第十二話 勘違い
「いまからテストを返すぞー」
そんな担任ののんきな声でクラス中がざわざわと騒ぎ出す。周りを見れば大半が顔面蒼白で頭を抱えていた。誠太もその一人だった。
前回の勉強会をきっかけに僕たちは毎日四人で集まってテスト勉強に取り組んでいた。一回目はまともな勉強をしなかったため二回目からは本格的なものを計画していた。学年首位をキープする梓がいるなら、とみんながみんなどこか安心しきった様に考えていた。
その考えは甘かった。予想以上に誠太ができなかった。分からないところが分からないという一番手にかかる状況だった。そもそも今まで赤点ばっか取ってきたやつなのだ。勉強というのは点と点を結んで線にする作業だ。それぞれ単発で覚えていたところで流れを理解しないと問題は解けない。誠太にはその力が著しくかけていた。要するに、今回のテストを乗り切るためにはかなり前まで勉強をさかのぼる必要があったということだ。
それを知った時、さすがの梓も顔を引きつらせていた。あまりにも時間がなさすぎたようだ。とりあえず梓は付け焼刃の基礎だけ誠太に教えていた。今までのツケが溜まっていたようでその基礎すらも誠太は苦戦していた。
ともかく急ごしらえの応急策のおかげか、誠太は応用問題ならまだしも基礎問題だけは解けるようになっていた。たかが一週間でここまでやってのけるのはひとえに梓の力が大きい。誠太はしきりに梓に感謝をしていた。
テスト当日。やけに自信満々な誠太を横目に、試験監督の合図とともにテスト用紙を裏返した。
問題を解いていると違和感に気づいた。やけに応用問題が多かったのだ。もちろん基本的な問題もあるにはあるが、圧倒的に割合が少なかった。ちらっと誠太を見ればすでに頭を抱えていた。
テストが終わったころには誠太のみならずクラスの大半の顔色が優れなかった。やっぱり今回の問題はかなり難しい部類に入るものだったようだ。
そんなわけで今回のテストは誠太にとっては少し分が悪かった。誠太は今も天に祈りをささげるような姿でテストが返されるのを待っていた。せめて僕も誠太が無事に部活に行けるように祈っておこう。
☆
「遊園地?」
「そう、今度の土曜日に行かないか?この四人で」
地獄のテスト返しから解放された日の放課後、僕たちは今日もいつもファミレスの一席に陣取っていた。無論、勉強するためではない。今回は祝勝会のために集まったのだ。
意外なことに、誠太はこの中間テストで赤点を一つもとることはなかった。特に今回難しいと言われていた学年の3割が補習室送りとなったテストにも見事に赤点回避どころか平均点近くのスコアをたたき出していた。どうやら梓の力だけでなく、誠太自身も真面目に取り組んだ成果が出たのだろう。テストを受け取った時は泣きながら膝から崩れ落ちていた。
そのあと誠太が打ち上げがしたいと言い出したのでもう一度ここに集まっていた。もはや僕たちのホームと言っても過言ではないくらい住み着いていた。
「商店街の福引でチケットを当てたんだよ、四人一組で行けるらしいぞ」
「へー、誠太にしては運がいいじゃない」
ひらひらとチケットを振っている誠太に相槌を打つ市原。見ればCMでも大々的に宣伝している有名なテーマパークのチケットが四枚分そこにあった。
「今回梓さんにはすんごくお世話になったから、そのお礼もかねてと思ってさ」
そう言って誠太がちらっと梓のほうを見ると、彼女は胸の前で手を振っていた。
「いえいえ、私は何もしてないよ。誠太君が一生懸命頑張ってたからだよ」
「いやいや本当に助かったから、それで、みんなさえよければ行かないか?」
「あたしは賛成。ここ最近勉強ばっかで遊んでなかったしー」
「私も行きたいけど、パ……お父さんに一度聞いてみないと……」
