第六話 嘘から出たまこと
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「はい、これ」
「あ、ありがと」
缶を捨てに行く次いでに自販機で買った紅茶を梓に手渡す。春とはいえ、夜になると気温も低くなって冷え込んでくる。半分は僕のせいでこの時間まで付き合わせているのでせめてものお礼だ。
彼女は素直に紅茶を受け取り、少しの間手を温めるように転がしてからプルタブを引っ張った。プシュッと小気味よい音ともにコクコクと喉の鳴る音が聞こえた。
「とりあえず落ち着いた?」
「う、うん。ごめんね、取り乱して」
彼女は委縮しながらそう答えた。別に僕は気にしてはいなかった。
「それで、これからどうするつもりなの?悠太は」
「ここまで来たら、もう使用人って設定を貫き通すしかないと思うけど」
あそこまで大見え切った手前、嘘でしたとは言えない。それこそ梓の評判を下げかねない。幸い、子供のころから彼女のことを知っていることについては真実なので、いくらでも誤魔化しがきく。そこまでプライベートな情報を聞いてくる奴もいないだろうし。
ただこれで学校での僕と梓の関係は『使用人』ということになってしまった。使用人としてのお世話をしたことはもちろん、そもそも使用人が何なのかもよくわかっていない。漫画やドラマでしか見たことない設定に、果たして僕はうまくなり切れるのだろうか。
「使用人が具体的に何してるかなんて、僕は知らないよ……」
「ずいぶん悩んでいるのね。そんなに悩むならあんなことをしなければよかったのに」
「しょうがないよ、気づいたら動いちゃってたんだし」
あの時を思い返してみても、僕が動いた理由は自分でもわからない。それこそ『気づいたら』っていう理由が一番しっくり来た。
「まあ気にしても仕方がないよ。今は今後のふるまい方をどうするべきか考えないと……」
「簡単じゃない。嘘なんてつかなければいいのよ」
梓はまるでそれが当然かの様に言い放った。
「いや、だから気にしても仕方が――」
「嘘じゃなくせばいいのよ、嘘じゃ」
「はい?」
梓はニコニコと満面な表情でそう言う。一方の僕は彼女の考えていることが分からず、疑問符を浮かべてばかりだ。
「つまり、本物の専属使用人になればいいのよっ!」
「……は?」
☆
梓が缶を捨てに行くのと同時に僕もベンチから立ち上がって公園を後にした。もう既に暗くなっていて背の高い街灯だけがぽつぽつと辺りを照らしていた。こんな時間に女の子を一人にさせるわけにはいかないので彼女の家まで僕も付き添っている。
「……さっき言ってたこと、本当にするの?」
「当然じゃない」
「いや、学校ではああ言ったけど、実際に使用人になる必要はないからね?」
「日頃から慣れておかないといざというときにぼろ出しちゃうでしょ、悠太は」
「うっ、まあ」
僕は誠太と違って器用な人間ではない。あいつはいろんなことを率なくこなすタイプだから多分こういうことをやらせても柔軟に対応できると思う。こういう状況になると、誠太の器用さがすごく羨ましい。
「それに、こういうことは嘘をつき続けるほど後になって取り返しのつかないことになると思うの」
「……確かに」
ただでさえ婚約者であることを隠しながら生活しているのだ。二つも隠し事を持っていたらいずれどこかで破綻する未来が見える。それよりは未だましなほうを『真実』にする方が利口なのかもしれない。
「なんか乗せられてる気がするけど、元はといえば僕が言い出したことだからね。責任はとるよ」
「よし、決まりね。今からパパのところに行くわよ」
「え、まじで?」
「まじで」
超真面目な顔で言われては、僕は頷くしかなかった。
10分近くの間歩くと、遠目からでもわかるくらいの豪邸が見えてきた。荘厳なつくりの家に、ご丁寧に門まで設置されていた。これぞお金持ちの家、って感じだった。
「梓の父親に会うのも久しぶりだね」
「昔は家族ぐるみでご飯とか行ってたからね」
