第一三話 遊園地
遊園地当日。柄にもなく前日からワクワクしてしまったせいで若干寝不足気味の様だ。急いで顔を洗ってから朝食をとるためにリビングに向かう。すると珍しく母さんがいた。ちょうど台所でハムエッグを作っている最中だった。
「あら、おはよう悠太」
「おはよう母さん。今日は休みなの?」
「ええ」
短いやり取りをしてから席に着くと、ジャムの塗られたトーストと先ほど調理していたハムエッグにサラダが添えられた料理が運ばれてきた。
「今日梓ちゃんと遊園地に行くんだって?」
「あれ、なんで知ってるの……ってアリサさんか」
「ちゃんと梓ちゃんをエスコートするのよ?」
「言われなくてもそれが仕事だから」
これもれっきとした仕事だ。ただ一緒に遊んでいるだけじゃ職務放棄もいいところだろう。特に遊園地はいろんな人がいる分トラブルが起きやすい。いつも以上に目を見張らせておく必要がある。
「ご馳走様。それじゃ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
一声かけてから玄関のドアに手をかける。久しぶりの外出に高揚した気分で梓の家に向かう。
「おはよー悠太っ。待った?」
「3分27秒待ったよ」
「そこは『ううん、今来たとこ』じゃないの?しかも超正確に数えてるし……」
梓の家の前で待っていると彼女が駆け足で近寄ってきた。茶化したような物言いに梓は呆れていた。
今日の梓は白のワンピース姿だった。彼女の素の姿からは想像もできないほど清楚だったが、よく考えればこれが学校での彼女の印象にマッチしている服装だった。相変わらずのその美貌に一瞬ではあったが目を奪われた。
「ど、どうかな。似合ってる?」
恥ずかしそうに上目遣いで聞いてくる梓のそのいじらしい態度でドキッとする。
「うん、似合ってるよ。誠太も多分喜ぶと思う」
あの男なら多分有頂天になって褒め倒すだろう。普段見慣れてる僕でさえ不覚にも可愛いと思ったのだから。
「ああ、そう……」
だというのに梓はあまりうれしそうではなかった。まあ僕なんかの感想を聞いても嬉しくないだろうし、あまり意味がないと思う。
「じゃあ行こうか」
彼女の手提げかばんを持ちながら声をかけても彼女は浮かない顔をしていた。やっぱり本命の男の感想が聞きたいのだろう。それを察した僕は急いで駅のほうへと足を向けた。
☆
駅に着いて待ち合わせ場所に着くと、遠目からでも既に誠太と市原がいるのが見えた。まだ待ち合わせ時間の十分前だったけどなんとなく遅れた気分で駆け足で彼らに近寄る。
「ごめん、遅くなった。おはよう二人とも」
「お、ようやく来たな……って梓さんめっちゃ似合ってるじゃん!」
開口一番誠太は梓の服装に目をつけては大仰にほめていた。こういうことがさらっと言えるからこいつはモテるのだろう。僕には一生かかってもできない芸当だ。
「あ、あはは、ありがと誠太君。誠太君もかっこいいよ」
当の梓は若干硬い笑顔を浮かべながらも誠太のことをほめる。意中の異性から褒められたというのに嬉しくないのだろうか。若干疑問に思いながらも照れてるだけだと判断した僕はスルーする。
「市原も似合ってるよ、その服」
「梓の前で私なんか口説いていいの?」
「別に口説いてなんかないよ……」
にやにやといやらしい笑みを浮かべる市原。彼女の私服を見るのは初めてだった。白のブラウスにホットパンツ。加えて日差しを遮るために帽子をかぶっていた。彼女の持つ雰囲気と相まって快活そうな印象を与えていた。
「悠太がそんなこと言ったら、梓、嫉妬しちゃうでしょ?」
「ゆ、由紀!私は別に……」
口元をもごもごとさせながらこちらをちらちらと見てくる梓。市原は梓の気持ちに気づいていないようだった。市原の協力を得られたらと思ったのだが、期待はできなさそうだ。
「そろそろ開店時間になるから、急ごうぜ」
そんな応酬を続けていると誠太が待ちきれないといった風に声をかけてきた。その言葉にみんなは頷いて、僕たち一行は現地へと歩き始めた。