そう言って梓はちらっと僕のほうを見る。僕は数秒考えた後、まあ大丈夫だろうと思い答えた。
「僕がついてるから多分大丈夫だと思うよ。一応連絡はしておくよ」
そう言うと梓はぱっと花が咲いたように綻んだ。話はまとまったようだ。
「じゃあ、今度の土曜日な!忘れんなよ!」
誠太のその言葉に一同は頷いて、その日は解散となった。
☆
『うん、いいんじゃないかな。悠太がついていれば』
梓の家に寄って日課の仕事を終えてから僕は修二さんに電話をしていた。要件はもちろん遊園地についてだ。修二さんはちょうど休憩中だったようで用件を伝えたところ、一つ返事で快諾してくれた。
「ありがとうございます、修二さん。僕が責任をもって彼女を見守りますので」
『そうしてくれると助かるよ。存分に楽しんできてね』
それから二言三言世間話をしてから通話を切った。僕のことを信頼したうえでの承諾だったから余計にうれしかった。僕は意気揚々と梓の部屋に向かった。
「梓ー。修二さん大丈夫だってー」
「ほんと!?ありがとー悠太」
部屋に入ると梓は何やら雑誌を手にぺらぺらとめくっている最中だった。だが、僕が近づくと慌てて雑誌を閉じて背中に隠してしまった。
「何読んでたの?」
「ゆ、悠太には関係ないから」
なんだか目が泳いでいる気がしたけど、詮索しないほうがよさそうだと判断した僕はそれには触れずに話を続ける。
「梓って遊園地行ったことあったっけ?」
「んー、だいぶ昔に悠太と一緒に行った気がするけど、さすがに小さかったからあんまり覚えてないかな」
確かに僕と両親、梓とその両親で昔行った覚えがある。けど梓の言う通り多分物心つくかつかないころだったから詳しい詳細は記憶から抜け落ちていた。
「でも、悠太以外の人と行ったことはないかもね」
「そうなの?」
僕が首をかしげていると、梓はきょとんとした顔になった。
「悠太抜きで私が遊びに行くわけないじゃない」
「いや、僕は関係ないでしょ……。僕に気を使わなくていいんだよ?」
「何言ってるのよ。悠太といる時が一番楽しいからに決まってるでしょ」
突然の不意打ち発言に頭が一瞬停止しかけた。僕が数秒間固まっていると、梓も自分が何を言ったのか理解したのかだんだんと顔が赤みがかっていた。後ろに隠していた雑誌をぶんぶんと降りながら否定していた。
「ちっ、ちがっ……。いや、違わなくはないけど、違うからね!?」
「何がなのさ……」
気が動転しておかしなことを口走っている梓は見てようやく冷静になれた。その隙に僕は梓の手からひょいっと雑誌を奪った。
「なになに、『男を絶対に落とす仕草百選』?梓、まさか……」
「うぅ……」
羞恥で完全に縮こまってしまった梓。対照的に僕はにやにやした顔で梓に問い詰める。
「梓、もしかして誠太のことが好き?」
「……は?」
「大丈夫、はっきり言わなくてもわかるから、梓のことなら」
梓は目を点にして驚いていた。まさかバレているとは思わなかったのだろう。だが、一緒に過ごしてきた僕なら手に取るようにわかる。
「応援するよ。梓の恋がうまくいくようにサポートしてあげるから」
「ちょ、ちょっとまってよ。私は悠太の許嫁なのよ?」
焦ったようにそう言う梓。確かに倫理的に見れば許嫁がいるのに他の男を好きになるのはよろしくないだろう。
「そこは僕が何とかするから、気にしなくていいよ」
その言葉に梓は唖然としていた。結構僕との関係を気にしてくれてたんだな。そのことに気づいて少し罪悪感を感じた。
「え、ええそうよ!だから協力してくれる!?」
なぜか怒り気味で協力を求めてくる梓。それを不思議に思いながらも僕の答えは一つだった。
「もちろん!」
その言葉に梓はなぜか肩を落としてがっくりとしていた。
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