支えるモノ
大賢者と戦乙女。
互いに視線を交わせながら、そっと口を閉ざしたーーーーーーーーその次の瞬間。
ゴンゴンゴンドンッギンガンガンッドンッギギギィィィィィィィィィ!!!!!!!
その姿を忽然と消したと同時に、凄まじい戦闘音がその空間において破裂する。
そして、再び一瞬にしてその姿を現した二人は互いに持つ刀と槍を振るわせながら、鍔迫り合いのように鬩ぎ合う。
「ッ、なんじゃ! 偉く無遠慮に攻撃を仕掛けてくるじゃないか! 昔のお淑やかはどこにいったのじゃ!」
「《何を今更ーーーー貴女こそ、随分見ないうちに小さくなったのですね》」
「ふん!大きなお世話じゃ!」
槍を刀で突き放し、距離を取ったファーストは片手をかざす。
その直後。
『ブレット・エアイ!!』
宙に何重にも重ねられた魔法陣が展開され、同時に水槍の連射が戦乙女に向けて放たれた。
ーーーーだが、しかし、
「《ーーーゴンドゥル》」
戦乙女は再び武器を杖に変え、目に見えない攻撃を行う。
それは周囲にあるもの全てを吹き飛ばす、衝撃波に似たような攻撃だった。
再び戦乙女を中心に破壊が周囲に影響を及ぼし、そして、高速で向かってくる水槍は一瞬にして四散させながらファーストの元へと突き進んでいく。
その秒数はーーーーわずか1秒。
ーーーだが、
『レイブ・ホグメス』
攻撃と同時に大賢者は動いていた。
ニッ、と笑みを浮かばせるファーストは片手を地面につけ魔法を唱える。
その直後、彼女の目の前に水によって構成された巨人の手が姿を現し、目に見えない衝撃波を数秒受け止めた。
「《ーーー!》」
そして、生み出された、僅かな時間と巨人の手によって視界から隠れた大賢者の姿。
反撃を予期した戦乙女は、再び手に持つ武器を槍へと変えようとする。
だが、
『地に蓄えられし力よーーー楔となれ』
その声と同時に、地面から生えるように生み出された岩の薔薇が巻きつくように戦乙女の四肢を拘束した。
そして、戦乙女が瞳を見開く中で、
『火と水に篭りし力よーーーーー目前の敵を潰せ』
髪色を桜色にさせながら、片手に魔導書を持つファーストがそう攻撃を命じた、その次の瞬間。
戦乙女の至近距離に展開された二つの魔法陣から、高出力の火炎と爆水が放出される。
短い時間の中で大規模な戦闘が行われていた頃。
ファーストたちのいる部屋から少し離れた位置にあった空き部屋の中、
「トオル! トオル!!」
「ねぇ、ちょっと! ッ、しっかりしなさいよ!」
何度も呼びかけるように大きな声を上げるカルデラとカフォンの姿がそこにはあった。
そして、そんな彼女たちの目の前には、未だ目を覚まさず床に横たわる神宿の姿があり…。
少し離れた所には、あの場所で同じように倒れていたキャロットの姿や、遅れてテレポートされてきた全身ボロボロの賢者バルティナの姿もあった。
「…トオル」
そう小さく神宿の名を呟くカルデラは、今もなお彼の体に回復の魔法を掛け続けている。
だが、そんな彼女が見つめる中で、神宿の体からは微かな光が漏れ出し、全身を包み込み形で小さな傷を着実と治癒する様子が見て取れた。
その現象は自然治癒スキルによって起こされたものだが、その場に居合わせるカルデラとカフォンの二人は、それを大賢者ファーストが付与してくれた魔法であると誤解していた。
ーーーーしかし、そんな女神のスキルをもってしても、目に見えない疲労や火傷、その他の傷が激しいのか、未だ完治には至れずにいた。
ーーーーーーそんな中で、
「っ…ぅ」
その場に横たわっていたキャロットが、目を覚ました。
カルデラとカフォンがその声に反応し、共に神宿を守るように前に立ち警戒する中、キャロットは痛む体をなんとか動かし顔を上げる。
