらの肩から見ていた私でもそれは分かった。
「なっ……なに? 私が嘘をついたとでも言うの? バカにするのもいい加減にしてほしいわ! それに、あの時は誰も私の言うことを否定しなかったじゃない!」
「えぇ、誰も否定しませんでした。この場にいない翠さん以外は」
"翠"という名前を聞いて一同に戦慄が走る。
「翠はどうなったんだ?」
吉勝が厳格な野太い声で旭へ聞いた。その質問に対し、旭は首を横に振って答える。
「わかりません。陰摩羅鬼に連れていかれ、どこに行ったのか。生きているのか。死んでいるのか。それは定かではありません。でが、ただで済んでいないことは確かでしょう」
旭の答えを聞いて、吉勝は小さく「そうか」とつぶやいた。さすがこの旅館の主人というべきか、吉勝はこんな状況でも落ち着いている。自分達の状態を理解し、冷静に対処しようという姿勢が見て取れた。
「あとは何が必要なんだ?」
吉勝の言葉を聞いて、旭はまっすぐ前を見据えた。
「一つ。この旅館のもう一つ上の階層はどこか」
旭がここに来てから気になっていたことだ。この旅館にはもう一つ上の三階。もしくは、屋根裏部屋があると思われる。
「二つ。女の遺体をどこに隠したのか」
女将と番頭の山田によって隠された女の遺体。それは今、一体どこにあるのか。
「三つ。沙希と呼ばれる女性にあなたがたはいったい何をしたのか」
モノノケが生まれる要因となったと思われる女性。沙希と呼ばれたその女性にいったい何があったのか。
「四つ……」
彼は廊下で拾った鳥の羽を懐から取り出した。
「鳥に……何をしたのか」
陰摩羅鬼は怪鳥のアヤカシ。そんなアヤカシがとりつき、モノノケとなるためには、少なからず鳥に関係した出来事があったはずである。それはいったい何か。
以上。
これが今、彼と彼の呪いが求めるこの出来事の根幹である。
〇
キギョゥェェェェェェェェェ!
ガダガダガダガダガダガダガダガダガダガダガダガダガダ!
部屋の周りから陰摩羅鬼が暴れている声が聞こえる。どうやら、私が与えたダメージも回復しているようだ。元気なこって。
「ここが破られるのも時間の問題でしょう。もしかしたら、真実を聞く時間もないかもしれませんね」
旭は少し悲しそうに言った。それはそうだろう。もし、このまま何も明らかにならず、陰摩羅鬼にここが突破されれば、我々も一網打尽である。つまり我が七十二年の生涯もここで幕を下ろすわけだ。
こんなところで命を落としてしまっては「我が人生に一片の悔いなし」など冗談でも言えない。
だがしかし、陰摩羅鬼の勢いはこうしている間にも増してきている。あちらさんは本気になったようだ。我々も覚悟を決めなければいけない。
そう思った時である。
「大丈夫だ。お前が求めているモノの一つは俺が解決できる」
吉勝が言った。
その声に一同の視線が吉勝に集まる。しかし、吉勝はそんなことを意にも返さず、大広間の床の間へと歩いていった。
「あなたっ! ダメよ!」
女将が吉勝に向かって叫んだ。吉勝の動きがそこで止まった。しかし彼は振り返らない。そのまま前を向いたまま、彼はその床の間の壁をじっと見てこういった。
「やはり……お前ならここに隠すと思っていた。これが見つかれば、この旅館は終わりかもしれない。だが、恐らくここはもう終わっていたんだ。俺はあの時止めることができなかった。その時点で……きっとな」
そう言い切った吉勝は床の間に置いてある壺にてを突っ込んで中にある何かを引っ張った。
ガチャン!
何かが作動したような機械音が聞こえた。
音が聞こえた後、吉勝は床の間の壁の端に両手を置き、それを目いっぱい前方に押した。
ゴゴゴという音と共に、床の間の壁が回転し始める。訂正しよう。これは壁ではない。大がかりな仕掛けの回転扉である。
回転扉を九十度回転させたところで、吉勝は動きを止める。
その先にあったのは、この旅館の屋根裏部屋へとつながる幅の広い黒の大階段だった。




