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超能力者な公爵令嬢

作者: 緑名紺



※流されヒロイン、腹黒ヒーロー、バカ王子等が苦手な人はご注意ください。

 過激なざまぁはありません。


 よろしくお願いします。




 



 他人と比べるのは好きじゃないけど、私は平均よりずっと不運な人生を歩んでいると思う。

 生まれつき、この身に過ぎた強い力を持ってしまったせいだ。


 例えば、こんなことがあった。


 よく晴れた日の昼下がり、我が家自慢の庭園でのこと。

 対面に座っている顔色の悪い青年――クルトは私の初恋の人で、三か月後に結婚する予定の婚約者だ。


「すまない、本当にすまない……きみとは結婚できない。別れてほしい」


 彼のこんな情けない声、初めて聞いた。


「どうして? 他に好きな人ができたの?」


 そんなはずない。分かっている。クルトは誠実で真面目な人。仕事が忙しくて、そもそも女性と出会う機会は少ないと言っていた。

 婚約中の身で他の女性に心変わりなんてあり得ない。


 本当は、察しがついていた。原因は私にあるのだ。

 咄嗟に彼のせいにしようとした自分が情けなかった。


「お願い。はっきり言って。そうしないと、納得できない」


 右手で胃を押さえながら、鉛を飲み込んだような顔で、クルトは弱々しく答えた。


「ミュゼ、きみが怖いんだ。もう僕は、きみと普通に接することができない。その力さえなければ、そう思うようになってしまった……」


 私はクルトに感謝した。

 言いづらいだろう言葉をちゃんと告げてくれたから。

 そして、心から納得できた。彼の言葉は、常日頃から私が思っていたことと同じだったもの。


 でも、感情の整理はそう簡単にはできなかった。


 どうして今更そんなことを気にするの? 

 最初から分かっていたことじゃない!

 素晴らしい力だと散々褒めてくれたあの言葉は全部、全部嘘だったの!?


 手つかずの紅茶が波立つ。

 気づいたときには、テーブルの上の茶器が大きな音を立てて弾け飛んだ。


「ひぃっ!」


 破片や紅茶が私と彼に当たることはなかった。頭の芯は冷えていたのか、ちゃんと防御壁を張っていたのだ。

 顔を真っ青にして震えるクルトを見て、関係修復が不可能だと理解した。たった今、私が粉々にした。


「分かったわ。婚約解消を受け入れます。今まで、怖い思いをさせてごめんなさい」


 私は椅子から立ち上がり、ため息を吐いた。

 彼は腰を抜かしているのか、立ち上がることができないようだった。でももう手を貸すことはできない。

 たった一度手を繋いだときの体温を思い出し、目の周りが熱くなった。

 あれが、最初で最後だったんだ……。


 絶対に泣かない。私は涙が零れないように、声が震えないように、全身に力を入れる。


「でも、一つだけお願いがあるの。これから私の両親にも話すのでしょう? 別れる理由は、嘘をついてほしい」


 両親には、特に母には真実を伝えられない。

 私の超能力のせいで婚約者に逃げられた……なんて傷つけるだけだから。






 この国の人間には、稀に摩訶不思議な力――超能力が宿る。

 それは何故だろう。こんな神話が残っている。


 はるか昔、銀色の空飛ぶ船がこの地に降りた。

 乗組員もまた銀色の小人だったらしい。今では銀神人と呼ばれている彼らは、仲間の遺骸をこの地で埋葬し、空に去っていった。


 それ以来、この土地で生まれる人間の一部が、超能力を持つようになったんですって。


 よくよく考えると怖い話だ。しかし長い年月をかけ、人々は超能力者を受け入れていった。

 銀神人は仲間の墓を守るように土地の人間に頼んでいったらしい。その見返りとして、荒れた大地を美しい緑で満たし、清らかな水が湧き出るようにしてくれた。その大地の豊穣は今もなお続いている。

