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不定するモノ





館内に漂う、重い沈黙。

パラパラと壁の破片が床に落ちる中で、



「ごめん、なさぃ、ごめん…なさぃ…ぅ」



涙を流し続けるキャロットは、目の前で倒れる少年に対してまるで呪文のように、何度も同じ言葉を言い続けていた。


元には戻らない現実から、逃げるように…



だが、その時。




「!?」




神宿の全身から微かに光が漏れ始め、それと同時に小さな魔法陣が展開される。

まるで路頭に迷ったかのように、彼の周囲をグルグルと回り始めた。


その次の瞬間。





「…ぁ、が…」

「ッ!?」



神宿の声が微かに聞こえてきた。

そして、その少年は震える手を床につけ、体を起き上がらせようとしていた。



それは自害阻止スキルと自然治癒スキルのおかげでもあった。


両方の持つ欠点もあって、先の攻撃を防げなかった。

だが、それでもそれら二つのスキルのおかげもあって神宿は即死を免れていたのだ。






キャロットは口元に手を当て驚きと同時に、生きていてくれた事に対して溢れんばかりの涙を流した。


だが、その一方で、





「……なるほどねぇ、それが貴方のスキルなのね」





賢者バルティナは神宿の姿を見つめ、口元に緩ませた。

そして、彼女はその光と魔法陣、それら二つを傍にする神宿を見定め、その正体を探る。



「一つのスキル……じゃないわね。少なくても二つのスキルを持っているようだけど」

「っ、て…てめ…ぇ」

「でもおかしいわよね? 勇者候補に与えられるスキルは一つ、そう昔から決まっているはずなのに……それなのに、貴方は二つもスキルを手にしている」



かつて昔から続いている古のシステム。

それとは例外に、二つのスキルを有している神宿 透という存在。



「….…いいわ。やっぱり、私は貴方が欲しい。ねぇ、今からでも遅くないから私の弟子になりなさい」


バルティナはそう優しげに言葉を吐く。

だが、それとは裏腹に、その瞳はまるで餌に飢える獣のように独占欲に支配されていた。


それほどに、神宿という素体を彼女は手に入れたかったのだ。





だが、その時。

同じように、床に倒れていたキャロットが声を絞り出すように言葉を吐く。



「バルティナ、さま…もう、やめて、くだ」

「あら、まだ意識が残っていたのね? …せっかく、封印を解いたっていうのに」

「ツ、はや、く…はやく、アレを封印してください! じゃないと、また」

「うるさいわね」


その声が目障りだった。

顔をしかめるバルティナは、再びキャロットに手のひらをかざした。

その直後。





「っあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーッ!!!」





キャロットの体に巻きついていた透明な鎖が、もう一つ砕け散った音と同時に、再び彼女の全身に激痛が突き走る。


悲鳴のような叫び声をあげるキャロット。

神宿は怒りの形相でバルティナを睨みつける。


「ッ! てめぇ…キャロットに、何しやがった!」

「何もやってないわ。呪いの類を掛けてるわけでもないし ……ただ、元々掛けていた枷をちょっとずつ外しているだけ」

「枷…?」

「ええ。…………この子わね。昔、体の中にバケモノを封印された、封印素体だったのよ」



バルティナは再び苦しむキャロットを見据えながら、言葉を続ける。



「シグサカが私の弟子になる。その約束で彼女を助け、封印も強固なものにした。それが私なの」

「…………」

「…それから私の眷属になるという条件で、長い時間ずっと枷を掛け続けてきた。…私にとってシグサカ以外いらなかったんだけれど、仕方なかったの。……だって、この子はシグサカのお気に入りだったのだから」

「…じゃ、ぁ、…なんで」

「でもね。ふと、私は思ったのよ」




バルティナは、楽しげに笑いながら言った。






「封印され続けていたバケモノは、一体何なのか、ってね。だって、実物で見た事なかったんだもの」

「!?」

「だから、この機に試してみたの。幸い、シグサカにはキツイ修行をさせて魔法で眠ってもらった。その隙に枷を解いて……一回見てみよう、って思ったの」






それはまさにーーーー実験だった。

シグサカの存在があって、出来なかった試験を試したかった。



ただ、それだけのためにバルティナはキャロットの封印を外していたのだ。





封印が解かれた際に起きる激痛など、気にもとめず。

泣き続ける少女など、目に求めない。


自身の欲のためなら何でも犠牲にする。




それがーーー賢者バルティナの本性だった。









神宿は言葉をなくした中、その場に倒れるキャロットを見つめる。



荒い息を吐き、全身を震わせ、枯れることのない涙と嗚咽を出し続ける少女。


そして……そんな彼女の口から漏れる…




「っ、た、たす…けて……」




祈りの言葉を…。










「ぐっ、ぁ!!!」


神宿は歯を噛み締めながら、未だ完治に至っていない体を起き上がらせた。

そして、いつ倒れてもおかしくない、ふらふらな状態の中で、神宿はその口を動かす。



「さっき…弟子に、なれ、って。言ったよな」

「ええ、それがどうかしたのかしら? もしかして、弟子になりた」



ーーーー神宿は、吐き捨てるように言葉を吐く。








「誰が、てめぇみたいなクソ野郎の弟子になるかよ」










それは、挑発だった。


「……はぁ、はぁ……俺の知ってる師匠ってやつは、そんな薄汚い手なんか使わない」

「……………」

「自分だけの欲を満たす為だけに………アイツはてめぇみたいに、誰かを利用しようだなんて思わない」



バルティナから放たれる眼光のような視線に対しても、身を引くことすらせず神宿は言葉を続け、





「仮に、てめぇみたいなクソ野郎の弟子になるぐらいなら、死んだ方がまだマシだッ!!」






神宿はその瞬間。

絶対に、バルティナの弟子になることを拒否したのだ。








完全なる不定。

その言葉を聞き終えたバルティナは息を吐き、



「そう、それじゃあ仕方がないわね」



冷たい瞳で、再びキャロットに手をかざす。

その瞬間。強烈な音に続き少女の悲鳴が再び再開される。

そして、同時にーーーー最後の枷が解き放たれてしまった。





「本当なら勇者候補を保護しなくてならないのだけれど」



少女の絶叫が聞こえる中、バルティナは口を動かし、



「まぁ、黙っていればいいでしょう」




そう言葉を終えた。

そして、





「……だけど、もしバケモノに遊ばれて、まだ原型が残っているようならーーーー私の玩具として使ってあげるわ」





その直後。

獣雄叫びと同時に、目には見えないバケモノの暴走が開始された……




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