願いを叶えるために
挿絵と次回予告のタイトルを最後に載せたいと思ってます!
『この場で衣服を脱ぎ捨て、俺の奴隷である事をここに宣言しろ』
その言葉に、カフォンの表情は凍りついた。
胸の中心に穴を開けられたかのように、彼女の心に破滅の予兆となるヒビが入った。
だが、同時に彼女の心に。
……嫌だ。
そんな感情が微かに芽生えた。
しかし、
「できないのか? それじゃあ」
「ッ!? やめてッ!!」
この場において、カフォンに選択する余地など存在してはいなかった。
再び足を上げるギアンの姿に、叫び声を上げるカフォン。
そして、こちらを見据えるギアンに対し、カフォンはそっと頭を頷かせた。
「やります。だから…もぅ……」
「……そうか、そりゃあ良かった」
ギアンはそう言って笑みを浮かべる。
そして、今から始まる愉快なショーを見物するべく、そっとその足を地面に納めたのだった。
周囲の視線が集まる中で、カフォンは瞳に涙を溜め体を震わせていた。
それはまるで恐怖に怯えた子供のように…….だが、それでもやらなければいけなかった。
…だから。
カフォンはその震える指先を自身の衣服に掛け、
「っ…ぅ」
彼女は、一枚一枚と……怯えるようにして、その衣服を脱ぎ去っていく。
私服が剥がされたことによって、ベールを脱がされ露わとなる白い肌。
小さな胸元が露わになり、大胆にも太ももから足先もまた外気へと露見されていく。
ーーーーーーそして。
ついに上下の衣服は地面に脱ぎ捨てられ、白い下着のみの姿となったカフォンは瞼を伏せながら涙を流していた。
「………」
その姿からは既に貴族としての誇りはなく、ただ言われるがままの人形。
奴隷へ近づく、その一歩手前まで彼女の心は追い詰められていた。
ーーーーだが、
「下着もだ」
「っ」
「早くしろ」
ギアンはそれで終わりにはしなかった。
羞恥など関係ない。今ここで完全に奴隷でなれ、とそうギアンは命令したのだ。
激しくなる鼓動が彼女の逃げ場をなくしていく。
目を見開き動揺を露わにさせるカフォンは、荒い息を吐き、頭を被り振りたい、そんな気持ちにかられる。
だがーーーーーそれはできない。
何故なら今、この場で命令に逆らえば、今度こそ確実にギアンは神宿を殺す。
それがわかっていたからだ。
…だから、カフォンは、
「……ぅ、っぅ…」
泣き続けながら、小さく唇を噤んだ。
そして、自身の指先を下着に生地へと掛け……。
(なんだよ…これ…)
意識が朦朧とする中で目を覚ました神宿は、その時。
瞳に映る光景を見た。
それは、ギアンの命令によって、自身の衣服を脱ぎ捨てるカフォンの姿…。
神宿を助ける為に、彼女がその身を犠牲している姿…。
(ーーーーんな…)
そして、泣き続けるカフォンに向けて、更に言葉で追い詰めるギアンの姿を神宿は見てしまった。
(ーーーーざけんな)
そして、神宿はその直後に自覚する。
カフォンが何故そのような事をしているのか。
………それは、神宿を守るため。
自分の身を差し出し、神宿を助けようとしている。
その事に神宿は気づき、そしてーーーーー
(ッ!!ふぅざけんじゃねぇッ!!!!)