 墓守の末裔たる王家が、銀色の神様を祀っているのも無理はない。


 大昔の話なんてどうでもいいか。大事なのは今、現代を生きる私の人生。


 超能力とは、具体的にどんなものなのか。

 長年の研究により、ある程度分類されるようになった。


 代表的なものは、


 物を動かす念動力サイコキネシス

 炎を発生させる発火能力パイロキネシス

 空間を瞬時に移動する瞬間転移テレポート

 物から情報を読み取る接触感応サイコメトリー

 人の心を読んだり伝えたりする精神感応テレパシー

 知るはずのない情報を知覚する第六感シックスセンス


 ……など。他にもたくさんある。


 これらの能力を持つ者は総じて超能力者と呼ばれている。

 私――ミュゼット・ファラデールもまた、生まれつき念動力を持つ第一級の超能力者。


 第一級と言うのは国が定めた能力の強さね。第一級は最強ってこと。

 巨大な岩を持ち上げることも、湖を真っ二つにすることも、ダイヤモンドを砕くこともできる。

 もちろんやったことはないけれど、手を触れずに人の命を奪うことだって、できてしまうでしょう。

 ……そりゃ婚約者も怯えるわよね。


 前述した神話のおかげで、超能力者自体は忌避されてない。

 王家からは高確率で超能力者が生まれるし、強い超能力者ほど銀神人に愛されているとして、神格視される。


 人助けに役立つことだってある。

 私も数年前、土砂崩れの現場で人命救助を手伝ったことがあった。そのときは国王陛下直々にお褒めの言葉をいただいたし、家族も使用人もみんなが誇らしげだった。王都の平民たちにも大いに感謝されたものだ。


 だけど、たった一度の活躍、簡単に忘れ去られてしまう。もはや過去の栄光だ。

 こんな大きな力が役に立つ場面は限られる。人助けをしようとしても、遠慮されるばかりだ。無理矢理手伝っても怯えられるだけ。迷惑なだけ。


 超能力を持たない人にとって、私は化け物だ。

 表向きは尊敬される。だけど心の中では怖がって嫌っているに決まっている。


 私だって、自分の力が怖くてたまらない。






 結局、クルトとは口裏を合わせて「性格の不一致で破局」ということにしたけど、それでも両親は嘆き悲しんだ。

 私の家は何人もの大臣を輩出し、王家とも深い繋がりを持つ由緒正しき公爵家。決まっていた婚約が流れるなんて、醜聞以外の何物でもない。


 夜に両親が喧嘩しているところを目撃してしまった。


「全く、面倒なことになった。早くミュゼットの処分先を――」

「あなた! 実の娘に対して処分だなんてひどいわ!」

「うるさい! 娘ならば、カメリアがいれば十分だ!」


 私は自室に逃げ帰って泣き明かした。しばらくは食事も喉を通らなかった。

 お母様も体調不良で臥せってしまったらしい。もう最悪だ。


「姉様、お菓子を作ってきたわ。どうか召し上がって」


 二つ下の妹のカメリアが見舞いにやってきた。

 正直今は、妹の顔は見たくない。


 彼女は第三級の超能力者。私とは違って、人々に怖がられることはない。

 だって、「植物の気持ちが分かる」なんて可愛らしい能力なんだもの。植物を健康に美しく育てるのが得意で、我が家の庭園はいつだって瑞々しい緑と色とりどりの花で溢れている。


 可憐な容姿と相まって「花の妖精」と呼ばれるような令嬢。

 目つきが悪くて無愛想で、危険な能力を持つ私は、「破壊の女神」とか「鉄姫」なんて呼ばれているというのに。


「あと、これ、ラナンキュラスよ。姉様にぴったりだと思うの。飾っておくね」


 カメリアはちょっと植物の気持ちに耳を傾けすぎて、見舞いに鉢植えを持ってくるようなド天然な子だ。

 私の部屋が一気に土臭くなった。いや、綺麗だからいいけど……。


「あ、ありがとう。カメリアは……ヴァイス王子と上手くいってるの? もうプロポーズされた?」

「いやだ、姉様。殿下とはそういう関係じゃないわ」

「……そうなの?」

「ええ。わたし、女の子のお友達やお花といる方が楽しいの。王子に限らず、殿方と喋るのは苦手だわ」


 そうですか。

 王子に同情してしまう。あの熱烈な求愛は全て空振りに終わっているようだ。

 カメリアはとにかくモテる。こういう色恋にガツガツしていないところがいいのでしょうね。


「もちろん姉様と一緒にいるのも好き。今回のことは本当に残念で、わたしも悲しいし、こんなこと言ったらダメだって分かってるけど……姉様がまだこの家にいてくれるのは少しだけ嬉しいの」

