第五話 衝突
かなりブックマークが増えて驚いています。そろそろペースがきつくなってきたので二日に一回にしたい。
「専属使用人……?」
「彼、今梓お嬢様って言った……?」
「使用人ってことは、本物の執事なのか?」
僕のその一言により三者三様の反応をする取り巻きたち。それだけでなく当事者である梓も先刻以上の驚きが見て取れた。
「使用人なわけねえだろ。そいつの言ってることは嘘八百だ」
ざわざわとどよめきが広がる中、そんな風に威勢のいい一人の男が僕の前に現れた。
彼の名前は五十嵐陽介。クラスの二大巨頭、古谷誠也と並んでイケメンと評されるもう一人の片割れだ。誠也とは違い、こちらはワイルドなタイプのイケメンだ。短髪に気の強そうな瞳とその口調からは明確に僕への敵意が感じられた。
「そもそも誰だっけお前」
……どうやら僕はクラスメイトの一人として認識すらされていなかったらしい。さすがにちょっぴり傷ついたが、よく考えたら普段の僕がそもそも積極的にクラスメイトと交流を深めようとしないため、自業自得に近かった。
そういうわけで、改めて自己紹介をしようと思う。
「僕の名前は宇佐美悠太。君のクラスメイトで、梓お嬢様の専属使用人でございます」
恭しく一礼をする。まるで本物の執事のように。煽るようなその態度が癇に障ったのか、五十嵐はこめかみに青筋を立てながら半歩僕に詰め寄った。
「お前のような根暗の空気が岩城とお近づきになりたい気持ちはわからんでもないが、そのふざけた冗談は何のつもりだ?」
その言葉に奥で成り行きを見ていた梓の顔が僕にしかわからないくらいの不機嫌さを滲ませていた。だが、僕と五十嵐の会話に割り込むようなことはしなかった。僕は彼のその言葉に苦笑しながら、あくまでその言葉遣いを崩さずに丁寧な物腰で応えた。
「冗談でも何でもございません。僕は幼少の頃よりお嬢様の身辺のお世話をさせてもらいました。お嬢様の好きな食べ物から部屋で愛用しているクマさんのぬいぐるみまで何でも把握しております」
その言葉に梓はあわあわと慌てた様子で顔を真っ赤にしていた。五十嵐はというと、少し慌てた様子で僕を指さしていた。
「そ、そんなのはったりに決まってる!そうだよな?!岩城!」
そう言って彼は梓のほうを見た。彼女は口をもごもごとさせながら、
「そっ、そんなこと公衆の面前で言わないでよっ、悠太!」
その態度に五十嵐は愕然としていた。彼女の反応はどう見たって僕の言葉が真実であることを物語っているものだったからだ。彼と同様、取り巻きたちも先ほどとは比にならないほど取り乱していた。地面に崩れ落ちている人までいるし。
「な、なら岩城の婚約者ってのも、お、お前のことなのか?!」
五十嵐は並々ならぬ形相でそう聞いてきた。周囲を見れば取り巻きの皆さんも僕を凝視していた。梓まで凝視していた。なんで期待に満ちた目で見てるんだよ、君は。
「いえ、彼女の婚約者は別にいます。僕はただの使用人なので。ただプライベートなことなのでお答えはできませんが」
「「「なんーだ」」」
僕がそう言うと、一斉にそんな声が聞こえてきた。見れば全員がほっと安堵したような表情で胸をなでおろしていた。一気に弛緩した空気が広がった。どうやらみんなが知りたがっていたのはこのことだったらしい。一安心ということで先ほどまで崩れ落ちていた人までが笑顔になっている。ただ梓のほうを見れば、一瞬悲しげに、でもすぐ後には笑顔を浮かべている彼女の姿があった。
「ふーん、まあいいや、婚約者じゃないってわかっただけでも。ただこんな暗そうで何もできなさそうなやつが岩城の使用人ってのがな。俺ならもっとうまくやれるから代わってほしいくらいだぜ。ま、せいぜい岩城に迷惑かけないこったな」
