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第三話 岩城梓の素顔

「やあ、岩城さん」

「は?」

「……やあ、梓」


 一瞬すごく怖い顔になった。急いで訂正すると、幾分ましになったのかいつもの愛想よい笑顔とはまた違った、自然な笑顔になった。


「それで、なんで一人で帰ろうとしてるのかな?」

「いや、部活に入ってないし用事もないからさ。学校に残る必要もないし」

「女の子を一人で帰らせる気?」

「いや、大勢の友達に囲まれてたじゃん」


 さっき教室で彼女を見たときはいつもにもまして周りに取り巻きがわんさかいた。放課後ともなると他のクラスからも彼女の周囲には人が集まる。だが、どうやって振り切ったのかはわからないが今は彼女は一人で後ろを見てもだれかがついてくる気配はない。


 ちょっぴり皮肉交じりに言うと、彼女はむすっとした表情になる。


「あんなの友達でも何でもないわよ。別に頼んだわけじゃないし」


 彼女は煩わしそうにそう吐き捨てる。学校でこそ猫を二重も三重も被っているが、僕の前だと早々に脱ぎ捨てる。今も普段の彼女からは信じられないほどオブラートに包まれていない言葉を吐いた。


「それはそうと、今日の朝の挨拶は何?」

「何って、何。何かおかしいところでもあった?」

()()()()って、何?」


 彼女は不自然なくらいに高いトーンで聞いてきた。


「いや、学校で梓なんて呼び捨てにするわけにもいかないじゃん。僕たちの関係がばれるわけにもいかないんだし」


 片や学校界の頂点に君臨するお嬢様、片や友達の少ないネガティブボッチ。この二人が知り合い、更には許嫁なんてことがばれた日には天変地異が起こってしまう。これが誰もが認めるお似合いの人気者、例えば彼女と誠太とかならだれも文句を言う人間はいないだろう。むしろあまりにお似合いすぎて祝福ムードにすらなるはずだ。


 だが現実は目立たない無害なボッチ君。何を言われるかわかったもんじゃないし、何をされるか分かったもんじゃない。もしかしたら妬みややっかみ、果ては嫌がらせまでされるかもしれない。僕だけならまだ耐えられる。だが彼女にまで悪いうわさが立つのは避けたかった。こんなくだらないことで彼女の人生を傷つけたくはないから。


 僕がそう言うと、彼女はさらに不機嫌そうに唇を尖らせた。


「私は下の名前で呼んでるのに……」


 彼女はどういうわけか僕のことを積極的に名前で呼びたがる。そもそもこの関係が僕たちの意思ではなく親同士の同意によって決められたものだから、彼女も僕も互いに好意を抱いているわけではない。だから必要以上に親し気にして周りに僕たちの関係を見せつけようとする必要性もない。そもそも、この関係は知られないほうがいい。


 だから、彼女が僕の名前を学校内で呼ぶこと自体あまりよろしくない。彼女は誰にでも愛想よくふるまうが、わざわざ自分から出向いて異性と話すほどではない。許嫁がいる彼女にとって、特定の異性と話すこと自体よく思わない人がいるはずだ。今だって毎朝僕に挨拶をしてくれることが周りにどう思われているのかは想像がつかない。


「できるなら、梓にも学校では僕のこと名字で呼んでほしいけどな」

「それは絶対に嫌」


 昔から何度も忠告したが、彼女は強情な性格のため自分で決めたことは一度も曲げることはなかった。この名前呼びだって高校以前の小学生や中学生の時からの習慣だ。ただ、頑なにそれに固執する理由だけは、何度聞いても教えてくれなかった。


「まあそれはいいや。今日もご飯食べてくの?」

「うん、詩織さんにも言われたし」


 詩織というのは僕の母親だ。僕の両親と梓の両親は当然ながら僕たちが生まれる前から縁がある。立場や身分が違ったはずなのにどうして仲良くなれたのかは知らない。梓が小さいころ、彼女の両親は多忙を極める身だったのでよく僕の家に預けられては僕の母親が面倒を見ていたらしい。それもあってか小、中学生のときも頻繁に僕の家に遊びに来ていた。