「…………」


 私のことを慕ってくれる妹のことは可愛い。可愛いけど、ちょっと素直に受け入れられないときがある。

 彼女は悪くない。私が勝手に妬んでいるだけだ。


 でも父親よりは好き。もう段違いで好き。

 だってお父様は見舞いどころか、あれ以来声をかけてくることさえなかった。私が挨拶をしても無視。

 ひどいわ。私のことを、なんだと思っているのかしら。


 今度、お父様の部屋の家具を全部壊してやろうか……。

 ううん、物に罪はない。ここはやっぱり宙に浮かせて空の旅を体験させてあげましょう。お星さまに近づけて、泣かせてやる。


 出来もしない復讐に胸を躍らせ、精神がだいぶ持ち直したところで、決意した。

 こうなったらクルトより、もっともっと良い男を捕まえましょう。


 そう、どこかにいるはずよ。

 世界は広い。こんな私を受け入れてくれる殿方が、一人くらいいたっていいはず。


 自分を無理矢理奮い立たせた。

 私の超能力は感情に左右されやすい。いつまでもうじうじ閉じこもっていたら、本当に屋敷の調度品を壊しかねない。






 婚約解消から一週間、情報収集のため学術院に顔を出すことにした。


 王都に住まう若者が通う学校だ。

 圧倒的に貴族が多いけれど、中には平民もいる。もちろん、超能力者もそうでもない者も。


 ちなみに私は学術院があまり好きではない。勉強はそこまで苦ではないけれど、孤独が浮き彫りになるだけの場所だから。早く結婚して辞めてしまいたいとずっと思っていた。


 またしばらく通わないといけないなんて……。

 家柄や顔なんてどうでもいい。

 私の能力ごと受け入れてくれる、心優しく寛容な殿方はいないかしら……。


「…………う」


 理想を思い浮かべたら、クルトのことを思い出してしまった。

 彼は、本当に優しい人だった。

 私が超能力で何かをするたびに、「すごい」「格好いい」と目を輝かせて褒めてくれた。物を壊しても怒らなかったし、はしたない行動をしても笑って許してくれた。天使のような妹とも区別せず、笑いかけてくれた。


 だから、勘違いしてしまったのだわ。

 結婚についてお母様に聞かれたとき、つい言ってしまったの。

 クルトみたいな優しい男性のお嫁さんになりたいって。

 言葉にして初めて、恋をしていることに気づいた。


 話してからたった数日でクルトとの婚約話がまとまっていた。

 きっとお母様が公爵家の権力をフル動員したんだわ。クルトは「光栄です」と喜んでいたようだったけど、あのときからもう嫌だったのだろうか。

 彼は優秀だけど家柄はそれほどでもなかったから、きっと縁談を断れなかったのね。

 そう考えると、悪いことをしてしまった。彼を恨み切れない。


「はぁ……切り替えなきゃ」


 だけど、もやもやは消えない。

 授業にも出ず、中庭のベンチでぼんやりと時間を浪費する。


「あ、ミュゼット様よ」

「随分と落ち込んでらっしゃるわ……無理もないけれど」


 私の婚約解消話はすっかり広まっているみたい。誰も目を合わせてくれず、話しかけてくる者もいなかった。元々カメリアと違ってお友達もいなかったけど、前よりもっと居心地が悪い。


 こんなんじゃ、もう、誰かと結婚するなんて無理かもしれない。

 こんな能力を持って生まれてきた私だけど、人並み以上に恋愛や結婚に憧れがあった。


 政略結婚だったお母様は、娘たちには同じ思いをさせないと誓っていたようだ。王子様とお姫様が結ばれる童話をしばしば語り、恋愛結婚を強く推奨していた。私が恋愛に夢を見てしまうのは、その影響だと思う。


 私もいつか幸せなお嫁さんになれると信じていた。

 現実は、童話のようにはうまくいかない。

 このままじゃお父様が探してくる処分先に嫁ぐしかない。


 そんなの嫌だわ。そんなことになるくらいなら、いっそ家を出て一人で生きていく――。

 悪い方向に思考が沈んでいた私は、気づかなかった。


「おい! 聞いているのか!?  ミュゼット・ファラデール!」


 肩を揺らされ、はっと顔を上げる。

 目の前にヴァイス王子がいた。珍しい。妹ではなく、私に声をかけてくるなんて。


 よく見たら、王子だけではなかった。カメリアの学友たちが、真剣な表情で私を取り囲んでいた。みんな年下とはいえ、この人数に囲まれると冷や汗が出る。


「なんの騒ぎでしょう?」

「とぼけるな! よくもカメリアに怪我をさせたな!」


 私は弾けたように立ち上がる。


「カメリアが怪我? 一体何が? 無事なのですか?」

「下手な演技だな。お前がやったくせに」


 私は訳が分からなかった。

 何を言ってるの、この色ボケ王子は。

 カメリアのことが好きすぎて、おかしな妄想に囚われたのだろうか。


 今すぐカメリアがいるであろう医務室に駆け付けたいが、自国の王子を無視するわけにもいかないし、この人垣を突破するには……超能力を使わないと無理だ。


「本当に、身に覚えがないのです。説明していただけませんか」

「ふん、いいだろう」


 王子は罪状を突き付けるように、よく通る声で述べた。ますます人が集まってくる。


 つい先ほど、カメリアが学舎の前を歩いており、そこに大きな植木鉢が落ちてきた。当たりこそしなかったものの、カメリアは驚いて転び、手足に軽傷を負ったとのことだった。


「可哀想なカメリア……実の姉に殺されかけるなんて」

「ちょっと待ってください。どうして私だと決めつけるのです?」

「お前以外の誰がカメリアを傷つける? 万人に愛される彼女を恨む人間なんて、お前くらいしかいない。妹が羨ましくて憎かったのだろう? 惨めな女だな! そんなことだから婚約破棄されるんだ!」


