序の幕
「たぶんこの旅館で人が死んだと思うので、俺達を入れてくれませんか」
旅館の玄関にて、我々の呼びかけに応じてでてきた少女に我が友人は言い放った。
私の友人はこういう時に嘘がつけない。
〇
あたりにビルが立ち並び、あまりにも風情がない建造物が立ち並び腐った現代。明治時代から始まった文明開化の波は進みに進み、曲がりに曲がって進化を遂げた。木造を主としていた建造物は無機質で冷たいものへと変わっていき、緑豊かだった地は削られ続ける。
そんな時代を良しとせず、立ち上がったひとりの男がいた。
かの都、可憐奇天烈な"京都"のような都を首都近郊にも作れないかと考え、"青空市"という街を第二の京都にするべく市長になった男である。
高層建築物の禁止。木や草花の育成と保護。厳しい景観条例。その他もろもろ。
あまりにも無謀。実現不可能だと思われた計画であったが、何を間違ったのかその男は、かの偉業を成し遂げた。
いったいどんな道をたどってこれを大成したのか。そんなものは解説しない。というかできない。というかよく知らない。
そんな小難しい話をすることは私の手に余る。
私が教えられることがあるとすれば、驚くべき変貌を遂げ、今では偽京都と親しまれるようになったこの街が、空の都「空都」と名付けられたということだけである。
さて、ここで皆様に残念なお知らせがある。ここまでの全て前置きだったということだ。今までの口ぶりからして、その市長が主人公なのではないかと思った読者もいるだろうが、この物語の主人公はもっと変なやつである。
現代の景観からかけ離れたこの空都には、運悪くよからぬものが集まるようになった。
彼はそんなよからぬものを撃つために、実に長い時間を生きている。
これから皆様に読んで頂くのは、そんな彼の変遷の始まり。空都を代表する老舗旅館、来栖旅館にて起きた極めて面妖な物語である。
え? 結局"よからぬもの"とはなんなのか……と? 心配せずとも、この物語を読み進めていれば、皆様にも理解ができる。まぁまずは、ページをめくるが良し。
そういえば、自己紹介が遅れていた。どうか許してほしい。
私の名前は鴨ノ川桃狸。この物語の語り手である。