「じゃあ帰る前に食材を買ってこようか」

「うん!」


 彼女が元気よく頷くと、僕たちは商店街のほう目掛けて歩き出した。


 ☆


 八百屋、魚屋、精肉店と手早く食材を見繕ってから商店街を抜ける。買い物をしている最中、梓はしきりにお店の人から可愛がられていた。何度もカップルだと冷やかされもしたが、その度に「ただの友達ですよ」と波風立てない無難な返事をしていると、横から冷ややかな視線が何度も突き刺さった。横を見れば彼女はジトっとした目でこちらを見ていた。


「何?」

「別に?」


 その割には何か言いたげだったが何度聞いても同じ返答しか返ってこなかったので諦めて家に向かった。



 かばんからカギを取り出してドアに差し込んでから家の中に入る。僕の両親は共働きで、夜遅くまで帰ってこない。だが、頻繁に梓が家に来るためにいつも一人きりというわけではない。彼女の親は今も忙しいらしく、ほとんど毎日、二日以上あけて家に訪れない日はなかった。


「おじゃましまーす」


 僕が家に入ってから律儀にそう声をかけて彼女も入ってくる。その割には靴を脱いでから勝手知ったる体で家主よりも先にリビングに向かっていった。これも今ではずいぶんと慣れた光景だった。


「今からご飯作るから、適当に時間つぶしてて」


 食材が入った袋から肉やら野菜やらを取り出しながら後ろにいるであろう梓にそう声をかけた。彼女からは「わかったー」と端的な返事が返ってきたきり静かになった。



「できたぞー」


 料理が完成してから、僕はエプロンを脱いで料理を運ぶ。今日の夕飯は豚肉と野菜の炒め物、みそ汁、それに煮物だ。中学生のころから料理していたため比較的料理は得意だし好きだ。


 料理を運んでいると、梓はちょうどテーブルに広げていたノートを閉じてこちらに向かってきた。どうやら学校の宿題をやっていたようだ。


「いつもながらおいしそうな料理ね」

「お褒めにあずかり光栄です。お嬢様」


 そんな芝居じみたことをしながら席に着く。僕たちは二人向かい合ってしっかりと手を合わせて「いただきます」と言ってから箸を手にした。



 ご飯を食べ終えてから、梓はお皿洗い、僕は勉強に取り掛かる。別に好きでやってることだから彼女がやる必要はないのだが、さすがに負い目を感じるのか皿洗いは彼女の仕事となった。


 仕事を終えると、手をふきながら彼女も勉強に参加する。そのまま二人そろって黙々と勉強を進めた。時折わからない問題が出てくると彼女に質問したりしては順調に解き進めた。


 きりのいいところで伸びをしながら時計を見ると、時刻は8時を過ぎていた。そろそろ頃合いと見てノートを片付ける。梓のほうもきりがついたのかシャーペンや消しゴムを筆箱に戻していた。


「そろそろ帰るね」

「うん」


 かばんを肩にかけて僕と梓は玄関に向かう。そのままドアを開けて暗い夜道の中、二人並んで歩く。ぽつぽつと等間隔に街灯が頼りなく輝いている。歩いている間、僕たちは他愛もない会話を続けていた。ほどなくして彼女の家が近づいてきた。


「……またね」

「うん、また明日」


 彼女は名残惜しそうな声で別れの言葉を告げた。別に僕といたってそう楽しい話ができてたわけじゃない。いや、もしかしたら気を使われてしまったのかもしれない。そう考えると申し訳ない気持ちになったため僕は努めて明るい声でそう返す。


 彼女が家の中に入るのを見届けてから、僕も家へ向かう。行きと違って一人で帰路につくと暗闇による潜在的不安が内側から徐々に大きくなっていく。その不安を振り払うように足早に向かう。



 この時まで僕はまだ、失態を犯したことに気づいていなかった。



徐々にブックマーク増えてて嬉しい。次からは2日に一回になるかも

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