 その物言いにカっとなって、中庭の木々が大きく軋んだ。

 周囲がざわつき、男子が王子を庇うように前に出た。

 いけない。ここで誰かを傷つけたら、心証が悪くなる。


「……私はずっと中庭にいました」

「それを証明できる人間がいるのか? いや、どこにいたって関係ない。お前が、その第一級の念動力で、鉢を落としたんだろう!」

「私じゃありません。鉢を落とすくらいの念動力なら私以外にも使える者はいますし、瞬間転移でだって……いえ、学舎から直接投げ落としたなら、誰にだって犯行は可能でしょう?」


 ヴァイス王子は取り合おうとしない。

 動機がある人間は私しかいない、と決めつけている。


「お前みたいな危険な女を、野放しにしていたのが間違いだったんだ。いい機会だ。国の研究機関で暮らすか、北方の最前線で蛮族と戦うか選べ。せいぜい、その化け物じみた力を国のために使うんだな。お前はカメリアの姉にふさわしくない。ずっと目障りだったんだよ」


 何故、こんな風に言われなければならないの。

 悔しくて、悲しくて、目の前が滲む。

 何も言い返さない私に、周囲から遠慮のない言葉が投げかけられる。


「やっぱりミュゼット様なんだ……」

「怖い。どうしてこんなひどいことができるの?」

「婚約者に逃げられて、自暴自棄になったのか」


 ひどい屈辱だわ。

 流れは完全に私が悪者になっている。


 どうしよう。何か言葉を発しようものなら、一緒に念動力を放ってしまいそう。


「ふん、もはや弁明もないようだな! 学術院の警備兵を呼べ!」


 このままだと、ふんぞり返った王子を粉々にしてしまう。まずい。殺人はまずい。

 超能力を使った犯罪は重罪。しかも相手は出来が悪くても王族。私どころか、家族にも咎が及ぶかもしれない。

 我慢、我慢よ。私なら制御できる。大丈夫。クルトと一緒に練習した……。


「……っ」


 駆けつけた警備兵が事情を聴き、戸惑いながら手を伸ばしてきたとき、私の自制心はもう限界だった。

 そのとき――。


「お待ちください。彼女は犯人ではありません。勝手なことをされては困ります」


 横から伸びてきた手が、警備兵の腕を払った。

 私は驚いて、怒りを忘れた。

 背の高い少年が、私を背に庇っていた。

 誰だろう。知らない人だ。


「なっ、貴様、フィリオ・アストラリス、か?」

「お久しぶりです、ヴァイス殿下。相変わらずのようで、ある意味安心しましたよ」


 口調は穏やかだけど、声ははっきりと苛立っていた。

 フィリオという名前、どこかで聞いたことがあるような……?


「さっきから聞いていれば、見苦しい言葉で一方的に女性を罵って……恥ずかしくないんですか?」

「な、何を……!」

「視野が狭くて、思い込みが激しくて、悪辣な正義感で無遠慮に人を傷つける。あなたの方こそ目障りだ。王家の恥晒しめ」


 フィリオは王子を睨み、舌打ちをした。

 直系王族に対してこの言動。不敬罪に問われてもおかしくない。

 しかし罪に問われる前に、彼は流れるように人垣を指さした。


「もう一度言います。ミュゼット嬢は犯人ではない。彼女の妹を傷つけたのは――あなたとあなたですね」


 指さされたのは、二人の少女だった。

 見覚えがある。よくカメリアと一緒にいる……妹の友達だ。


「ち、違います。どうして私たちがカメリアさんを?」

「そうです! 友達なのに!」


 否定の言葉を叫びながらも、二人とも見る見るうちに顔色が悪くなっていった。


「動機は単純。嫉妬でしょう。カメリア嬢ばかり男にちやほやされる。自分たちは彼女の引き立て役にしかなれない。にもかかわらず、彼女自身は男たちの好意を石ころのように扱い、無邪気に花と戯れる。それでいて、成績優秀で家柄も最良。そりゃ鼻につきますよね」


