密かな真相
「よし、もう近づいて来ても大丈夫じゃぞ!」
傷だらけのアーチェに、腰に巻いていた自身の上着を着せたファーストはそう言って、大きく溜息を吐いた。
そして、神宿たちが駆け寄る中で、アーチェは寝息を立てながらぐっすりと眠っていた。
それから数時間が経った頃。
空は夜空へと変わり、星空が天空を彩る中で、
「それにしても……お主も今回は相当無茶をしたもんじゃのう? なぁ、バルティナ?」
館、学園、そのどこでもない暗闇の空間。
魔法で召喚したイスに腰掛けるファーストは、冷たい瞳で目の前で跪く賢者ーーーーバルティナ見下ろしていた。
ボロボロの姿で変わりない彼女だが、意識だけはしっかりと取り止めている。
「も、もうし…わけ」
「まぁ、魔法使いなら上を目指して追求するのは当たり前じゃ。だからワシは何も、そんな事で怒ったりはせん」
ファーストが語る言葉に、バルティナの表情は一瞬安らいだ。
ーーーだが、
「じゃがな」
「っ!?!?!?」
その次の瞬間。
それは音もなく、一瞬にしてバルティナの首筋に向け、ファーストの持つ白刀の剣先先が突きつけられる。
そして、ファーストは冷淡な口調で口を開く。
「お主が怪我をさせた勇者候補の一人、トオルはワシのお気に入りでもあるのじゃよ? それがわかるか?」
「っぁ、ぁ」
「もし、仮にまた今回のように死ぬような目に合わせるような事があればーーーーーその時は、お主の身がどうなるか…わかっているんじゃろうな?」
それは警告だった。
今回は無事だった。
だが、次はない、というーーー
「後、どうやらお主の行いは自らの首を締めることになったようじゃな。先ほど勇者候補の一人、シグサカがお主との師弟関係を無効にしたいと言ってきたぞ?」
「……ッ」
「お主の事じゃから、根に持つじゃろうが。………お主は手を出すな。他の賢者らにあの小僧をつける。だからお主が干渉することは許さん」
頭を下げ、体を震わせるバルティナに対してファーストは言いつけるように言葉を伝える。
それはまさに大賢者として、威厳ある言葉使いでもあった。
……そして、ファーストは深く呆れ果てたように溜息を吐き、これで話を終えようとした。
その時だった。
「……わかりました…でも」
「む?」
「…そのかわりとしてっ! …一つ…お教え願いたいことがありますっ…」
「…………」
言える立場でないことぐらいわかっていた。
だが、それでも聞かずにはいられなかった。
ファーストが睨むように目を細める中、バルティナは怯えたような瞳で唇を動かしーー言った。
「ーーーーあのバケモノは何なんですか? 何故、あんなモノが賢者を……人の皮を被っているのですかッ!!」
ーーーバケモノ。
それはバルティナが惨敗したアーチェ。
ーーーいや、その内側に封印されていた、戦乙女ワルキューレに対してだ。
「ふむ。そう言えば、お主はアレを見たんじゃったな」
「ぁ、あんなモノがいること自体、おかしいことなんですっ! この世界にいてはいけない、それぐらい貴方様なら分かりきっているはずですッ!!」
この世界に生きるもの人間たちを選別し、そして、死を与え。
自我があり、その脅威を降ります化身。
ーーーー戦乙女ワルキューレ。
そんな脅威となる存在を今まで隠し続けていたファーストの、その意図がバルティナにはわからなかった。
だからこそ、彼女は大賢者ファーストに問いただしたかったのだ。
「ーーーーー何故、いるのか、じゃったな」
トン、と足をつくファーストに体を震わせるバルティナ。
そんな彼女に対して、ファーストはーーーーそっと笑った。
「何、面白そうじゃたーーーーからじゃよ」
「…なっ!?」
その思いもよらぬ返答に対し、バルティナが驚愕の表情を露わにさせる。
