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第一四話 小さなもや

少しだけ過去に触れます

「気持ち悪い……」

「少し休もうか」


 ふらふらと千鳥足になりながら僕の肩にもたれかかってくる梓を支えながら近くのベンチまで誘導する。ゆっくりとベンチに座らせながら背中をさすってやる。数分間そうしていると、幾分気分が落ち着いたのか青白かった顔色も徐々に良くなってきた。


「ごめんね、悠太。迷惑かけちゃって……」

「しょうがないよ、誰だって苦手なものはあるんだし」

 

 申し訳なさそうに謝る梓を慰める。顔を曇らせている彼女を見るとだいぶ落ち込んでいるようだ。



 結局、梓はジェットコースターが得意ではなかった。特に乗り物酔いがひどいタイプだったらしい。終始安全レバーではなく僕の手を掴みながらぎゅっと目を瞑っていた。スピードはそこまで早くなかったけど、左右に振られるタイプのアトラクションだったようで梓は見事に酔ってしまった。終わったころには幽鬼のようにふらふらとした足取りになっていた。


 誠太と市原も心配そうにしていて、特に言い出しっぺの誠太はしきりに謝っていたが、多分梓は彼らに心配をかけたくないはずだ。梓の気持ちを察した僕は二人には遊んでくるように促した。二人は最後まで粘っていたが、「僕が介抱しておくから」と強引に言うと渋々アトラクションに戻っていった。本気で心配をしてくれていた二人に少しだけ罪悪感が湧いた。



「ちょっと飲み物買ってくるからここに座ってて」

「うん、ありがと……」


 楽しい場に水を差したのが相当堪えたようだ。未だ顔を俯かせている梓に苦笑しながら自販機のほうに向かう。

 

 

「はい、お水」

「ありがと」


 梓に買ってきたミネラルウォーターを渡すと、彼女はキャップを捻って軽く口をつける。こくこくと喉を鳴らす音が数秒間続いた後、ペットボトルから口を外す。

 

「気分はどう?」

「まだ少し気持ち悪いけど、だいぶ良くなった。ありがと、悠太」


 少しずつ元気を取り戻していく梓を見てほっとする。


「あんまり無理しちゃだめだよ。身体、強くないんだから」

「うん……」


 僕の言葉に再度沈んだ表情をする梓。見ていて気持ちのいいものではないけれど、それでももしものことがあった場合に備えてきつく言っておかなくちゃいけない。


 


 梓は生まれつき体が弱かった。幼いころから些細なことで体を壊しては入退院を繰り返していた。そのせいで、幼少のころはみんなと外で遊ぶ機会が少なかった。次第に友達も減っていって、最後には僕だけが残った。僕はといえば、彼女が入院するたびにお見舞いに行ったり、風邪で寝込んでいるときは部屋まで行って看病していた。


 梓はその肉体的な弱さとは対照的に、心は強かった。小さいながらも決して弱音は吐かなかった子だったし、病院にお見舞いに行った時も僕より元気な姿を見せてくれた。何度かその強さに救われたことだってあった。


 中学生ぐらいになってくるとだんだんと体つきも大人になってきて、病気に罹る頻度も徐々に少なくなっていた。けれど今みたいに調子が悪くなることは度々あったし、その度に僕が付き添って世話をした記憶もある。


「そんな心配そうな顔、しないで。私は大丈夫だから」


 ふと昔のことを思い出して顔が険しくなっていたのだろう。ぎこちない笑顔で僕を慰める彼女の姿が目に入った。逆に心配されてちゃ世話ないよな、と軽く自嘲して僕はかぶりを振る。