 フィリオは同情めいた視線を彼女たちに向けた。

 周囲はざわめいたが、王子は絶句していた。


「だけど、あなたたちの方が悪質ですね。下手したら本当にカメリア嬢が死んでいましたよ。大体、友人と言うのなら、医務室にいる彼女に付き添うべきでしょう? 植木鉢が落ちたとき、そばにいなかったんですよね? 一体どこにいたんです?」


 彼女たちは咄嗟に答えられなかった。

 フィリオが目を細める。


「言えないでしょう? あなたたちに千里眼クレヤボヤンスはない。学舎の屋上には人影がなかったかもしれませんが、他の場所には誰がいたのか分からない。下手なことを言えば、嘘がバレてしまいます。二人で口裏を合わせることもしていない。計画性の欠片もありませんね。この分だと、少し探せば目撃者が見つかるかもしれない」


 彼女たちの体が小刻みに震えている。

 フィリオの言葉に根拠はないのに、それが真実かのような強さがあった。

 ちょっと怖い。何もかも見透かされているみたいで……。


 このまま強引に彼女たちの口を割らせるのかと思いきや、フィリオは急に掌を返した。


「……ああ、すみませんね。よく知りもしないのに決めつけてしまった。これでは殿下と変わらない。申し訳ありません、お嬢さん方。心から謝罪します」


 う、嘘くさい。声に微塵も心がこもっていない。

 犯人と目された彼女たちも、それ以外の生徒たちも、戸惑いを隠せなかった。


「さて、ヴァイス殿下」


 フィリオに呼ばれ、呆けていた王子の背筋が伸びた。


「ミュゼット嬢以外にも疑わしい人物はいます。普通の人間には人の心の中なんて分からない。動機から犯人を絞るなんて不可能です。以後、気をつけてください」

「し、しかし――」

「まだ何か? ……へぇ、どうしてもミュゼット嬢を犯人にしたかったんですか? ああ、殿下は昔から、第一級の超能力者に嫉妬していましたからね。ご自分が第二級だからって、気にされることはないのに」


 王子の顔色が変わった。


「違う! 僕はそんなこと――」

「例えば、そうですね……カメリア嬢に結婚を前提にした交際を申し込んだけど、『姉の結婚が決まるまで考えられない。今そんな話をするなんて無神経だ』と遠回しに断られて途方に暮れた。……そんな会話があったとしたら、殿下にもカメリア嬢に危害を加える動機はありますね。目障りなミュゼット嬢に濡れ衣を着せて遠ざけ、傷ついたカメリア嬢の弱みに付け込む。ついでに恥をかかされたことに対する意趣返しもできる。はは、クズ野郎だなぁ」


 どこまでも場違いな、爽やかな笑顔を浮かべるフィリオ。

 この男もなかなかの……と私は一歩引いた。


「ば、馬鹿な! この僕を侮辱する気か?」

「先にミュゼット嬢を侮辱したのは殿下だ。いいですよ? 議論が足りないのなら、いつまでも付き合いましょう。だけど、口論で俺に勝てるとでも? これ以上恥ずかしい思いをしたいのなら、止めませんが」

「…………っ!」


 殿下は戦慄いた。そして沈黙した。負けを認めたのだ。


「こんなところで不毛な犯人捜しをするよりも、早くカメリア嬢のところに見舞いに行くべきです。俺たちも失礼します。ほら、道を開けてください。そろそろ次の授業が始まりますよ」


 あまりの事態に放心していた私は、言われるがままフィリオの後に続いた。

 心に怒りは欠片も残っていなかった。


 余談だけど、ヴァイス王子は見舞いに切り花を持って行って、妹の機嫌をさらに損ねた。

 そして犯人については、「植木鉢の中身が空だったので許します」という被害者の能天気な一言で有耶無耶になった。






 学術院の隣には、超能力の研究施設がある。

 フィリオはごく自然にその敷地に足を踏み入れようした。私も通い慣れた場所だから、恐ろしくはない。

 しかし直前で足を止める。なし崩しについてきてしまったけれど、急に我に返った。

 だって、ここには彼が……。


「大丈夫。今日、クルト研究員は休みです」

「……どうして分かるの?」

「あなたと彼の婚約解消騒動は、有名でしょう? まだ顔を合わせたくないことぐらい推察できます」

「それだけじゃなくて、いろいろよ。さっきの犯人探しや王子への態度はおかしい。まるで何でも知っているみたい。あなたは……精神感応テレパシー持ち?」


 フィリオは肩をすくめた。


「ご名答。改めまして、第一級の精神感応能力者、フィリオ・アストラリスと申します。先ほどは不躾な真似をして申し訳ありませんでした。あなたを殺人犯にしたくなかったもので」


