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第四話 専属使用人

ブックマークも増えて日間ランキングにも下位ながら載せていただきまして、感無量です。引き続き楽しんでいただけたらと思います。

 翌日、いつもより少し遅めに起きた僕は着替えや食事を手早く終わらせ、かばんをもって急いで家を出た。昨日梓を送った後も夜遅くまで勉強をしていたからだろう。閉じそうになる瞼を懸命に開けながら学校を目指す。


 ちなみにいつもなら梓と通学路途中の自販機の前で待ち合わせしているのだが、今日は普段よりも遅めに登校しているため、おそらく先に行っているはずだ。前にも一度だけ僕が遅れたことがあり、その時に「5分以上遅れたら先に行ってほしい」とお願いしたからだ。今はもう10分も遅れているから、今頃彼女は学校についているはず。僕も遅れないように急ぎ足で通学路を抜ける。


 ちょうど待ち合わせ場所の自販機が前方に見えてきたところ、目を凝らすとその傍らに何やら人影が見えた。だが気にする余裕もなかったためそのまま通り過ぎようとしたついでにちらっと横目で見ると、その人物は僕のよく知る人だった。


「……梓?」


 足を止めてその方に目を向けると、そこには可憐な美少女がこちらを見ていた。背中までかかりそうなつややかな黒髪に雪のように真っ白な肌。加えて華奢な体躯が彼女に儚げな印象を与えていた。それとは対照的に意志の強そうな光をその瞳の奥にたたえていた。


「遅い!」


 彼女は不機嫌さを声音に滲ませながらそう言う。だが僕には彼女がなぜここにいるのかまったくもってわからなかった。


「先に行ったんじゃなかったの?」

「悠太を置いて先に行くわけないじゃない」


 その言葉に僕は驚かされた。彼女は僕のために10分近くもの間余分に待っていてくれたのだ。もしかしたら自分も遅れるかもしれないのに、だ。


「……ごめんね。待たせちゃって」

「ほんとよ。あと一分遅れてたら、クラスのみんなの前で私の名前を連呼させる予定だったわ」


 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら謝罪すると、彼女は冗談交じりの口調でそう言った。いや、もしかしたら冗談でもなく本当にそうさせる気だったのかもしれない。岩城梓とは、そういう女の子だ。


「それは無理だけど、この埋め合わせはまたいつかするね。遅れちゃうし、そろそろいこっか」


 なんだかんだ言って僕のことを待っててくれたお嬢様に感謝しながら僕は彼女の手からかばんを奪って急いで学校へ向かう。


「……ふふっ」


 急いでいたせいか、僕はついぞ後方で微かに笑う彼女に気づくことはなかった。


 ☆


 いつもより少し騒がしさの増した教室に入る。この騒がしさのせいか、誰も僕が入ってきたことには気づいてないようだ。我ながら自分の目立たなさに辟易としながら席に着く。


 梓とはあの後学校付近で別行動をとった。先に梓に教室に入ってもらって、僕は少し時間をつぶしてから後を追う形で教室に入った。さすがに仲良く一緒に登校するわけにはいかないからだ。その提案をしたときはお決まりの不機嫌顔を披露したが、強引におしきった。渋々彼女は下駄箱で靴を取り換えて校内に消えていった。


「おはよ、悠太」

「おはよう、誠太」


 席に着くなり誠太が声をかけてくる。


「今日はやけに遅かったじゃないか。ゲームのやりすぎで寝坊でもしたのかー?」

「その通りだよ。ただ誠太とは違って勉強のやりすぎで、ね」

「相変わらずお前は真面目だよなー、昔から。まあそこがお前の長所ではあるけど」


 確かに僕は昔から人と遊んだりゲームをしたりすることが少なく、逆に家で勉強したり本を読んだりすることが多かった。そのせいかまじめで堅物の人間に育ってしまった。自分ではそれがいいか悪いかはわからないけど、周囲からはつまらない人間に映るだろう。それでも友達を続けてくれる誠太に密かに感謝する。


「おっはよー宇佐美、古谷」


 ちょうど市原も会話に加わってきた。さっきまで梓と話してたところをわざわざ切り上げて来たようだ。


「おはよう、市原。騒がしかったけど何かあった?」

「何、宇佐美。知らないの?」


 市原はきょとんとした顔でこちらを見る。その反応にこっちもきょとんとしてしまう。僕の知らない間にそこまで大ごとが起こっているのだろうか。


「ちょっと寝坊しちゃったからさ、何かあったの?」

「梓がらみでちょっとね」


 彼女は遠回しにそう言う。もう既に広まってるだろうから、あまり言いよどむ必要はないと思うが。


「昨日、うちの生徒が梓が男の人と一緒に歩いているのを見たって」


 市原は言い難そうにしていたが、観念したようにそう言った。その言葉を聞いて、表情にこそ出ないようにできたが、内心穏やかではなかった。


「それ、どこで見たかは知ってるの?」


 何でもないように平然とした口調でそう問う。


「う~ん、確か商店街辺りで見たとか言ってたかなー。誰と一緒にいたかまでは知らなーい」


 彼女はどうでもいいかのようにそう言い捨てる。市原だって、友人のあまりよくない噂をされていい気分はしないだろう。何とかしてやりたい、けど現状何もできないことに彼女は憤っているように見えた。


