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第十一話 悠太の葛藤

「一時はどうなることかと思ったよ、まったく」

「悠太が由紀にばらすからいけないのよ?」 

「いや、梓が勝手に自爆したんだからね?」


 梓の部屋で勉強しながら、僕は今日あったことを振り返りながら梓に話しかける。なかなかにいろんなことが急激に変化した日だった。


 

 あの後、梓との関係について怒涛の質問攻めを食らった僕は、彼らが満足するころにはもう勉強をやるモチベーションが湧かなかった。彼らも彼らでそのあとは軽食やデザートを注文したりとやりたい放題だった。というかそもそも彼らは単純に勉強をすることから、僕たちの関係を暴くことに方針を変更したらしい。そういうときだけは息ぴったりな二人だ。迷惑極まりない。


「まあ結果的には丸く収まったんじゃない?私のおかげね」

「調子がいいなぁ……」


 誇らしげに胸を張る彼女に僕は呆れた。


 だがまあ、彼女の言う通り大事にならなかったのは確かだ。条約を結んだのは今日だからまだ効力はわからないが、仮にも僕と梓の友達だ。彼らは僕たちが本気で拒んだことには一切干渉しないし、口も堅い。それに、彼らには遅かれ早かれ話を通しておきたかった。いざというときに助けを請えるかもしれないし、なにより友人に対して隠し事をするのは心苦しかった。


「ま、それはそれとして、勉強はしっかりとしなきゃいけないわよね?私の執事として」

「はい……」


 なし崩し的に消滅した勉強会だったが、僕にとっては好都合だった。そもそもこの勉強会自体の発案者が誠太だ。あいつほどではないが僕だって勉強ができるわけじゃないし、好きでもない。騒ぐ彼らを見て呆れながらも内心はラッキーと思っていた。


 だが、解散して梓の家でいつもの仕事をこなしていると梓から部屋に来るよう集合がかかった。不思議に思って仕事を気持ち早めに終わらせてから彼女の部屋に行くと、そこには丸テーブルの上一面に参考書やら教科書やらが乱雑に積まれていた。これはなんぞや、と思いながら眺めていると彼女から「これをやり切るまでは帰らせない」と通達された。どうやらこの人も悪魔だったらしい。 


「はい!梓先生」

「なに?悠太君」

「ここがわかんないので、いったん家に帰ってノートを見てきてもよろしいでしょうか!」

「私のノートを見せてあげるわ」


 テーブルの端にぱさっと一冊のノートが舞い降りた。ご丁寧に「二年二組 岩城梓」と書かれていた。

 

「梓は本当に几帳面だよね」

「昔から大事なものには名前を書いておくタイプなのよ。悠太にも書いてあげようか?」

「さりげなく僕の体に彫ろうとするのはやめてね?」


 ちょっとまじなトーンで言ってくるから怖い。


「冗談よ、冗談」

「ほんとだろうね?」

「でもいつかはやるから、覚悟しておいてね?」


 僕は将来、傷物にされる予定らしい。いまのうちに銭湯を経験しておくべきかもしれない。



「ふー。今日はこのくらいで十分かな」


 頭がじんわりとして心地よい疲労感を感じる。かなり集中していたようだ。時計を見るともう8時に差し掛かっていた。


 意外なことに梓直伝のノートが役に立った。僕も普段からきちんとノートは取っている方だけど、彼女のノートは要点や重要事項はもちろん、黒板に書かれていない先生の豆知識みたいなものまで丁寧に書かれていた。よくノートを綺麗にとるために色ペンを使って逆にごちゃごちゃさせる人もいるみたいだけど、彼女のノートはそれとは正反対のシンプルなものだった。


「梓、ノートありがと、って、寝ちゃったのか」


 梓は机の上で腕を枕にしながらスヤスヤと寝ていた。どこか子供らしいあどけない寝顔に僕は自然と笑みがこぼれる。


「お疲れ様」


 僕はそう言って梓に毛布をかけてから、岩城宅を後にした。



「ただいまー」

「あ、おかえり。悠太」


 家に着くと母さんが出迎えてくれた。僕の母親、宇佐美詩織は看護師だ。そのため、夜勤が多く夜に家にいることはほとんどない。いつも朝は僕が家を出ていくまで起きてこないけど、どれだけ疲れていても寝ぼけ眼で「いってらっしゃい」を言うことだけは欠かさなかった。


「今日は夜勤なかったんだね」

「久しぶりに休みができたからね」

 

 顔には少しだけ疲れが見えたけどそれでも休みが取れたおかげか幾分顔色はよく見える。


「それよりアリサから聞いたわよ。梓ちゃんの使用人をしてるんだって?」

「うん、成り行きでね」

「迷惑かけてないわよね?」

「たぶん」


 最初こそ足手まといになっていたが今となっては立派な戦力になっていると自負している。


「梓ちゃんともうまくやってる?」

「……うん、まあ」


 歯切れの悪い言葉に母さんは首をかしげている。僕は深く追及される前にさっさと自室に引っ込んだ。


 

 部屋のドアに手をかけて中に入るとそこには特に面白みのない簡素な空間が広がっていた。シンプルなベッドにいくつかの漫画や雑誌が並んだ本棚、壁際には洋服をしまうためのクローゼットが備え付けられている。


そして、勉強机の上には一枚の写真立てが置いてあった。その中には小さな頃に撮った、屈託のない笑顔を浮かべる僕と梓が写っていた。僕はそれを眺めて、ほんの少し、胸が痛くなる。




 ずっと前から悩んでいたことがある。僕、宇佐美悠太は岩城梓の許嫁だ。幼い頃より互いの親に強制的に将来を約束された僕ら。そこに僕たちの意思は関係ない。とは言っても別に政略結婚とかではない。昔から何かあるごとに一緒に過ごしてきた僕らはそれこそ身内のようなものだ。互いの親が了承済みで僕たちも仲が悪いどころか良すぎるくらいだ。何一つ障害のない僕らにとっては約束された未来だ。

 

 でも、僕は昔からその関係に疑問を抱いていた。本当は梓は嫌がってるんじゃないか?親に迷惑をかけないために自分の心を押し殺しているんじゃないか?本当は、もっと純粋に恋をしたいんじゃないのか?


 容姿に優れている彼女のことだ。その気になればいくらでも恋人は作れるはずだ。だが「許嫁」という障害があるためにそれができないでいる。僕は、梓にとって負担になっている。


 だから、僕は昔の約束を破談にしたいと思っている。今のこの現状が彼女の足かせになっているから、それから解き放たれればもっと自由に生きられるはずだ。彼女には幸せになってもらいたいから。好きな人と人生を歩める彼女でいてほしいから。


 ただただ、梓には幸せになってほしい。そのためだったらなんだってする。梓が幸せになれるなら、隣にいなくたって、いい。




 ―――あの日から十数年、いまだに僕はこの関係を壊すことができないでいた。

悠太の考えに賛否両論あるかとは思います。読者の皆様の反応が知りたいのでよければご感想をいただきたいです

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