第八話 奉仕度チェック
実を言うと、見切り発車で始めたので明確な結末は僕の頭の中にもありません。この物語はどこに行くんでしょうか
何とか誠太からの追及をしのぎ切った僕は疲れ切った状態で放課後を迎えた。正体不明の圧力を感じながら授業を受けていたせいだ。トイレに行くときも、移動教室に行くときも、どこに行くときも視線を感じた。僕はそれに知らないふりをすることで精いっぱいだった。
「やあやあ宇佐美君、お疲れのようだね」
ちょび髭をいじる様な真似をしながら市原が近づいてきた。誠太に続いて彼女も僕に話を聞きに来たらしい。野次馬根性丸出しはやめていただきたい。
「やあ市原。君も僕をいじめに来たの?」
「当然じゃない。それだけが生きがいよ」
「嫌すぎる……」
僕にとってこの上なく迷惑な生きがいだ。もっと有意義な趣味を見つけてくれることを切実に願う。
「それでそれで、梓とはどういう関係なのよ」
「近い近い離れて」
目をらんらんと輝かせながら身を乗り出す彼女を何とか手で押し返す。年頃の女の子はこういう話に目がないらしい。
「どうもこうも、主人と従者の関係でしかないけど」
「ただそれだけの関係?」
「うん」
市原は教室の前方で質問攻めを受けている梓を見る。彼女は一人一人の生徒に丁寧に対応をしていたが時折僕のほうをちらっと見てはすぐに視線を戻していた。なんだかそわそわしているようにも見えた。
「宇佐美と梓って許嫁じゃないの?」
「違うって。今まで面識もなかったし、使用人になったのだってつい昨日の話なんだから。たまたまバイトを見つけて応募したらこの仕事だったの」
「え、昨日なの?それだと宇佐美が梓呼びしたことの説明がつかなくなっちゃうんだけど」
「それは彼女たっての要望だよ。これで説明するのは二回目だよ……」
僕はため息をつきながらそう答えた。誠太にも市原にも説明をすることになるんだったら、いっそのこと同時に来てほしかった。二度手間じゃないか。
「ふーん、あれ?それなら梓が宇佐美のことを下の名前で呼んでるのはなんで――」
「おおっともうバイトの時間じゃないか!!急いでいかないと!じゃあね、市原!」
彼女の言葉を遮りながら大げさに立ち上がる僕。怪訝そうな顔をする市原を無視してかばんを肩にかける。
「あからさまに話をそらしたのは目をつぶってあげるわ。頑張ってね宇佐美」
「ありがとう、行ってくるよ」
その言葉に二度目の冷や汗を流しながらも僕は梓のもとに向かった。
☆
「梓お嬢様、お待たせして申し訳ありませんでした。では帰りましょう」
人の波をかき分けて彼女の目の前に来てから僕は恭しく一礼する。周りはあっけにとられて一言も発せないでいた。
「あ、うん。そういうわけでみんなまた明日ね」
丁寧にお辞儀をする梓。それは見る者を魅了し、一瞬で心を奪った。それほどまでに美しく上品な所作だった。引き留めようとするものは誰一人いなかった。
「やっぱり慣れないわ。悠太のそれは」
帰り道。僕と梓は連れ立って校門を抜け、いつもの公園のベンチに腰を下ろしていた。夕焼けが目にまぶしいほど輝いている。辺りを見れば珍しく子供の姿は見当たらず、閑散としていた。
「今日一日はどんな感じだった?梓のほうは」
「いつにもまして質問が多かったわよ、特に悠太との関係について」
「……変なこと言ってないよね?」
「私のことを何だと思っているのよ……」
梓は昔から強気な性格で、いつも思い付きで行動しては周りを巻き込んでいた。僕はそれに辟易しながらも無理やり付き合わされては振り回されていた。その性格は小学校でも中学校でも高校でも変わらなかった。もしかしたら今回だって変なことを言って僕を巻き込んでいるかもしれない。
「きちんとまじめな対応したわよ。本当は『禁断の関係です』って言いたかったわ」
