怒り
今回は少し長いです!
そして、演出場での決闘が始まった。
体調が万全ではないカルデラは手のひらをかざし、魔法を唱えようとする。
だが、
「っ…!?」
あの臭いに何か細工があったのか、思考が安定せず魔法が不発してしまう。
そんな彼女に対し、口元をニヤつかせるカリオカは手のひらをかざし、
「ファイア!」
炎の魔法が彼女目掛け、放たれる。
「っ!?」
その攻撃は、これといって変わりのない初級の魔法だった。
ーーーーだが、何故かその炎にはスピードがなく、それはあまりにも遅く過ぎた。
「っ、そんなの!」
軽い相手だと思われ、舐められている。
そう感じ取ったカルデラは苛立ちを隠しつつ、直ぐ様体を動かし迫る魔法を回避しようとしーー
「……え…っ?」
その時。
カルデラは、その異変に気付いた。
それは、スロー再生をしているかのように、カルデラ自身、自分の動きが遅い事に気がついた。
まるで、目の前に着実と迫ってくる炎と同じように…。
そしてーーーーーー彼女の瞳が見開かれた中で、ゆっくりと近づいてくる炎は、
「っ!?」
回避も出来ない。
また、防ぐことも出来ない。
抵抗することさえ出来ずに、着弾した。
人のいない学園内。
神宿とキャロットは今、同じ廊下を共に走っていた。
というのも、神宿が未だ見つからないカルデラのことを相談した所、一緒に探しましょう、とキャロットは言ってくれたのだ。
しかしーーー
「くっそ! どこにもいねぇ!はぁ、はぁ…」
「学園内の外、という可能性はないのですか?」
「っ、いや、それはないってマーチェさん、あ、いや知り合いが言ってた。何でも学園外の門番をしてる人に聞いたらしいんだけど、誰も外に出た人はいなかったって」
「…そうですか。だとするなら、やはりこの学園内に」
「ああ」
長い時間探し続けてなお、見つからないカルデラに神宿の心配した表情を浮かばせる。
そんな彼に、キャロットはふと気になったことを尋ねた。
「そういえば、トオルさん」
「ん?」
「彼女の何か、所持品みたいなものは持ち合わせていないのですか?」
「え、何で…」
その質問の意味に、怪訝な表情を見せる神宿。
「いえ、ただ付き合ってるのですよね? カルデラさんと?」
は? と目を点にする神宿は、即座に不定するが、
「いや、付き合ってないけど、ってか何で今そんなことを」
「もし彼女の所持品が少しでもあれば、私の魔法で探し出せる、と私は今そう言っているんです」
「はぁ!?」
その予想外の言葉に思わず声を上げてしまう神宿。
だが、同時に彼はその言葉に対して、一つの心当たりを思い出す。
それは、以前。
寮の修理代と言って無理やり彼女から渡され、返すに返せずにいた一枚の手紙だった。
時間が経ち、夕暮れが夜空に入れ替わろうとした頃。
演出場で行われていた、それはーーー決闘とは呼べない、一方的な蹂躙だった。
「おい、どうした? まだ降参しないのかぁ?」
カリオカがそう言って手を伸ばした先には、傷つき倒れるカルデラの姿がある。
荒い息を吐き、体を起こすことさえできない彼女。
体の至る所には火傷のような跡があり、また衣服には血が滲み出ていた。
「か、カリオカ様、それ、以上はっ」
「うるせぇ!! 黙ってろ!!」
そのカリオカの目に余る行動には、流石の子分たちも制止しようと声を掛ける。
だか、そんな言葉ですら耳を貸さないほどにーーーーカリオカは勝利に飢えていた。
「どいつもこいつも、俺を舐めやがって」
それはこれまでの鬱憤によって引き起こされたもの。
思い通りにいかない。
その事に対し、カリオカは既に正常な判断すら取れずにいた。
「ほら、立てよ?」
「っぁ!」
無造作に髪を持ち上げられ、悲鳴をあげるカルデラ。
そんな彼女にカリオカは血走った瞳で笑みを浮かべ、
「なぁ、そろそろ降参しろよ? なぁ?」
「っ、ぅ」
「あ? 何だって?」
掠れた声を出すカルデラに、眉間をしかめるカリオカ。
その悪態的な行動は、決闘が始まる前から行われていた。
決闘する予定だったこの場所で、カリオカはまず特殊な魔法を使って、相手の感覚を麻痺させるガスを漂わせた。
当然自分たちは対策の魔法を講じていた。
そして、決闘か始まって直後に火の魔法をモロで喰らせ倒れた彼女に対し、カリオカは何度も何度も魔法を放ち続けたのだ。
学生の範疇を越えた、残虐なほどにーー
「どうした? 聞こえねぇよ」
「ぁ、っ」
「なぁ、今降参しとけ? 俺は寛大だからな。お前が俺にした数々の無礼は全部帳消しにして、お前を俺の女にしてやるよ? その体も地位も、全部ひっくるめて俺のもんにしてやる。だからなぁ? 負けとけよ?なぁ?」
