第十話 テスト勉強
冒険に仲間はつきものでしょう?
「その後はどんな感じだ?悠太」
朝一番、僕が自分の席で教科書を机の中にしまっていると誠太が声をかけてきた。初めての仕事から一週間。なんとか回数をこなすうちに今では一日で岩城家が所有する部屋の半分近くを掃除することができるまでに成長した。アリサさんにも「やっぱり悠太君は筋がいいね」と褒められたぐらいだ。ここ一週間でだいぶ自信がついた。
「だいぶ順調だよ。仕事にも慣れてきたし」
「そうじゃなくて、いや、それもだけど」
「それ以外に何があるのさ」
「……岩城さんとの仲は進展したのか?」
「はい?」
「だってそうだろ!?超絶美少女と一つ屋根の下で住んでるんだろ!?これで何か起きないほうがおかしいっっ!」
「いや住んでないから」
彼の脳内の中では僕は岩城家に住み込みで働いていることになっているらしい。妄想たくましい男子高校生の典型的な例だ。鼻息荒く憤るその姿のせいでかっこいい顔が台無しだ。
「ただ普通に働いているだけだから。誠太が想像してるようなことは何もしてないから」
「何を想像したのかな~?ゆうたくーん?」
だんだんとおっさん化してきた誠太を無視して黙々と授業の予習をする。僕は成績が悪いって程でもないけど平均的だから少しでも手を抜くとすぐに授業についていけなくなってしまう。ちなみに誠太は赤点製造機だ。彼は補習が大好きらしい。
「というかもうすぐ中間テストだよ。誠太は大丈夫なの?」
「……」
誠太は耳をふさいで遠い目をしていた。この学校では珍しく中間、期末と二回に分かれてテストが行われる。その二つの合計から割り出される学年平均の半分を割ってしまったら赤点となって補習室送りだ。そこのところをこの現実逃避君はどうお考えなのだろうか。
「ゆうたー、助けてよー。今回ばかりは落とせないんだよー。県大会が近いんだよー」
情けなく縋り付いてくる誠太を横目にため息をつく。僕だって親友が困っているなら助けてやりたいのはやまやまだがこと勉強に関しては自信がない。どうするべきか考えあぐねていると、
「「あ」」
と同時に声を発していた。いいことを思いついたと言わんばかりの誠太とは対照的に、僕は苦い顔をしていたと思う。今度は僕が耳をふさぐ番だったが、遅かった。
「いるじゃん、成績トップの『お嬢様』が」
☆
「テスト勉強?」
昼休み、僕と誠太はさっそく梓の一番の親友である市原のもとに押し掛けた。僕は何度も諦めるよう忠告をしたが聞く耳を持たなかった誠太はこうして市原に相談を持ち掛けていた。
「そう。俺と悠太が赤点取りそうでやばいからさ、岩城さんに勉強を教えてもらおうかと思ったわけですよ」
「いや僕は別にそうでもないんだけど」
「それくらい自分で頑張りなさいよ、梓だって暇じゃないんだし」
「そこをなんとか!」
市原の言うことはもっともだったが、誠太の必死さが通じたのか、「一応聞くだけ聞いてみるよ」と言って市原は梓のもとへ小走りに近づいて行った。二言三言会話しているのを遠目に眺めていると不意に梓と目が合った。彼女は僕に向かって微笑んだ後、さらに市原と会話を続けていた。なにやら市原が驚いていた。それで会話を終えたのか彼女は僕たちのもとに戻ってきた。
「おっけーだって。普段は絶対に引き受けないのに、珍しい」
「まじすか。ありがたやー」
誠太は手を合わせて拝んでいた。調子のいいやつである。
それにしても梓がこういった類の頼みを引き受けるのは意外だった。どういう風の吹き回しだろう。
全授業を終えてようやく帰宅を許された僕と誠太は早速市原のところに駆け寄った。ちょうど梓と談笑中の様だった。