「それをしたら僕が社会的に死んじゃうから」
真顔で恐ろしいことを言い出した。もう少しきつく言っておかないとぽろっとこぼしそうだ。
「それよりはそっちはどうなのよ。ちゃんと自然にふるまえた?」
「さっき見てたでしょ?ふっ、僕だってやればできるんだよ」
「見ていてすごく痛々しかったわ」
「それは言っちゃだめだよ梓君」
僕のHPが見る見るうちに減っていく。彼女は昔から精神攻撃が得意だった、僕に対してだけ。
「そ、それと、由紀とは何話してたの?」
「由紀って、市原と?」
今までの不遜な態度から一転、今度は彼女らしくもないおどおどとした口調になった。大方梓の親友に僕が何か変なことを口走っていないか不安なんだろうけど、僕だってそんなに間抜けじゃない。
「大丈夫だよ、おかしなことは言ってないから」
「そ、そう」
それを聞いてもなお彼女は浮かない表情をしていた。何か別に心配事があるのだろうか。
「ゆ、悠太って、由紀と仲いいよね」
「うん?まあいい方だとは思うよ」
「へ、へえ」
なぜか彼女は引きつった顔をしていた。友達の友達が仲がいいとは限らないのが普通なんだから、これはむしろ喜ぶべきだと思うけど。
「そろそろ家に行かない?寒くなってきたし」
「そ、そうね。行きましょうか」
手慣れた風に僕は梓からカバンを受け取って彼女の家に向かった。
「あら、おかえりなさい梓。それに悠太君も」
「ただいま、ママ」
「お邪魔します、アリサさん」
家に入ると、梓の母親のアリサさんが出迎えてくれた。梓とは違っておっとりとした性格のアリサさんは20代といわれても信じてしまうほど若々しい。彼女は僕にスリッパを用意してから家の中に招いてくれた。
「今日は修二さんはお仕事ですか?」
「そうなのよ~。あの人いつも忙しいからなかなか会えなくて寂しいわ」
修二さんとアリサさんは今でも周りが引くレベルで仲睦まじい夫婦だった。うちの親も似たようなものなので波長がばっちり合って仲良くなったのかもしれない。
「夫から聞いたわよ、悠太君。梓の使用人になったんだって?」
「はい、とは言っても実際仕事するのはこれからですけど」
「梓のお世話、お願いね」
「はい、精いっぱい頑張らせていただきます」
僕の言葉にアリサさんは微笑んでリビングに消えていった。
「で、どうするの?」
「とりあえず私の部屋に来て」
そう言って彼女は二階へとつながる階段を上って行った。
梓の部屋に入るのはいつぶりだろうか。記憶がおぼろげな程遠い昔に、よく彼女の部屋で一緒に遊んだはずだ。だが中学に入ってからはめっきり少なくなった。たぶん男女を意識して互いに一緒に遊ぶことが恥ずかしくなったのだと思う。
「し、失礼しまーす」
「はーい」
ノックをしながらそう声をかけて僕は梓の部屋のドアノブをひねる。部屋に入ると甘い香りが部屋中に広がっていて、僕の鼻腔を刺激した。
梓は制服から私服に着替えて椅子にふんぞり返っていた。久しぶりに見る彼女の私服は新鮮だった。
「あんまり変わらないね、梓の部屋は。ぬいぐるみいっぱいだし」
「しょ、しょうがないでしょ。そんなに好みはかわらないわよ」
恥ずかしそうにそう答える梓だが特段変だとも思わない。ただ普段とのギャップに微笑ましくなる。
「それで、今日から僕は何をすればいいの?」
今日から正式に使用人としての仕事が始まるが、その内容については未だ一切知らない。正直に言って経験も知識も皆無なため一から教わることになるだろう。
「それでは、今日から正式に悠太のお仕事を発表します!」
どこかでドラムロールが鳴り響いた気がした。ていうか梓の口から響いていた。凝ってるなあ。
「まず最初に『奉仕度チェック』を行うわ!」
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