 私は言葉を詰まらせた。

 目の前にいるのは精神感応持ち。つまり、私の心の中は丸見えだ。

 こういうことを考えちゃだめだということは分かっているけど、やっぱり恥ずかしい。まるで全裸を見られているような気分……。


 フィリオは咳払いをして、手を叩いた。


「はい、力を閉じました。信用できないかもしれませんが、もう勝手に心を読んだりしません」

「え、あ、はい……」

「俺はあなたとゆっくり話がしたい。場所が気に入らなければ、別のところへお連れしますが」


 このまま解放される、という選択肢はなさそうだ。今更授業を受けに行く気分でもない。

 何より私は、フィリオの目的を知りたかった。この誘いは断れない。


 人気のない休憩スペースに案内され、お茶が用意されたところで、私は言葉に迷いながら頭を下げた。


「先ほどは、ありがとうございました。フィリオさんのおかげで名誉を守れました」

「守れましたかね? 疑いを完全に晴らすことはしていませんが」

「ええ。あなたが前に出て顰蹙を買って下さったので、もう誰も私を強く非難しないでしょう。それに、カメリアも私を犯人だとは思わないから、皆もすぐに忘れてくれると思います」


 カメリアへの嫉妬は確かにあるけれど、危害を加えたりしない。それ以上の家族の情があるから。

 また、真犯人を憎む気持ちはあるが、妹と比較され続けた彼女たちの気持ちも分からなくはない。

 だから今後の対応については、カメリアの意志を尊重しようと思う。妹の交友関係に首を突っ込むほど、今の私に余裕はないし。


「仲の良い姉妹なのですね」

「…………」


 こうして正面から落ち着いて眺めてみると、フィリオは随分と綺麗な顔をしていた。

 歳は私とそう変わらない。十七、八歳くらいだろうか。だけどとても大人っぽい。

 くすんだ金色の髪に、白磁のごとき肌。瞳は透き通ったエメラルドグリーン。中性的な雰囲気を持ち、物腰も先ほどとは打って変わって上品で優しげである。


 ヴァイス王子よりも、よほど王子様然としている美形だ。二人きりでいることに、急に緊張を覚えた。

 彼がふっと微笑む。


「そうまじまじと見られると、照れます」

「ご、ごめんなさい……」


 紅茶が激しく揺れている。

 私はさりげなくカップを手に取って隠した。動揺を悟られないように……って向こうが超能力を使っていたら全部無駄じゃない?


 落ち着け、落ち着くのよ。

 見た目に騙されちゃダメ。さっきの腹黒い対応を見たでしょう。

 私のことも、心の中ではどう思っているか分からない。

 こうなったら、早く話を終えて帰ろう。


 カップを置いて、深呼吸を一つ。


「その……お話って?」

「はい。実は俺、クルトとは個人的に親交がありまして、友人と言って差し支えのない間柄なのです」


 出てきた名前に、私は息を呑んだ。

 かろうじて念動力は抑えたけれど、危なかった。心がざわざわする。


「彼があなたにしたことについては、男から見ても情けないという感想です。でも、一つ弁護させていただくなら……クルト、あばらが折れてたんですよ」

「……え?」


 淡々とした口調でフィリオは説明した。


「王都の広場でお忍びデートをしたとき、初めて手を繋いだそうですね。あなたはとても恥ずかしそうにしていたとか。そのときに、念動力が暴走していたようですよ」

「そんな……」

「クルトはあなたを傷つけないように必死に隠した。仕事が忙しいと言い訳して、骨折が治るまで会わないようにして……でも、やっぱり、恐怖心までは拭いきれなかったようですね。触れるだけで骨を折られていたんじゃ、この先の結婚生活を不安に思うのも無理からぬ話だ」


 言われてみれば、思い当たる節があった。

 たった一度だけ手を繋いだことがある。あれ以来、彼は指一本触れてこなかった。デート自体は悪い雰囲気ではなかったのに……彼はずっと痛みと恐怖に耐えていたんだ。


「そう死にたそうな顔をしないでください。クルトの怪我は完治したし、そもそも怒ってないし、あなたのことを嫌っているわけじゃない。ちょっと念動力に対してトラウマができて愛せなくなっただけだ。気にしなくていい」

「そんなの無理! ものすごく気にする!」


 私は必死に呼吸を整えた。今なら自分に対する怒りで、部屋ごと圧縮破壊しかねない。

 フィリオは困ったように笑った。


「落ち着いてください。気にするのなら、気の済むまで謝ればいい。最初は手紙が無難でしょうね。こんな形で伝えてしまって、申し訳ないと思っています。でも俺は、トラウマに耐えて直接別れを告げに行ったクルトの男気を、あなたに知ってほしかったんだ。二人には、ちゃんと想いを吹っ切っていただきたい」