その次の瞬間。
神宿 透の怒りは頂点に達した。
それは沸騰した水のように、意識が呼応し眼を覚ます。
それは、カフォンがその身から下着を脱ぎ去ろうとした。
ーーーーーその時だった。
「……ゥィンドッ、ファイアッ」
「あ?」
「ボムッ!!!」
眠り掛けた意識を呼び起こし、痛みを噛み殺した神宿は地面に向けて魔法を放つ。
その直後。
ドォン!!!! という音と共に、神宿のいた地点が爆発した。
寸前の差で飛び離れたギアンは、多少の汚れはつくも無傷に近かい状態だった。
だが、
「ガ、ッ!?」
爆発の発信源たる神宿の体は、そうはいかなかったのである。
爆発によって吹き飛ばされた神宿の体が地面を転がり続け、カフォンの目の前。
結界の端に直撃する。
そして、結界の表面には、べっとりとした血がこびりついた。
「と、トオル!!」
カフォンはその身を気にせず、その場から走り出し神宿の元へと向かおうとした。
ーーーーーだが、
「…お前、何やってんだよ!!」
その怒鳴り声によって、彼女の動きは直後に抑制されてしまう。
神宿は荒い息を吐き、震える体を起き上がらせ、カフォンに振り返りながら声を荒げる。
それは、彼女の身を案じたからこその言葉だった。
「こんな事して…ッ! お前がどう目に合うのかわかって」
だが、
「わかってるわよ!!」
その時。初めてカフォンは神宿の言葉を反発した。
目を一杯の涙を溜め、それでも歯を噛み締めながらカフォンは口を開き、
「もう、私は貴族として……人としていられなくなる…そんな事ぐらい、わかってるわよ…」
「なら」
「だけど!!」
神宿の言葉がどれだけ正論だったとしても。
カフォンは、もうーーーーーー
「それでもっ、私はもう! 大切なものを失いたくないのっ!! 誰かが犠牲になるぐらいなら、私は自分の身なんてどうでもいいのっ!!!」
失いたくなかった。
大切なものを。自分のことを大切にしてくれた人たちを。
例え自分の身がボロボロになったとして、それで皆が助かるなら、それでも構わない。
そう、カフォンは願ったのだ。
だから、
「だから、お願い……だからっ、もぅ、棄権して…」
「…………」
「私なんかのために、傷つかないで…っ、お願いだからッ!!!」
カフォンは神宿に負けることを願った。
もうこんな自分のために、何もしないでと、そう彼女は言ったのだ。
そして、それがカフォンが選んだ終局だった。
ーーーーーーーだが、
「お前、今の言葉を…本当に他の奴に言えるのか?」
その言葉によって、伏せられていたカフォンの顔が持ち上げられる。
……そして、視線を向けた。その先で、
「自分が犠牲になるなんて……そんな言葉をッ、お前を助けるために戦ったカルデラや、お前の事を一番に考えてくれてる、使用人たち……ラフリサに向かって、本気でそんなふざけた言葉を言えるのかッて聞いてんだよッ!!」
神宿が怒りの形相で、そう言葉を吐き捨てていた。
それは今まで見てきた中で初めて見た、それほどに神宿の怒りは本物だった。
「アイツらがお前が奴隷になった姿を見て、本気で感謝するなんて、お前本当にそう思ってんのか!!」
「ッ、だったらどうすればいいのよ!! 私が犠牲になればッ!! みんなが救われる!だから!」
自分の身を差し出す。
それを前提としてカフォンは言葉を言おうとした。
だが、
「誰も救われねぇだろうがッ!!!」
その瞬間。
カフォンの表情が揺らいだ。
それは、偽りの仮面にヒビが入るように、
「使用人たちが助かる? 俺やカルデラが助かる? ふざけんじゃねぇ!! 何も救われちゃいねぇ、お前が勝手にそう思い込んでるだけでッ、その答えじゃお前も含めた誰一人、幸せになんてなれねぇんだよ!!!」
神宿は、その真実をカフォンに伝えた。
それが、本当の真実だと、
「…ッ、だったら!! 」
しかし、それでも。
カフォンは……そんな甘い幻想にすがるしか出来なかった。
そうする事でしか、偽りの仮面を守ることが出来なかったからだ。
「だったら……どうすればよかったのよッ!!!」
逃げ場のない道を歩くことしかカフォンには出来なかった。
例え、それが誤った道であるとわかっていても。
それしか、カフォンには取る答えが見つけられなかったからだ。
だから……それを彼女は選んだのだ…。
今更、間違いだと言われても直す術がない。
だから……彼女は苦しんだのだ…。
答えのない。
その道を歩き続けるしか……。
「ーーーーーーーだったら、俺を信じろよ」
「ッ!?」
こんな無様な姿を見せておいて、よく言えた口だとは、神宿自身が一番に分かりきっていた。
だが、それでも、
「俺がアイツをぶっ飛ばして、お前を助ける。ーーーーー俺が勝つ事を、信じろよ」
「………」
「何の望みもない、あんな奴に願いを掛けるぐらいなら、俺にッ、望みを託せよ!」
彼女の思いを、彼女の運命を、そして、彼女のこれからの未来を助ける。
そのために、
「俺が絶対にお前を助けてやる!! だから、お前が本当に望んでいる事を、本当の願いを今ここで言えッ!!!」
神宿は、その言葉をぶつけたのだ。
…誰かに助けられることはないと、ずっとそう思っていた。
大切なひとを失い、大切な友に見限られた。
…だからずっと、この想いは己自身で叶えるしかないと、そう、ずっと思っていた。
だけど、
「………す……て」
それでも、
「……すけ…てぇ」
願っていいのかすら、わからない。
ただ、それでも、カフォンは…
「…私を……」
「………」
「私を……助けてぇ…トオル…っ」
今この時だけ、彼女は願ってしまった。
ボロボロの傷だらけである、一人の少年に……、
ーーーーーそして、その少年は、
「ああ……任せろ」
そう答えを、返してくれた……。
次回ーーーー『カスタムチェイン』




