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第一六話 歩み寄り

「さ、きっちり説明してもらおうか」


 腕を組んで偉そうにふんぞり返る五十嵐を後目に僕はコーヒーをすする。学校でのあの一件から、どうやら目をつけられていたようだ。



 無事に四人での写真撮影を終えた僕たちと五十嵐はその足でそのままエントランスから園外に出て駅近くの喫茶店まで来ていた。休日の、しかもこの時間帯ともなれば店内はほぼ満席だったが、たまたま空いていた6人掛けの席に案内された僕たちはそれぞれ疲れた体を癒すために席に着いた。


「……その前に、その子について聞いていいかな?」


 そう言って僕は彼の隣にちょこんと座る小さな女の子に目を向ける。するとその女の子はびくっと震えて彼の服の袖を掴みながら陰に隠れようとした。


 彼女は僕たちが五十嵐に写真撮影を頼んだ時からすでにいたが、ずっと彼の陰に隠れて目も合わせてくれなかった。道中もずっと五十嵐を挟んで僕たちとは反対側にいて会話ができる状態でもなかったため、諦めて喫茶店に着いたら改めて話そうと考えていた。

 

「あ、こいつは妹の春。ほら、みんなに自己紹介は?」


 五十嵐に促されて恐る恐る顔を出す女の子。その顔には怯えが浮かんでいて警戒するようにこちらを見ていたが、やがて意を決したように口を開いた。


「……いがらし、はるです」


 その端的で最低限の自己紹介に僕は苦笑する。まあまだ会って数十分しか経ってないうえにこれだけ大勢の大人に囲まれたりしたら萎縮するのも当然だと思う。


 だからまずは春ちゃんの警戒を解くためにできるかぎり優しい口調でそれぞれ紹介を始めた。


「俺は古谷誠太。よろしくね、春ちゃん」

「私は岩城梓っていうの。はじめましてっ、春ちゃん」

「あたしは市原由紀。可愛いね~春ちゃん」

「あ、いつもにいにが言ってるせいちゃんにあずさちゃんだ」


 一斉に自己紹介を聞かされた春ちゃんは若干戸惑っていたが、誠太と梓についてはお兄ちゃんから聞かされていたのかほんの少しだけ和らいだ雰囲気が感じ取れた。


 最後は僕の番だ。


「僕は宇佐美悠太。よろしくね、春ちゃん」

「……にいにがいつもいってるひとだ……」


 なぜか強張った顔で僕のほうを見ながら五十嵐の後ろに隠れてしまった。え、僕だけなんでこんな反応なの?


「ちょっと待って五十嵐。家で僕のことをなんて説明しているの?」

「岩城のストーカー」

「誤解だよ!」


 何のためらいもなくそう言い放つ五十嵐に思わず反論する。前からわかっていたことだけど彼は僕が梓の使用人であることをよく思っていない。だから事あるごとに僕に突っかかってくるのだろう。


「それで、お前らはなんであの遊園地にいたんだ?」

「何でって言われても……ただ遊びに来ただけなんだけど」

「誠太って岩城と仲良かったっけ?」

「いんや、最近話すようになっただけ」

「ふーん?」


 五十嵐はいまいち得心の言ってない表情で首を傾げてる。僕は彼にこれまでの経緯を軽く説明した。もちろん、僕と梓が実は許嫁だということは伏せて。 


「なるほどな、それでか」

「陽介こそ、なんであそこに?」


 誠太が当然のようにそう尋ねる。それは僕も気になっていたことだ。申し訳ないが、五十嵐が妹とあの遊園地で遊んでいる姿が想像できない。こういう人種はもっと大勢の友達に囲まれてバカ騒ぎしてる姿のほうが似合ってる。


「春が遊園地に行きたいって言いだしてな」


 そう言うと彼は春ちゃんの頭を優しく撫でる。春ちゃんは目を細めながら甘えるように五十嵐に寄り添っている。


「春はさ、あんまし体が強くなくてよ。今回だって親に反対されてたのをどうにか俺が説得して連れてきてやったんだよ」


 五十嵐は春ちゃんを優しいまなざしで見つめながら撫で続ける。その慈愛に満ちた表情からは先ほど僕に突っかかってきた剣幕を微塵も感じられなかった。



 正直意外だった。学校での彼はとてもじゃないが人を気遣うような優しさを持ち合わせているようには見えない。僕の話を聞かずに邪険に扱うし、梓の気持ちを考えずに付きまとうし。でも、彼は妹の前だけはしっかりと『お兄ちゃん』をやっているようだ。