「岩城さん!今日はよろしくお願いします!」
「ふふっ、そんなにかしこまらなくてもいいのに。こちらこそよろしくお願いします、古谷君。悠太君も、ね?」
「今日はよろしくお願いいたします、梓お嬢様」
「うわっ、似合わねえ」
ほっといてくれ。
「じゃあこれからファミレスに行こうよ、おなか減ったらいろんなもの食べられるし」
「市原は食いしん坊だな」
「うっさい」
「痛っ!」
誠太は脛を蹴られていた。自業自得だ。僕もついでに蹴っておいた。「なんで!?」とか喚いていたが無視して先に行く。
学校近くのファミレスに着くと、予想通り店内はがらんとしていた。平日の夕方はさすがに人の入りが悪いようだ。僕たち四人はすんなりと席に着くことができた。とりあえず四人分のドリンクバーを頼み、各々の好きな飲み物を注いでから勉強を始めることにした。
「梓さんって本当に頭良いよね。普段どんな勉強してるの?」
「どんなって、多分みんなと変わらないですよ」
席に着くなり早速誠太は勉強道具を広げる前に梓に話しかけていた。ちなみにここに来る道中、会話が弾んだこともあって誠太は梓のことを名字から下の名前で呼ぶことに成功していた。恐るべきイケメン力。それに対抗してかは知らないが市原も僕と誠太のことを下の名前で呼び始めた。僕にも分けてほしい、二人の社交力を。
「梓は普段から真面目に授業を聞いてるからでしょ。その点誠太は授業中寝てばっかじゃん」
「由紀こそいつも寝てるじゃん。俺と同類じゃねーか」
「あんたいつもこっち見てんの?きもいんですけど」
「そのセリフそっくりそのまま返してやるよ」
いつの間にかギャーギャーと喧嘩し始めた二人を無視して僕は勉強を開始する。梓は二人の口論を見ながら苦笑いしてた。それが終わったかと思ったら、今度は市原が梓を標的にし始めた。
「そんなことより梓の話よ。梓、悠太と許嫁なんだって?悠太が言ってたわよ」
「え、悠太、由紀にばらしたの?」
「あ、ちょっ――」
素で反応してしまった梓。その言葉を聞いてにやにやと僕を見る市原と誠太。やられた。完全に嵌められた。まさかこんな簡単なカマかけに梓が引っかかるなんて。まあよく考えれば僕もちょっと前に彼らにはめられた気がする。いや、違う。僕が勝手に自爆しただけだ。梓よりひどかった。
「ふーん、そっかそっかー」
「いや、これはね――」
「もういいよ梓、全部わかってるから」
「うぅ……」
梓は両手で顔を覆って呻き声を出している。心境的には僕も同じだ。
「こんな簡単に暴露できるなんて思わなかったよー。こういうのは案外弱いよね、梓」
「うぅ、ごめんね悠太」
「……まあバレちゃったならしょうがないか」
この二人相手に今更隠し通せるわけもない。それよりはある程度僕たちの関係を話していっそのこと学校生活でサポート役に回ってもらうほうがいいのかもしれない。
「じゃあ話すよ。実は僕たちは――」
☆
「へー、漫画みたいだな」
「ねー」
僕たちの話を聞き終えた二人は揃ってのんきな感想を漏らす。というか全く驚いていなかった。
「そういうわけだから、学校のみんなにばらさないのはもちろん、君たちには僕たちのサポート役に徹してもらいます」
「もしばらしたら?」
「死にます。僕が。罵詈雑言を浴びせられた後、ボロ雑巾の様に捨てられます」
「なにそれ楽しそう」
市原がぼそっと恐ろしいことを呟いていた。話したのは失敗だったかもしれない。
「まあ奢ってくれるっていうなら考えてやらんでもないかな」
「そうだね。あ、梓は払わなくていいからね」
「……喜んで奢らせていただきます」
人間の皮を被った悪魔との取引を終え、僕は彼らと安全保障条約を締結した。