 うぅ、クルト。本当にごめんなさい……。

 どうやって償えばいいのか分からないけれど、でも、何もせずにはいられない。

 助言に従い、手紙をしたためることを決意する。


「話を戻しますよ。手紙と言えば、俺は最近まで西方の国々を渡り歩いていて、クルトからの手紙であなたのことを知ったんです。帰国したのは三年ぶりです。何をしていたかはご想像にお任せします」


 私は落ち込みつつも、なんとか会話に応えた。

 ようやく思考が追いついた。


「噂を聞いたことがあります。傍系の王子が第一級の精神系の超能力を持っていて、その、密偵をしているって……」


 どこかで聞いたことがある名前だと思っていた。この研究施設と実家で、彼の存在を示唆する話を耳にしていたのだ。

 フィリオはため息を吐いた。


「そんな噂が? 一応俺の存在については秘匿されているはずですが……この国の情報管理は杜撰ですね。まぁ、別に隠すようなことでもないか」

「じゃあ、やっぱり?」

「ええ。俺は王家の末席にいます。自分から王子を名乗れるほどの血筋じゃないです。まぁ、継承権で言ったら、四位くらいにはなってしまうのですが」

「え!?」


 思ったより高い、と思いかけて、自己解決した。

 この国は超能力者の国。玉座に座るのは、超能力者に他ならない。血統よりも能力の強さが優先される。

 第一級の能力を持っているなら、傍系でも王位継承順位は押し上げられるだろう。

 なんなら、王城ではヴァイス王子よりも立場が上だと思う。だからあんな強気な対応ができたのか、と私は今更理解した。


 どうしよう。流れで馴れ馴れしい態度を取ってしまっていた。今からでも口調を改めた方が良い?


「俺に対してかしこまる必要はありません。あなただって俺と同じ第一級の超能力者で、公爵家の血筋だ。ほとんど対等じゃないですか」


 いやいや、そんな馬鹿な。

 王家の人間と臣下の家の娘が対等なはずがない


「で、そろそろ本題に入っていいですか? クルトから話を聞いて、俺はあなたに興味を持っていました。まさかクルトと婚約するとは思っていませんでしたし、俺も恋愛感情を持っていたわけではありませんが、別れたと聞いてふと思い立ったのです」


 混乱する私を置き去りにして、フィリオが真顔で言い放った。


「俺と結婚しませんか」


 カップから紅茶が跳ねて零れた。

 だけど私もフィリオも、そんな些細なことを気にしていられなかった。


「え? ええ? ……私と!?」


 体中の熱が顔に集まってくる。

 初対面の人間にプロポーズされた。相手は傍系王子で密偵で元婚約者の友人で、精神感応能力者だ。意味が分からない。


「ど、どうして、ですか……?」


 フィリオはどこか満足げに笑っている。なんだろう、この一仕事終えた感じ。まだ全然話は終わっていないのに。


「俺たちがお似合いで、お互い様の関係だから」


 意味が分からない!

 急に砕けた口調でフィリオは語った。


「クルトみたいなお人好しの超能力オタクでもダメだったんだ。もうあなたを娶る一般人はいないよ。かといって、超能力者は変なプライドがあるから、妻よりも力が弱いと男は気にする。ヴァイス殿下がいい例だろ。だから、相手は第一級に限られる。そうなると、年齢が近い男は俺くらいだと思うよ。家柄も釣り合っていて、きっと親御さんも文句を言わない。見た目も身長もバランスが良い。ほら、お似合いだ。なぁ?」


 同意を求められても、素直に頷けない。


「それに、危険な念動力と嫌われやすい精神感応。夫婦になったら苦労すると思うけど、お互い様なら痛み分けで禍根が残らない。能力の違いはあれど、互いの苦悩も共有できるだろう。俺の場合、あなたの気持ちは誰よりも理解できるわけだし、嫌な思いはさせないよ。念動力を暴走させるようなことも、しないように気をつけられると思う」


 私はこの時点で、のこのこフィリオについてきたことを後悔した。

 彼の提案はこれ以上ないほど魅力的で、逃れようのない罠に思えた。


「正直に言って、俺は結婚を諦めてた。私生活まで人の顔色伺って生きたくないし、どう考えたって精神的負荷にしかならない。血の繋がりのある親子関係すら拗れてるのに、夫婦間で上手くいくなんて思えなかった。第一、俺の超能力を知ってまで妻になりたいと言ってくれる女なんて、いないだろうから」