そう言って僕のことを睨みつけると五十嵐は教室を出て行った。それを皮切りにまた梓のもとに人が集まる。
「ではお嬢様。いつもの場所で待っておりますので、遅くならないように」
「あ、うん……」
僕は浮かない顔をした彼女にそう声をかけると、その場を後にした。
☆
僕は学校を出ていつもの公園内に設置されている自動販売機近くのベンチで腰を掛けていた。辺りを見ればまだ夕方という時分もあって、小学生らしき子たちが砂場で山を作っていた。それを横目に僕はさっき買った缶コーヒーを一口あおった。
段々と落ち着いてきたところで、先刻の僕の行動を思い返してみる。僕らしくもない、大胆で斬新な行動だと自分でも思う。ただ、あの状況を切り抜けるにはあれしか思いつかなかった。あの行動が正しいかどうかなんてのももちろん、わからない。
そもそも僕はなんであんな行動をとったのだろうか。今までだって梓は有名人のような扱いを受けてきた。ああいうゴシップみたいなことだってなかったわけじゃなかった。なぜ今回に限って僕はこんな行動に出たのだろうか。
「悠太っ!」
考え事にふけっていると、不意にそんな声が夕暮れの公園に響いた。顔を上げると、そこには膝に手を置いて息を切らしながらこちらを見る梓の姿があった。
「やあ梓」
「やあじゃないわよ!さっきのあれは何?!」
「いやー、成り行きと言いますかなんといいますか~」
苦笑いを浮かべながら曖昧に濁す僕を見て、梓は深いため息をついてあきれていた。
「私を助けてくれたのは察したけど、あれはいくら何でも突飛すぎよ。みんな面食らってたじゃない」
「突飛というなら、婚約者だとカミングアウトする方が突飛だと思うけどね」
正直ここら辺が妥当な結果だと思う。婚約者だと公言する方がもっととんでもないことになっていたと思うし。
そう言うと、なぜか梓は顔をほんのり赤く染めながら、両の手の人差し指の先をつんつんし始めた。
「わ、わたしとしては、それでもいいかなー、って」
「いや、騒ぎを大きくさせないためにこうしたんでしょうに……」
僕が呆れながらそう言うと、今度はほっぺたを膨らませながら僕のことをジト目で見てきた。
「悠太は私の婚約者だってことを言いたくないわけ?」
「それで困るのは梓のほうでしょ」
「私は別に気にしないわ」
「……君はもう少し自分の価値を自覚するべきだ」
彼女は自分がどういう立場の人間か自覚するべきだ。大企業の令嬢がそうやすやすと僕みたいな人と婚約者であることを明かすのは、彼女が思っている以上によくないことなのだ。そもそも、僕自身が彼女と全く釣り合ってないと思っているのだ。周りの反応なんて簡単に予想がつく。僕に向けられる罵詈雑言だけならまだいい。だが彼女にまで悪影響が出るのは耐えられない。
「梓は頭がよくて運動神経がよくて、そのうえ超がつくほど可愛いんだよ?そういうことは軽々と喋っちゃダメなの」
「か、かわいい……」
梓は真っ赤な顔を手で覆っていた。
「いや、いつもいろんな人から言われ慣れてるんだからどうってことないでしょ。ていうか今叱ってるんだけど、一応」
「かわいいって……悠太にかわいいって……」
そんな僕の言葉など聞いていないかのように梓はずっとうわごとの様につぶやいていた。にやけている梓に僕は再度ため息をつきながら、コーヒーを飲み切って自動販売機横のごみ箱まで缶を捨てに行った。
日間15位に入ったのは流石にびっくりしました。PV数もブックマーク数も大変なことになっていました。数字が増えるというのはいい気分なものですね