既に満身創痍のカルデラに対し、カリオカはそう言い続けながら、更に痛めつけるように彼女の髪を引き上げる。
残忍な光景がその場で行われる中、手下たちでさえ、見るに耐えない光景がそこに広がっていた。
そうして、沈黙が続く中で、
「…ぁ」
ついに、彼女の口が動いた。
同時にカリオカの顔に満面の笑みが溢れ落ちーーーーーー
「だ、れがっ、ぃうもん…っで、すかぁ」
カルデラは、そう言って降参を拒否した。
茫然した表情を浮かべるカリオカ。
そんな彼に、彼女は負け惜しみの笑みを浮かべる。
次の瞬間。
「っ!! そぅかよおッ!!」
力任せに彼女を床に叩きつけたカリオカは
、既に立つ気力も見せない彼女に手のひらをかざす。
そして、
「だったら、もういい。潰れとけ」
手下たちが止めるよう叫ぶ中、既に抵抗する力さえ残っていないカルデラの顔に目掛け、その高熱と含めた炎の魔法をカリオカは放った。
迫る炎。
迫る熱。
虚ろな瞳の内で、それを見ていたカルデラは、脳裏にーーーー
(トオル…っ)
彼の顔が浮かばせた………、
ーーーその次の瞬間だった。
『ウォーター!《スプレット・バレット》!!』
眼前まで近づいていた炎を水の弾丸が一瞬で相殺する。
そして、カリオカの顔面を着弾した直後、それは弾け飛ぶように威力を広げ、彼の体を後方に吹き飛ばしたのだ。
「……っ…ぅ」
未だ状況が分からず言葉にすることもできないカルデラ。
だがその攻撃が飛んできた方向へと顔を振り向けた先で、
「…ぁ」
そこにはーーーー
「はぁ、はぁ、はぁっ」
荒い息を吐き、また驚愕と怒りを入り交ぜた表情を浮かべる神宿 透の姿があった。
そして、
「っ、と、トオルっ…」
その瞬間。
今まで弱音一つ吐かなかったカルデラが大粒の涙を流し、彼の名を呼ぶ。
「っ!」
神宿は急いで彼女の元に駆け寄り、またカリオカの子分を縛り上げていたキャロットもまた彼の後を追った。
「おい、大丈、ッ!?」
カルデラの容体を間近で見た神宿は言葉を詰まらせた。
そして、キャロットもまたその光景に息を詰まらせる。
それほどに、彼女の容体は酷いものだった。
打撲に加えて、数々の火傷の痕。
後遺症が残ってもおかしくないほどの重傷だった。
ーーーーーーーーそんな中で、
「っいてぇいてぇ!!! いてぇ!!!」
倒れていたカリオカが大声をあげ、体を起き上がらせる。
その顔は赤く、また鼻から血が流れ落ちている。
「この貧乏野郎ッ!!!よくも!よくも!! 俺の! 俺の顔にッ!!」
血走った目を見開き、怒りを露わにするカリオカ。
「っ!!」
そんなカリオカに対し、怒りを露わにさせたキャロットは立ち上がる。
そして、全身から驚異的な魔力を漂わせ始めた。
ーーーその時だった。
『リアルヒール』
神宿の言葉と共に、直後。
倒れていたカルデラの体が眩い光に包まれる。
そして、それは数秒にして彼女の体に残る火傷や熱、その他後遺症となるだろう怪我のほとんどが治癒されていく
「ぁあッ!?」
その光景に怒りをさらに強ませるカリオカ。
対するキャロットはその魔法を見つめ、
「まさか、これは…」
未だ見たことのない、オリジナル魔法だと、即座に見抜いていた。
「もう大丈夫だからな」
癒えていく彼女を見つめ、そう優しい言葉を投げ掛ける神宿。
そっと頭を撫で、カルデラは安心したように目を閉じ眠りについていった。
「…………」
カルデラが眠ったことを確かめた神宿は、そっとその場から立ち上がり、キャロットの隣に立つ。
そして、
「悪い。アンタには世話をかけたけど、ここは俺にやらせてくれ」
「…トオルさん」
そう言って、神宿は歩き出す。
今まさに、怒り狂ったカリオカのいる場所へと。
「テメェよくも!!」
「…………」
「俺は貴族だぞ! お前みたいな貧乏野郎が俺に手を出していいはずがないのに!! よくも俺の顔を!俺の顔をっー!!!」
言葉と共に炎の魔法を放つカリオカ。
至近距離での攻撃に対し、後ろにいたキャロットは声を上げようした。
だが、
『ウォーター』
神宿が水の魔法を唱えた直後。
その小さな水の塊が目の前に現れるも、一瞬にして弾け飛んでしまう。
しかし、その水飛沫が炎に触れた瞬間、炎の魔法は一瞬にして消失してしまった。
そして、
「なっ、何んてでがぁっ!?!?」
その光景に驚愕の表情を見せるカリオカ。
その顔を、眼前まで近づいた神宿は力一杯握り締めた拳で殴りつける。
バン!!と、潰れた声を上げ、床に音を立てて倒れるカリオカ。
そんな彼に対し、神宿は言った。
「決闘の続きをしようぜ? カルデラの分も含めて、俺がお前をぶっ飛ばしてやるよ」
神宿とカリオカ。
二人の決闘が、再び始まろうとしていた。