 人の心が分かる――便利そうに思えるけれど、実際、辛いことの方が多いのだろう。

 嘘も秘密も暴いて、醜い本音ばかり知ってしまったら。

 知られていると、知ってしまったら。

 きっとまともに顔を合わせることも苦痛になる。そんな結婚生活を送るくらいなら、一人でいた方がマシに決まっている。


 私は、どうだろう。

 フィリオと一緒にいたら、心の中は筒抜けになってしまう。


「でも俺は、悔しかったんだ。みんなが当たり前にしていること、この力があるせいで諦めるなんて。こんな力さえなければって何度も思ったよ。でも、どう頑張ってもなかったことにはできないから、せめて自分だけはこの力を受け入れてやらなきゃ。俺はもう、そう割り切ることにした」


 フィリオは捻くれてはいるけれど、不思議と嫌な人間ではない。

 当たり前か。彼を否定したら、自分も否定することになる。私たちは考えることがよく似ていた。

 だけど私よりずっと強くて前向きだ。羨ましい。ううん、きっと、いろいろなことがあって今の彼の精神が出来上がったんだろう。


 異性としてはまだ分からない。だけど私は、いつの間にかフィリオに好感を持っていた。

 人として、同じ超能力者として、尊敬できる。

 なんて単純。呆れてしまうわ。


 そんな私に、フィリオはどこまでも寛大だった。


「言ってみれば消去法だし、失礼な話かもしれないけど、あなたとなら遠慮せずに長く付き合えると思ったんだ。まだクルトを好きでもいい。今すぐ決めなくても構わない。だから、前向きに結婚を考えてみてくれないか」


 心臓の音がやけに大きかった。手に嫌な汗をかいている。


「一つだけ聞かせて。私のこと、怖くないの? 念動力を暴走させるかもしれないのに」


 フィリオはまっすぐ答えた。


「念動力はやっぱり少し怖い。でも、あなたが望んで人を傷つける人間じゃないってことは、分かるから……あなたの心は怖くない。だって、ものすごく臆病でいじらしいから。そういうところ、可愛いと思うよ」


 もう心を読まないって言ったくせに、嘘つき。

 ……でも、可愛いと言われて、満更でもなかったりする。私も大概だ。


「あなたが自分一人で超能力を制御できないのなら、俺も手伝うよ。その力が感情に左右されるんなら、俺の専門分野だ。失敗したら、連帯責任ってことでいい」


 ずるい。私限定でとんでもない威力を発揮する口説き文句だ。

 そんな格好いいことを言われたら、ときめかずにはいられないわ!


「…………うわぁ」

 

 フィリオが小さく呻く。私ほどではないにせよ、彼の頬も少し赤くなっていた。

 なるほど。私が恥ずかしいことを考えると、フィリオもまた恥ずかしくなるようだ。

 これが痛み分けね。


「…………」


 確かに、精神感応に対して抵抗はある。死ぬほど恥ずかしい。私のうじうじした心を覗かれて、幻滅されるかもという不安は常に付きまとう。


 だけど、私の念動力への恐怖を押し殺して、それでも手を差し伸べてくれるなら。

 危険な目に遭わせても、お互い様だと笑って許してくれるなら。

 心の中身くらい、差し出しても構わない。


 人生の急展開に頭がついていかない。私は大きく息を吸って、慎重に答えた。


「わ、分かった。考えてみる。もう少し、待っていてください」


 まだ返事はできない。心の中にクルトの存在が残っている限り、ここで頷くのはあまりにも無礼だと思うから。

 まずはクルトに謝罪の手紙を出そう。自己満足になってしまわないように、彼がこれからの人生で気に病まないように、たくさんの祈りを込めて。


 心の整理をして、よく考えて、それからフィリオに答えを返したい。


 だけど、なんとなく予感があった。

 きっとフィリオ以外にはいない。私は、いつか彼と――。


 目の前の勝ち誇ったような笑顔が憎かった。


「ありがとう、ミュゼット。ゆっくり考えてくれ。俺は焦らない。心の広さには自信があるんだ」


 その日を境に、私は自分を不運だと思うことはなくなったのだった。







6/16 連載版の投稿を始めました。

   よろしくお願いいたします。

https://ncode.syosetu.com/n7684gh/

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― 新着の感想 ―
[一言] 腹上死(物理)しそうですね… 制御かけれる部屋とか魔道具が欲しいところ。
[良い点] クルトが良い人で、納得できる婚約破棄なところ。 [気になる点] 妹ちょっと頭の中お花畑すぎでは?笑 でもこれくらいの方がこの姉妹には良いのかもですね
[一言] ラスボス魔女から拝読させていただいております! 今回の短編もとても楽しませていただきました!!!
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