通知書
あの校舎裏での一件の後、急ぎ足で神宿の後を追うカルデラ。
だが、この時。カルデラはそんな彼とは一度も言葉を交わすことはなかった。
その怒りを露わにさせた彼の後ろ姿を、ただただ見つめるだけで…、
「………」
カルデラは何も、声をかけることさえできなかった…。
あんな一件があったにも関わらず、何も起きることはなく時間が経ち、授業を終え男子寮に帰宅した神宿とカルデラ。
しかし、帰った先で、一通の手紙がこの男子寮に送られてきていた事をアーチェが耳にした。
そして、神宿とアーチェ、カルデラが集まる中、その手紙を開くとーーーーーそこには、ある一文が書き記されていた。
『二日後。学園において二試合による決闘を執り行う。魔法具および武器の使用は許可とし、敗者は勝者の所有物となる。ただし、賢者などの参加は認めない』
それは正式な形で出された決闘の通知書だった。
そして、同時に先手の防ぐかのように、アーチェやファーストの参加を禁止する内容が書き記されていたのである。
だが、それより先に神宿が気になったのは、二試合という言葉だった。
一つの試合ならギアンと神宿という流れになる。
だが、残りの一試合。
それに含まれた者といえば、
「カフォンのことか……」
今も熱でうなされ続けているカフォンのことだ。
しかし、現状において今の彼女は試合に出れる状態ではない。
無理に出ろとなど、言えるわけもない。
「………」
……だが、それを口実に奴らがまた何を言ってくるかもわからない。
手紙を握りし潰し、神宿が明らかな苛立ちを顔に表す。
ーーーーそんな時だった。
「私が出ます」
ーーーーーその言葉を口にしたのは、他でもないカルデラだった。
隣にいたアーチェが驚いた表情を見せる一方で、神宿もまた同じように驚いた表情を見せた。
だが、そんな彼の表情は再び苦悩に染められ、神宿は重々しい様子で口を開く。
「…お前、わかってるのか? 決闘は」
「…わかってる。……前の事もあったから」
そう答えるカルデラの脳裏に、数ヶ月前に起きた貴族カリオカとの決闘をした記憶が呼び起こされる。
決闘という名の裏で、汚い手を使われ酷く痛めつけられた経験が今も彼女の心に傷を残していた。
そして、それが証拠に彼女の手は微かに震えていた。
「……だったら」
神宿はそんな彼女の様子を確かめ、言葉を続けようする。
ーーーーだが、それでも。
カルデラは震える手に力を込め、声を振り絞りながら思いのうちを吐き出す。
「でも、……それでもこのままジッとなんかしてられない…カフォンさんのためにも、私だって何かしてあげたいんです!」
「………」
「…確かに、今だってまだ怖い気持ちはあります。でも、トオルがカフォンさんの事を思って怒っているように……私だって、トオルと同じ気持ちなんです…」
「………」
「だから………だから、なんでも一人で解決しようとしないでください……」
今朝の出来事を思い出しながら、カルデラはそう言って小さく唇を紡いでしまう。
そして、その一方で、カフォンに言ったことをそのまま跳ね返すように言われてしまった神宿は、さっきまであった苛立ちが溶けるよう落ち着いていき、
「…………」
「…………」
その場に一種の静寂が落ちていく。
と、そんな中で、
「大丈夫だよー? トオルくんー?」
そう言ってカルデラの肩に手を置くアーチェは微笑みながら口を動かし、
「後一日あるんだよー? その間にカルデラちゃんの事はこの私がびっしりと鍛えておくからー?」
「アーチェさん…」
その言葉に心の底から感謝するカルデラ。
だが、その一方で神宿は言った。
「…言っとくけど、師匠が笑顔の時は大抵ろくでもない修行になるからな」
「え!?」
「それじゃあ、行こうかなー?」
「ちょ、あ、アーチェさん!?」
ずるずると連れられていくカルデラを見送りながら神宿は愛想笑いを浮かべるのでああった。
だが、その笑みの裏側で、神宿は未だ解決できない大きな問題を抱え込んでいた。
アーチェの指導の元、短い期間ではあるが賢者つきのカルデラの修行が始まった中、神宿は気持ちを切り替えるべく、一人外に出ながら考え込んでいた。
「………はぁ」
二日後の決闘において。
アーチェの修行の元なら、カルデラの実力も少なからず向上するだろう。
しかし、一番の問題となるのは神宿自身だった。
それは初期魔法しか使えないというデメリットについてだ。
たとえ相手の攻撃を女神のスキルで防げたとしても、いざ攻撃するとした際、圧倒的に力が足りていない。
アップチェインをしたとしても、それを上回る防壁を張られれで、そこで神宿の手は積んでしまうのだ。
数日前のアーチェとの戦いで一つのきっかけは手に入れたおかげもあって、一つの策はある。
(だけど、それがどこまで通用するかもわからない……)
考えれば考えるほどに思考がまとまらない。
神宿が解決できない問題に苦悩する中、次第に外では陽が暮れ始めようとしていた。
ーーーーしかし、そんな時のことだった。
「あの…すみません…」
当然と背後から女性の声が神宿に掛けられた。
神宿が驚きながら後ろに振り返る。
すると、そこには、
「………アンタ…は…」
学生服とは違う、使用人らしきメイド衣装に身を包んだ一人の女性が立っていた。
そして、彼女は辛い表情のまま頭を下げ、
「…私はカフォン様に使える使用人。その代表でここで来ました、ラフリサというものです」
そう神宿に挨拶を交わすのであった。