☆
「うっわぁ……。すごい人だねえ」
「まあ土曜日だしな」
開園前から長蛇の列ができてるのが視界に入ると市原と誠太は思わずそんな声を漏らす。休日ということもあってか入り口近くは学生や家族連れでごった返していた。
「あ、開いたみたいだよ」
梓がそういうと前のほうの列が徐々に園内に入り込んでいく。僕たちが並び始めてから10分近くは立っていたため後ろを振り返ると既に列ができていた。
「はぐれないように気をつけろよー」
誠太がそう注意を飛ばすのも頷けるぐらいの人混みだ。ちらっと梓のほうを見る。梓は身長がそう高くないからもしはぐれてしまったら探すのが困難になる。それでもし怪我でもさせたら僕は修二さんに顔向けができない。いまこそ使用人としての責務を果たすべきだろう。
「ちょっと我慢してね」
そう梓に断りを入れてから僕は彼女の手を取る。梓は一瞬驚いていたが手を握ってきたのが僕だとわかるとすぐに安心したように笑顔で握り返してきた。
「はぐれないようにしっかり握っててよね?」
その言葉に僕は頷いて入場した。
「一発目はやっぱ絶叫一択だろ。ジェットコースター乗ろうぜ」
無事ケガすることなく園内に入れた僕たちは近くに置いてあった簡易マップを見ながらどんな順序で回るかを計画し始めた。
「梓さんは絶叫系得意?」
「う、うーん、あんまり速かったり高かったりするのはちょっと怖いかな」
「そっかー。由紀は?」
「あたしは全然大丈夫。むしろ結構好きかも」
「じゃあ梓さんが乗れそうなやつをチョイスするかー」
「ちょっと待って誠太。僕には聞かないの?」
「悠太は梓さんの付き人なんだから、梓さんの意見がそのまま悠太の意見になる」
「横暴だ……」
今日一日僕に発言権は無いようだ。見れば梓はらんらんとした表情で目を輝かせている。
「そ、そうよね誠太君!悠太は主人である私の意見に逆らっちゃいけないんだからね!」
「そうだそうだ!」
傲岸不遜なその態度も、彼女がやればなぜか様になっていた。しかも誠太まで加勢してるし。誠太にはあとで説教しなければならないようだね。
「わかったよ。何なりとお申し付けくださいませお嬢様」
その言葉についにこらえきれなくなった市原が口を押えて忍び笑いをしていた。彼女も説教対象に追加した。
「だ、大丈夫なの?これ。ちょっと怖いんだけど……」
誠太が提案したジェットコースターの列に並んでいると、梓が不安そうな声をあげながら僕を見てきた。遠めから見る分には怖さは感じなかったが、だんだんと近づくにつれ予想以上の高度を持っていたようだ。それに加えて女の子たちの甲高い悲鳴が余計に恐怖を倍増させていた。
「大丈夫だって梓さん。いざとなれば悠太が肉壁になってくれるし」
「ジェットコースター相手にどう肉壁になれと?」
無茶な要求をしてくる誠太をにらみつける。誠太と違って僕はただの力のない一般人だ。
「無理そうならやめとく?」
市原の気遣うような優しい声音に梓は思案顔になる。それからふとうかがうような上目遣いで僕の方見てくる。肉壁になって死ねと?まだ遺書を書いてないから死にたくない。
「悠太が手をつないでくれるなら……」
その破壊力抜群の言葉に息をのんだ。梓の後ろのほうを見れば誠太がにやにやとこっちを見ていた。市原に至っては悶えながら誠太の背中をバンバンと叩いていた。だが、残念ながら梓は言う相手を間違えている。
「それなら誠太に頼みな――」
「ゆ・う・た?」
有無を言わせぬその迫力に二の句を継げなくなった。久々に梓の考えていることが読めなくなった。こういう場合は機嫌を損ねないように余計なことをいうべきではないと直感が警告を発していた。
「わ、わかったよ。じゃあいっしょに乗ろうか」
「うん!」
ニコニコとした笑みを浮かべながら僕の手を握ってくる梓。アトラクションに乗ってからの話じゃないのかと思いながらも、僕には発言権を与えられていなかったので黙って従うしかなかった。