今でこそ頻度は高くないが、昔は僕と梓と互いの両親でよく食事に行っていた。そのほかにも予定が会えば休日には買い物に行ったりもしていた。それくらいには僕の親と梓の親は仲が良い。けれど、実のところ僕は彼らがどうやって知り合い、仲良くなったのかは知らなかった。興味がないというより、今までそれについて聞く機会に恵まれなかったというほうが正しい。
「というか、いきなり行って大丈夫なの?忙しいんじゃないの?」
「前もって連絡はしておいたし、悠太が来るって言ったら喜んでたわよ」
僕も梓の父親には子供のころからよくお世話になっている。とは言ってもお金持ちらしく豪勢なもの買ってもらったりといったことはなく、あくまで普通に接してくれた。対等で、それでいて気のいいおじさんみたいな感じで僕は彼の人柄が好きだった。
「ただいまー」
「お邪魔します」
門を潜り抜けて玄関に入り込むと、そこには僕の家とは比較にならないほど明るさに満ちていた。天井を見上げればシャンデリアが異彩を放っており、周りを見れば装飾品が煌めいている。高そうな壺や西洋の甲冑などもインテリアの一部として存在感を放っていた。
僕は梓の後について廊下を通り抜け、リビングに足を踏み入れると、一人の男がソファーで本を片手にくつろいでいた。テーブルには飲みかけのコーヒーとケーキがおかれていた。彼は僕に気づくとにこっと微笑んで本を閉じて立ち上がった。そのしぐさ一つ一つが上品で洗練された動きだった。
「おかえり、梓。それと、悠太。久しぶり」
「ただいまー、パパ」
「修二さん。お久しぶりです」
このダンディーな男性が梓の父親、岩城修二さんだ。精悍な顔つきにワックスで整えられた髪からは清潔感が窺える。そのうえ引き締まった体に180センチほどの高身長を兼ね備えている彼は、まさに男性の理想像を体現したかのようだった。
「中学卒業の時の会食ぶりだね。またずいぶんと背が伸びて顔つきも男前になったね」
「あ、ありがとう。修二さんにそう言われるとなんだか照れますね」
修二さんの手放しの称賛に僕は気恥ずかしさを感じる。彼は昔から臆面もなく人にものを言える人で、そのくせ皮肉や嫌味といった嫌らしさは微塵も感じなかった。よく社長などの高い地位についた人間は尊大で横柄な態度になっていくものだが、どれだけ偉くなろうとこの人はかわらず対等に僕と接し続けてくれた。
「それで、今日は何の用だい?」
「よくぞ聞いてくれましたパパ!悠太を私の専属使用人にしてちょうだい!」
「……話がよく見えないんだけど」
修二さんは軽く困惑していた。そりゃ、いきなりこんな話をされたら誰だってこういう反応になると思う。
「僕から説明します。実は――」
☆
「ふむ、大方の事情は分かったよ。悠太も随分と大胆なことをしたね」
僕は修二さんに大雑把に事の顛末を説明した。一通り説明した後、彼は僕と梓の前にケーキとコーヒーを置いてくれた。僕はお礼を言って一口コーヒーを飲んでから続きを話し始めた。
「それについては申し訳ありませんでした。梓さんにご迷惑をかけるような真似をしてしまって」
「いやいや、梓のことを案じてやってくれたんだろ?むしろ感謝したいくらいさ。ありがとう悠太、うちの娘を助けてくれて」
その言葉に僕はちょっぴり心が軽くなった。心のどこかで梓や修二さんの迷惑になってないかと思っていたからだ。
「ねえ、いいでしょパパ。悠太を使用人として雇わせて!」
梓は待ちきれないといった風にぴょんぴょんと跳ねている。その姿に修二さんは苦笑しながら僕のほうを見る。
「梓はこう言ってるけど、悠太は本当にいいの?いやならやめていいんだよ」
そう言う修二さんは本心から僕のことを心配しているようだった。たぶん僕が本気で拒否したなら彼は僕の意見を尊重してくれるはずだ。だけど――
「いいえ、これは僕が言い出したことです。むしろやらせてください」
そう言って僕は修二さんに頭を下げた。
「じゃあ、悠太に頼もうかな。うちの梓をよろしくお願いします」
「こちらこそ、いろいろと至らない点はありますが、どうかよろしくお願いします」
これで僕は正式に、梓お嬢さまの専属使用人となった。