◆モンスターとの遭遇
女神によって無理やり異世界へと転生させられた挙句、どこかもわからない森林奥地に置き去りにされてしまった神宿は今、
「…………」
その場に座り込みながら、悩んでいた。
というか、イライラしていた。
本来の展開であれば、女神が丁寧にも魔王を倒せ! だとか、気のままに生きていけ! などと言ってくれたのだろうに、
「あの女神……絶対女神じゃないだろ……っ」
神宿が対面した女神は本人の了承など無視して異世界へと転生させてくれたのである。
しかも、自主的にリタイヤ出来ないよう祝福という名の鎖スキルまでつけた上でだ。
「………」
ふつふつと怒りは込み上がるも再び女神と出会えるあてがない以上、この怒りはどこにもぶつけようがない。
ーーーーかくして、そんな不満が募るも解消するすべがない事を早くに悟った神宿は大きく溜息を吐き、
「……とりあえず、何か食べるものでも探すか」
グゥーと、遅れて鳴る腹の具合を見つめながら、食料を探すため森を探索し始めるのであった。
◆
しかし、死ぬことも出来なくても腹は空く。
しかも、それを後押しするように神宿が食料探しを始めてかれこれ一時間ほど森を彷徨ってみるも、一向にめぼしい食材が見つけられず、
(あー、もしかしたら餓死だったら死ねるかもしれないな……)
……等と、そんなこと諦めセリフを心の中で呟いていた。
だが、その時。
「ん?」
神宿はーーーー運悪くも、茂みの奥からノソノソと出て来たこの世界に生息する動物。
いや、モンスターである巨大なイノシシに遭遇してしまったのである。
そして、
「……っ!?」
モンスターに気づき、神宿が短い声を出してしまった。
ーーその次の瞬間。
「ーーーーがはッ!?」
それまさに、一瞬の出来事だった。
逃げる行動すら出来なかった。
何故なら、モンスターの素早い突進を回避することすら出来ず、神宿の体はそのまま直撃を受け後方に吹き飛ばされてしまったからだ。
そして、地面を何度もバウンドしながら崩れ落ちた神宿の体からは、激痛に加えて、バキバキ、といった不気味な音が鳴った。
口から血も吐き出された。
「っ、ぁっ…」
それは見るからに重傷に近い大怪我を負い、地面に力なく倒れる神宿。
しかし、そんな彼に追い打ちをかけるように再びモンスターが突進してくるのが見えた。
(ははっ……これ、死んだな…………)
今度こそ。
両嘴に生えたツノが間近に迫るのを見つめながら、神宿は自身の死を悟った。
しかし、ーーーーその次の瞬間、
『ギャフン!?』
「……え?」
短い悲鳴の後に、間近まで迫っていたモンスターのツノが、パキン!! と音を立てその場で砕け散ったのである。
そして、目前まで迫っていたモンスターの体は神宿に接触する手前で停止し、
『…………』
こめかみに大量の血を滲ませながら、バタン! とモンスターは地面に倒れてしまった。
「っ、何が…?」
目を瞬かせながら、神宿はゆっくりと顔を上げる。
すると、そこにはこの世界に来て初めて見たであろう薄緑色をした一つの魔法陣がモンスターと神宿の間を遮るようにして展開されいたのである。
そして、それはまるで主人である神宿を守る盾のようであり、
「……まさか」
モンスターと魔法陣、それらを見合わせた神宿はそこでやっと今起きた状況を理解することができた。
それは、目の前で倒れたモンスターは何も他からの攻撃を受け、倒れたわけではなく。
神宿も守るように展開された魔法陣に直撃して自滅した、ということに。
「….………」
目の前のモンスターが動かなくなったことを確かめ、神宿は興味本位で今も展開される魔法陣に触りたいと思い、もう一度体を動かそうとした。
だが、そこで神宿はもう一つの異変に気づいた。
「……え?」
それは、さっきまで全く動かせなかった体が何故かすんなりと動いたことについてだ。
しかも、重傷だったはずの体の傷が、ゆっくりとだが着実に自然治癒していくかのようにして治っていくのが見て取れた。
「これって……もしかして」
そして、神宿はそう小さく呟きながら、女神から授かったスキルを思い出す。
自害阻止スキル。
自然治癒スキル。
本来なら、使うつもりがなかったそれらのスキル。
だが、そのスキルたちにはオートで発動する特性が備え付けられていたらしく、
「………」
物凄くチートで便利だな、と神宿は思った。
だが、それと同時に彼は思った。
「でもアレだよ。……死にそうな手間で発動って、あの女神の意地悪さが出てるよな、ホント」
ーーーーこうして、異世界へとやってきて早々に神宿は初のモンスター討伐? を成し遂げるのであった。
そして、時間が経ち、陽が暮れ始めようとした頃。
「何とかモンスターは倒せたけど………これ、どうやって食べよう」
目の前で倒れたイノシシ型のモンスターを眺めながら、神宿は悩んでいた。
というのも、皮を剥いだりや血抜きをしたりなどして悪戦苦闘したすえ何とか肉の塊らしいものを取り出すことには成功したはいいが、流石に生の肉を食べるの気にはなれなかった。
しかし、生の肉を食べる習慣が日本になかったわけでもなく、
(……諦めて食うしかないないのか、やっぱり)
そう思いかけた、そんな時だった。
料理の定番を思い返していた神宿は、ふと疑問を抱きながら、
「……そういえば、この世界って魔法……使えるんだよな?」
死後の世界で、あの女神はこの世界についての情報を何一つも言ってはくれなかった。
まぁ、聞く気もなかったというのが事実なのだが……。
ただ、それでも女神から残されたあの手紙を読むかぎり、魔法といった特別な力はこの世界に存在している。
それなら、
「……よし」
神宿は物は試しにと、手のひらを何もない地面にかざしながら、
「ふ、ファイア……」
魔法初期の立ち位置である、定番の魔法を棒読みして唱えた。
そして、その次の瞬間。
ボォウ! と火の玉が手のひらから飛び出てきたのである。
「うわっ、火出た!?」
最初、声を上げながら喜ぶ神宿。
しかし、
「ぃッ!?」
その直ぐ後に神宿は焦った。
何故なら、火の玉がコロコロと転がりながら、草木の生えた方へと進んでいこうとしていたからである。
「って、わわ!? やばっ!? う、ウォーター!!ウォーター!!」
火も出るなら水も出せる。
水の玉を何度も出し、何とか火の玉を消すことに成功した神宿は安堵の溜息を漏らし、もう一度、自身の手のひらを見つめた。
火の魔法は使えた。
水の魔法も使えた。
「………」
これなら、何とか調理をする事は出来る。
そう確信した神宿は、今度こそ失敗しないようその場当たりを歩き、数本の木の枝を探し出した。
また探索の最中で都合良く、石で囲まれた一種の安全スペース的な場所も見つけ、
「さて、っと」
新しい拠点の前にて、運んできたモンスターの皮を剥ぎ、木の枝で火起こしながら、今回のメインディッシュでもある肉を焼いた。
そして、普段の生活では滅多に体験することのできない経験を踏みながら、
「もぐもぐっ、美味いな……これ」
こうして、神宿の異世界生活の一日目は幕を閉じるのであった。