「うん、わかった。でも完全に快復するまでここに座ってること。手、握っておいてあげるからさ」

「……うん」


 ようやく元気そうな顔をしてくれた梓に微笑みながら彼女の手を握る。キュッと小さな手が握り返してくるのを感じながら、僕たちはしばらくの間、園内の景色を眺めていた。


 ☆


「ほんとにごめん!梓さん」

「大丈夫だよ誠太君。気にしないで」


 ジェットコースターから帰ってきた二人と合流した僕たちは、近くのレストランで昼食を取っていた。


 園内は全体を六つに区分けされていて、それぞれ異なったテーマを主軸とした世界観が展開されていた。このお店もその一つのテーマに沿っているのか、店内は西部劇に出てくるようなウエスタン風の雰囲気を醸し出していた。


 僕たちはウェイターに案内されて四人がけの席に通された。梓もだいぶ回復したようで、普通に軽食を注文していた。


「梓、ごめんね……」

「由紀も気にしないで。元はと言えば私が大丈夫だって過信したのが悪いんだし」


 市原もしゅんと縮こまって梓に謝罪していた。


「こっちこそごめんね。水を差しちゃって」


 今度は梓が謝る番になっていた。だんだんとお通夜ムードになっていく雰囲気を感じた僕は早急に話題を切り替える。


「せっかく来たんだから楽しまなきゃ損だよ。ほら、この近くにミュージックシアターがあるみたいだよ。ご飯食べ終わったら行ってみない?」

「お、いいなそれ。俺もみてみたい!」

「さんせーい!梓もいいよね?」

「うん!」


 ようやくいつもの元気を取り戻したみんなはその後他愛もない話をしながら食事を終え、次なるアトラクションに向かった。



「すごかったねー」

「なー、演奏だけじゃなくて実際に飛び出してきたりもしたし」


 ここのミュージックシアターは音楽は当然のことながら、五感に訴えかけてくるような演出が売りの様だった。特殊な3Ⅾ眼鏡を渡され装着すると、実際にキャラクターが近くにいるかのように感じた。微量な風や椅子の振動なんかも再現されていてなかなか凝った演出が多かった。さすがに味は感じなかったけど。



 シアターを見終えた僕たちはそのままの足で売店に向かった。このテーマパークの売店にキャラクターの耳を模したカチューシャや星形レンズのサングラス、キャラクターがプリントされたTシャツなどテーマにちなんだ商品が所狭しと並んでいた。様々なグッズを見比べながら実際に手に取って使い心地を試している客もいた。


「ねえねえこれ可愛くない?」

「ほんとだ~ネコみたいだね」


 先ほどから女性陣もイヌやネコのカチューシャを頭につけながら姦しくお喋りしている。僕と誠太はそれを遠巻きに眺めながらお土産コーナーを物色していた。


「悠太、すまない」

「ん、なにが?」


 神妙な面持ちで謝る誠太に首を傾げる。いつになく真剣な顔をしている。


「梓さんに迷惑かけちまって」

「あー」


 やっぱりまだそのことを気にしてたみたいだ。市原も表面上は元気に振るまっているけど内心梓のこと

を心配しているのだろう。


「大丈夫だよ、僕がケアをしておくし」

「俺も何かしてやりたかったけど、本当に心を許してるのは悠太ぐらいだったから、かえって逆効果になっちまうと思って、何もできなかった」


 悔しそうに歯噛みする誠太を見て、僕は本当にこいつが友達でよかったと思った。ここまで梓のことを親身に考えてやれる奴なら、僕も心配する必要はなくなる。梓の想い人として、これ以上ないくらい適任だろう。


 そんなことを考えていると、不意に心臓辺りがぐるぐると渦を巻き始めた。少し息苦しさすら感じた。なんなんだろう、これ。本当に小さなものだったけど、それゆえにやけに気になった。結局、原因が分からなかったため、腑に落ちなかったけど後回しにした。


「まあこれからだよ。頑張って」

「……?何を頑張るんだ?」


 誠太は疑問符を浮かべながらこちらを見ていた。僕の遠回しな言い方じゃ伝わらなかっただろうけど、これでいい。僕が伝えるべきことではないから。


 まだ、胸の中でぐるぐると何かが渦巻いていた。

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