だが、そんな彼女の様子を気にすることなく、ファーストは話を続ける。
「何分、ワシと対等にやり合える者がいなくてじゃな。…まぁ、暇つぶしもかね、アレを引き取ることにしたんじゃよ」
「…そ、そんな」
「じゃが、何もただそれだけで引き取ったわけではない」
ファーストはゆっくりとした足取りでバルティナのもとに近づき、
「ーーーワシはアレを最後の要として、置いておる。ただそれだけなんじゃよ」
もう一つの真意をファーストは答えた。
賢者を圧倒的に倒せる存在。
それは言い換えるなら、例え何かしらの戦いで賢者が破れたとしても、保険として、戦乙女ワルキューレがいるという事になる。
ーーーー信じられない。
ーーーーー理解できない。
そう顔描いているかのように愕然とするバルティナ。
そんな彼女にファーストは笑いながら、
「じゃがもし、お主がワシの意を嫌うのであればーーーーーーーお主があれを殺せばいい。そのためなら、ワシはいつでもあの封印を解いてやろう。そして、また戦え」
勝機のない、提案を持ちかける。
勝てるわけがない。
そんなことぐらいわかっているはずなのに、あえてバルティナにそう言葉を送っているのだ。
「……ぁ…っ…」
あの時の恐怖が旋律に蘇る。
全身を震わせ、断るように頭を振るバルティナに、
「なんじゃ、つまらんやつじゃな」
ファーストはそう言って、深く溜息をつきーーーーー話はこれで終わりを迎えた。
ファーストは、縮こまるバルティナに別れの言葉を送る事なく、指をパチンと鳴らす。
その次の瞬間。
暗闇は吹き飛ぶように晴れ、ファーストがいたそこは魔法学園にある男子寮。
神宿の住む宿、その屋根の上に彼女は元々居座っていたのだ。
特殊な魔法によって、例えその者が目覚めていなくても、意識だけで会いに行く。
心の世界へと侵入するーーーー『ハートダイブ』
ファーストはこの魔法を使い、未だ目を覚ましていないバルティナの心に忍び込み、会話を続けていたのだった。
「……しかし、何故いるのか、か…」
気持ちの良い夜風が吹く中、ファーストはバルティナに言われた言葉を思い出す。
そして、彼女はかつてのーーーーーーーー戦乙女ワルキューレを封印した時の事を思い出していた。
「ふー! やっと大人しくなったのじゃ」
荒れ果てた大地の一角で、戦乙女ワルキューレを倒したファーストは片腕で冷や汗を拭い取る。
そして、倒れる戦乙女の体に自身の使い魔ーーーその一体を封印と共に一人の少女に植えつけた。
「《っ、あ!》」
本当なら、このまま消し飛ばしてしまってもよかったのだが、それをすると内部に溜まった神気が暴発し、下手をすればこの地一帯が吹き飛ぶ可能性があった。
だからこそ、封印し、無力化にしてから対処しようとファーストは考えていたのだ。
「……しかし、まさかこんな幼子にアレを宿らせるとは……神も酷いことをするもんじゃのう」
ファーストは白刀を動かし、その場に倒れる一人の少女ーーーアーチェの心臓に向け、その刀を突き刺そうとした。
だが、その時ーーーー
「死に…たくない……っ…」
虚ろな瞳で、少女はーーーーアーチェは確かにそう言葉を零したのだ。
自分がどういう状態にあるかすら理解できてはいないだろう。
しかし、それでも彼女は願った。
そして、その瞳には確かにーーー生きたい、という思いの光りが籠っていた。
「……はぁ」
頰を赤らめ、蒸し返した思い出に唸り声を上げるファースト。
それはまさにーーーーー情に負けた、のである。
バルティナに偉そうに言いつつ、実の真相はそんな簡単なものであったのだから…。
誰にも知られず、また一人抱え続けなくてはいけない、この気恥ずかしさに…、
「やれやれじゃ……」
大賢者ファーストは、大きな溜息を漏らすのであった。