「…………っ、ここは…、私は…」
そして、視線をカルデラたち。
その後ろに倒れる神宿の姿を見た、その瞬間ーーーーーー
「っ!?!!!」
キャロットの心はドン底に落とされた。
見開いた瞳から涙が溢れ出し、呼吸は荒く、心臓が握り潰さるかのように苦しかった。
だが、それでも彼女は居ても立っても居られずに、その場所から神宿の元へと向かおうとした。
ーーーーだが、
「こないで!!」
「っ!?」
カルデラの叫びによって、動こうとしていたキャロットの手がピタリと止まった。
体を震わせながら狼狽えた表情を見せるキャロット。
そんな彼女を睨みつけるように、カルデラは目の端に涙を溜めながら唇を動かす。
「………貴女に何があって……どうしてこんな状況になっているのかなんて…私たちにはわからない」
「っ…ぁ」
「だけどッ……私はトオルをこんな目に合わせ貴女たちを許せないッ!! だから……トオルに近づかないで……ッ」
ーーーーー本当なら言いたいことが沢山あった。
だが、それ以上にカルデラは彼女を神宿の元へと近づけたくなかった。
ーー何も知らず、もしかしたら何か誤解があるのかもしれない。
しかし、それでも。
傷ついた神宿の姿を見たカルデラは……そう言わずにはいられなかったのだ。
そして、その場に沈黙が漂う中で……、
「ーーーーーめん、な、さぃ」
ーーーキャロットは、声を震わせ、小さな声でそう言葉を発した。
「っ、ひっく、ぐっ、ご、ごめんなさぃ…」
「……………」
「ごめんなさぃ、ッ、ごめん、なさぃ、ごめ、んな…さぃ…ッ」
カルデラとカフォンが目を見開きながら見つめる中、キャロットは何度も何度も泣きながら、その言葉を言い続けた。
体を縮こまらせ、全身を小刻みに震わせながら、謝り続けた。
ーーーーーなんの力も持たない、小さな女の子のように…。
「…すまないが、それぐらいで勘弁してあげてくれないか?」
その時。
突然と、その声が部屋の入り口から聞こえてきた。
カルデラたちが驚いた表情を浮かべ、そして、泣きじゃくるキャロットが弱々しく顔を上げる。
ーーーそして、視線を向けた先には…、
「…すまなかった、キャロット」
「っ、ぅ、シッ、シグサカっさま…ッ…!」
賢者バルティナに眠らされていたはずの少年。
もう一人の勇者候補。
シグサカの姿がそこにはあった。
そして、彼はゆっくりとキャロットの元へと近寄り、
「…僕が早く、あの人の企みに気づいてさえいれば…こんな事にはならなかっただろうに……本当にすまなかった」
「っ、ぁ、うぅ……ぅ、ああああああああああああああああああああーーっ!!」
そっと彼女を抱きしめるシグサカ。
そして、彼に支えられたキャロットは、心の縛りを解き放ったかのように、嗚咽をあげながらーーー泣き続けた。
責めるべき者ではないーーーー女の子のように、泣き続けた。
「……………」
その光景を見つめていたカルデラが、悔やむように小さく手を握りしめる。
その時、
「………っ、か、カル、デラ……?」
倒れていた神宿の口から、そう…彼女の名前が零れ落ちた。
「っ! と、トオル!」
「だ、大丈夫なの、ねぇ!」
カルデラとカフォンがそう声を掛ける中、神宿はその重い体を動かしながら、周囲を見渡す。
シグサカに抱き寄せられるキャロット。
カルデラとカフォン。
そして、未だ意識を取り戻さない、ボロボロの姿をした賢者バルティナ。
「…………」
遠くから聞こえてくる破壊音。
倒れた賢者の姿。
それらを見た神宿は、カルデラたちに向き直り、
「今……どういう状況になってる…?」
そう言葉で尋ねるのであった……。