「へー、五十嵐、学校ではつんけんしてるのに春ちゃんの前ではでれでれなんだー」

「ばっ、これはちがっ……!」


 由紀のからかうような口調に五十嵐はわかりやすいくらいに慌てふためいていた。どうやら本人にはそこまでの自覚はなかったらしい。


「春ちゃん、陽介は家ではどんな感じ?」


 誠太がそう尋ねると、春ちゃんは顎に人差し指をあてながら考え込む。


「んーとね。やさしくてカッコイイの、にいには!」


 屈託のない笑顔で答える春ちゃん。その言葉に五十嵐は額に手を当てながら呆れていた。


「春……。そういうのは言わなくていいから」

「?」


 春ちゃんは不思議そうに五十嵐を眺めていた。素直にほめられるとどうにも照れ臭いのだろう。五十嵐はほんの少し顔が赤くなっていた。


「いいお兄ちゃんでよかったね、春ちゃん」

「うん!」


 梓の言葉にはじけるような笑顔を見せる春ちゃん。ここまで仲のいい兄妹も珍しい気がする。


「あ、そろそろ家に帰らねえと親に怒られるかも」


 五十嵐が時計を見ながらそう呟いた。時間にして30分ぐらい喋っていただろうか。時計の短針は6時に差し掛かり、外を見ればだんだんと先ほどより暗さが増してきた気がする。


「春、今日は楽しかったか?」

「うん、ゆうえんちもたのしかったし、にいにのおともだちにもあえたし!」

「そっか」


 その言葉に五十嵐だけでなくそこにいたみんなが微笑ましそうに春ちゃんを眺めていた。一時はどうなることかと思ったけど、春ちゃんのおかげで険悪なムードにはならなかった。子供というのはいるだけでその場の空気を明るくしてくれる。


「春ちゃん、今度はみんなで遊ぼうね」

「いいの……?」


 僕の提案に春ちゃんは不安そうに聞いてきた。僕に対してはまだ硬さの残る態度だけど、この時間を通じてそこまで悪い人じゃないと認識してくれたようだ。たぶん、梓と誠太の友達だということが功を奏したのだろう。お兄ちゃんと違って見る目あるねぇ。


「うん。春ちゃんならいつでも大歓迎だよ」

「そうだぜ!お兄ちゃんたちでよければ、いつでも遊んでやるぜ!」


 僕と誠太の言葉に再度春ちゃんは満面の笑みを浮かべる。その横で五十嵐が驚いたように僕を見ていた。


「いいのか……?宇佐美」

「うん、僕たちも楽しかったし、五十嵐の意外な一面も見られたし、ね?」

「……ありがとう。よければ、また春と遊んでやってくれ」


 めったに見ない、というより今まで見たことのない素直な五十嵐に吹き出しそうになった。それでも、僕たち四人の答えは既に決まっていた。

 

「「「「もちろん!」」」」


 ☆


 手をつないで仲良さそうに帰っていく五十嵐と春ちゃんに手を振りながら、僕たちも帰路に就く。誠太と由紀は電車、僕と梓は駅から徒歩だったため、そこで解散となった。


「なんだか、あの二人を見てると昔を思い出しちゃった」


 梓の言葉に僕も頷く。僕も春ちゃんを見てると小さかった頃の梓を思い出した。最初のころは人見知りだったけど、打ち解けてくると天真爛漫になるところはそっくりだった。


「五十嵐君とも仲良くなれそうでよかったね」


 その言葉に苦笑する。まだ時間はかかるだろうけど、徐々に言葉を重ねればいずれ彼も分かってくれるだろう。


「また、春ちゃんと遊びに行こうね」

「うん」


 そう言いながら、僕たちは静かな夜の街を歩いた。


感想欄をみるのは正直怖いですがめげずに頑張ります

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