 その渦中の人を見れば、今日も今日とてとっかえひっかえいろんな人と会話を続けている。話してる内容は聞こえないが梓の表情から察するにおそらく今僕が聞いた内容について質問攻めを受けているのだろう。僕にしかわからないくらいの若干の疲労を滲ませた笑顔を浮かべている。


 昨日梓と歩いていた男の人。それはおそらく僕のことだ。普段から、特に彼女と一緒にいるとき僕はやりすぎと言ってもいいくらいに周囲を気にする。万が一にでも梓のことを知ってる人間に見られたら一瞬でうわさが広まってしまうからだ。良くも悪くも影響力のある人だから、なおさら大事になるようなゴシップは避けなければならない。


「ま、時間が経てばみんな興味なくなるでしょ」


 そう言って市原はひらひらと手を振りながら自分の席に戻っていった。その時ちょうど始業のチャイムが鳴って先生が教室に入ってきた。いつものように取り巻きたちは席に戻っていったが、今日は席に着いた後もひそひそ話が絶えなかった。


 ☆


 放課後になってもその騒ぎはとどまるところを知らなかった。噂を聞き付けたのか、普段以上に彼女の周りには真相を聞こうと他クラスから来た人で溢れかえっていた。


 昼休みや授業の合い間の休み時間は市原が頑張って彼女と話をしていた。おそらく彼女なりに梓の気持ちを汲み取って助け舟を出したのだろう。さすがに梓と市原が仲良さげに話している最中には割り込めないのか、取り巻きたちは遠巻きから悔しそうに彼女たちを眺めていた。


 だが放課後になると話は違った。市原は陸上部に所属しており放課後は部活で梓と行動を共にすることができなかったようだ。市原は必死に梓に頭を下げていたが、そもそも市原は何も悪くないため責めることはできないだろう。


 後ろ髪ひかれる思いで出て行った市原と交代するかのように一斉に岩城梓親衛隊がわらわらと集まってきた。通りがかった生徒や先生方も何事かと騒ぎ立てている。


 その間僕は何をしていたかというと、ただ傍観しているだけだった。段々と彼女の周りに人が増え続けていくのを他人事のように眺めていた。まるで芸能人のように、ただただ見世物にされる彼女の姿を。それが、ひどく気に入らなかった。知らず知らずのうちに机の下で拳を固く握っていた。


 気づいたら僕は席を立って彼女のもとを向かっていた。人の波をかき分けて彼女がいるであろう中心まで。それが、学校での僕と彼女の距離の遠さを表しているようだった。


 彼女の前に姿を現したとき、彼女はひどく目を見開いて驚いていた。そりゃそうだ。僕は今まで自分から面と向かって彼女の前に立ったことはなかったのだから。

 

「岩城さんちょっといいかな」


 そう言って彼女の腕をつかむ。その途端、周囲の視線が一斉に僕に向いた。誰だこいつは、と言外に僕を見定めるかのように。


「なに、宇佐美君。今岩城さんに話を聞いてるんだから邪魔しないでよ」

「ねー、てか宇佐美君って知り合いだったの?違うなら関係ないよね」

「いいところ邪魔すんなよ宇佐美。てか気安く岩城さんの腕をつかむなよ」


 女子だけでなく男子からも非難の声が殺到した。ある程度は予想していたがここまでとは想定外だった。これじゃあ宗教じみている。閉鎖的で排他的な空間がそこには広がっていた。


 だが、僕とて引くわけにはいかない。それにただ何にも考えずに無策で来たわけではない。


 この場を切り抜けるには並大抵の理由では収拾がつかない。僕と彼女との位置関係を強烈に変化させる一言が必要だ。ただ、婚約者であることを公言することは絶対にできない。だが、ない頭を振り絞った結果、一つの案が思い浮かんだ。言ってしまったらもう元には戻れないことを理解したうえで。


「僕は、岩城梓お嬢様の()()使()()()でございます」

「「「は?」」」





 ――この言葉が、僕と梓の運命を大きく左右させた。

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