偽り
神宿とミカナ。
勇者と聖女である二人は今、通路を抜け少し離れた場所にある人気の少ない学園の中央広場に足を訪れていた。
「全く、お前のせいで色々と大変な目にあったよ」
「…………」
近場の椅子に腰掛けながら諦めたような溜め息を吐きつつ、そう声を出す神宿。
そんな、どこか柔らかげな言葉に対してミカナは伏せていた顔を少し上げながら、
「…あ、あの」
「ん?」
「お、怒って……ないんですか?」
「怒ってるに決まってるだろ、普通」
「っ、ごめんなさい……」
神宿の返答に直ぐさま反省した様子でミカナは再び頭を下げた。
彼女自身も、まさか選定戦にまで事が大きくなるとは思っても見なかった。
だから、いくら責められても仕方がない、とミカナはそう思っていた。
だが、
「……まぁ、それついてはもう済んだ事だから、別にどうかしろなんて言わない」
「………」
神宿自身、もしここでミカナが開き直った態度に出たなら言葉に怒気を含めただろう。
だが、神宿が見つめる聖女、ミカナから感じる仕草や表情、その言葉からは、
「………それに、お前が単に人をからかうためだけに、あんな言葉を言ったとはどうしても思えないからな」
「………!?」
悪意を感じなかった。
もう一人の聖女であるミーティナのような油断ならない存在とも思えなかった。
それほどに、無垢に思えてならなかったのだ、
「…………」
……そして、これは何の根拠もない気のせいなのかもしれない。
だが、それでも神宿は目の前にいる彼女が、まるで無理やり仮面をつけられたかのような、ただのーーーーーどこにでもいる人間のように思えた。
ーーーだから、神宿は、
「……なぁ、お前って」
その顔を驚きに染める彼女に向けて、尋ねたのだ。
「本当に聖女なのか?」
それは、本来なら他の誰も問う事のない言葉だろう。
だが、それを神宿はミカナに対して投げかけた。
正式に場で聖女と証明されている彼女にとって、こんな質問をする方がおかしい事だ。
だがしかし、ミカナが以前、街でおかしな物体に追われていた事や、ついさっきまで聖女ならあまり興味を持たないであろう装飾品に目を輝かせていた事。
それらが、神宿にとっては彼が知る聖女とは少し、いや何かが違う違和感を感じて仕方がなかったのだ。
(まぁ、馬鹿な質問だよな……)
おかしな事を言った自覚はあった。
だから神宿は、どう返事を返されても仕方がないとまで思っていた。
だが、
「………どうして」
返答を待つ彼女の口から漏れ出た言葉は、
「貴方は……その言葉を言えるのですか…っ?」
疑問を積み重ねるような、言葉だった。
「………は?」
その返答に対して意味がわからず、そんな間の空いた声を出す神宿。
しかし、対するミカナは戸惑った表情を浮かばせた後、真剣な表情で神宿を見つめ、まるで意を決したように強く自身の手を握りしめながら口を動かした。
「あ、あの。今から………私が言う言葉を、聞いてもらえせんか?」
未だ状況がら飲み込めず、困惑する神宿。そんな彼に向けて、ミカナはその胸の内に込めた思いを、
「わ、私は…」
言葉にして、発したのだ。
「聖女に……なりたくないのです…っ」
『聖女になりたくない』
それは選定として選ばれたであろう者からは、決して出てはいけない言葉だった。
だが、彼女は、
「………お前、何言って」
「………やはり、貴方のそばにいる時だけは………呪いを発動しないのですね」
そんな事すら気にする事なく、不安な表情を浮かべたまま自身の胸に手を当て、何かを確かめていた。
そして、
「呪い…?」
今彼女から発せられたその言葉に対して、顔を険しくさせる神宿。
そんな彼にミカナはもう一度顔を向けながら、
「……ごめんなさい。貴方にとっては、私が何を言っているかわからないですよね」
「…………」
「……だから、今から貴方全てをお話します」
彼女は、誰にも話していない。
いや、話す事が出来なかった、胸の内を語り始めた。
それは、一人の少女がーーーーーー
「呪いの事や、どうして貴方にあんな事を言ってしまったのかについても。そしてーーーー何故、私が選定の聖女になってしまったについても…」
ーーーー偽りの聖女へと、なってしまった物語…。




