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悪夢




ーーーそこは、暗闇だった。

誰もいない、音のない空間。そんな中で、一人の少女。



カフォンは一人。

その場に漂うようにして、孤立していた。




「誰も、いないの…」




周囲を見渡し、声を上げたりもした。


だけど、誰もいない。


誰も答えてくれない。


カフォンは一人、縮こまるように両膝を抱えるしか出来なかった。

ーーーーだが、そんな時だ。



ポン、と肩に誰かの手が乗せられた。

カフォンは顔を上げ、直ぐ様顔を振り返らせた。

誰かがいた。

それだけで彼女にとっては何よりも嬉しいことだった。


ーーーーーだが、そこに、






『よう、カフォン』







凶悪な笑みを浮かばせる男。

ギアンの顔がーーーーそこはあったのである。













「嫌ぁぁぁーーっ!!!」




大きな悲鳴を上げながら飛び起きたカフォン。

荒い息を吐く彼女が辺りを見渡すと、そこは彼女の知る男子寮の一室だった。




あの後、学園の保健室でやっと目を覚ましたカフォンだったが、その顔色は未だ不調を露わにしていた。

そして、そんな彼女の身を案じてアーチェがテレポートで彼女たちをこの男子寮へと運んでくれたのだが、着いた早々にカフォンは再び気を失ってしまったのである。





そうして、今やっと目が覚めた時。

時刻は既に深夜をまわっており、部屋は暗く、物静かな空気で満ちていた。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁッ…」



悪夢にうなされ、逃げるように目を覚まさたちカフォンは大量の汗をかきながら、自身の震える手をジッと見つめることしか出来ずにいた。










喉を潤すため、部屋から出てリビングへとやって来たカフォン。

すると、そこには、



「ん、カフォンか?」



ちょうど今しがた一人修行を終えたであろう神宿が、カフォンと同じように水を飲みにリビングへとやってきた所だった。










話がある。

そう言葉を切り出した神宿は、カフォンを連れ男子寮の外。

涼しげな風が吹く、見晴らしのいい岩場の上の並んで座っていた。


「…………」


そして、顔を伏せ黙り込むカフォンに対し、神宿は気遣うような口調で話を始めた。



「ファーストから、アイツの事は聞いた。…その、お前の、家の事も」

「……そう」

「…俺は貴族でもなんでもない、ここでいうただの平民的な立場なんだろうけど…。なぁ、カフォン。本当に、誰にも相談することが出来なかったのか? お前の事を大事に思っていてくれた人たちだって沢山」

「わかってる…」


神宿が言った言葉の裏には、彼女の身を案じていた使い人たちの事が含まれていた。

神宿は、一人で背負いこむな、とそう言ってくれている事も十分に理解する事が出来ていた。



…だけど、



「それでも、私は貴族の娘だもの…。彼らたちにとって、私がみんなを守る…最後の砦なの…」

「…………」


それはカフォンの父がそうであったように。

カフォンには彼らを守るーーー義務があった。


いや、それ以上に今まで慕ってくれた彼らを見捨てる事が、彼女には出来なかった。





そして、残された時間が少なくなる中。

覆せない現実が迫る中で、カフォンは自分を責め、


「だから、私がやらなくちゃダメなの…」

「…ォン」

「私が何がなんでも守らなくちゃダメなの…」

「…フォン」



そして、




「私が…アイツの言葉にのれば」




その言葉を言おうとした、その時だった。





「カフォン!!」





大きな声と同時に、肩を強く掴まれた。

それは夢で見た、あの時と同じようにーーーー。



その瞬間。

カフォンの顔は再び恐怖に満ちたり、怯えた様子で顔を動かした。



だが、そこにはーー





「いい加減……自分に嘘をつき続けるのは止めろ」




あの夢のように凶悪な笑みを浮かべるギアンではない。

ーーーーカフォンの身を強く心配してくれる神宿の顔が、そこにはあったのだ。





そして、彼女の真意を受け止め、あえてその言葉を言ってくれた、彼がいた。



「……って」



ーーーーーそれは、彼女にとって、一に嫌いな言葉だった。


何故なら、今までの自分の行いを全て、否定する言葉だったからだ。



ーーーーーしかし。それでも、




「……だって」




大切な友達だと思っていた友人を失った彼女にとって、その言葉はまるでひび割れた隙間に入り込む水のように…。



「だって…ッ!」



カフォンの心に強く、入り込んでいったのである。



そして、カフォンは歯嚙みと同時に神宿の胸にしがみつき、滲み出る涙を零しながら、その想いの内を吐き出した。




「だって! もう…私しかいないのよ!! もうお父さんもお母さんもいないっ!! 同じ貴族だった人たちもみんな離れていった、もう…誰にも頼る事なんて出来なかったのよ!!」

「………」

「私の身を案じてくれたみんなはいた!! 執事やメイド、みんな私たちの事は気にせず自分の事だけを考えてくださいって、みんなが言った! だけど!! そんなのできるわけがないじゃない!! 今までこんな私に仕えてくれていた、そんなみんなを見捨てれるわけがないじゃない!!! みんなが不幸になってるのにッ、私だけが幸せになれるわけがないじゃないッ!!!」



重石によって封じ込められていった思いが溢れ出す。

怒りと悲しみ、そして、彼女の本心までもが抜け出していく。



「……こんなことになるなんて、思わなかった! お父さんとお母さん、それにみんなと、これからも平和に一緒に暮らしていけるって、思ってた! だけど!…そんなの夢だった。……そんなの、ただの幻想だった!!」

「…………」

「だけど、もう嘆いてばかりじゃいられなかった…泣いてばかりじゃいられなかった…! 私がみんなを守らないといけなかった!! お父さんとお母さんが守ってきたものを、私がみんな背負わないといけなかった!!」

「…………」



カフォンは大人ではなかった。

貴族としての立ち振る舞い、それら全てが偽りだった。



そうして仮面をつけていくことでしか、彼女は本心を隠すことができなかったのである。



そして、今…その偽りの仮面がとれたからこそーーーーー





「……怖いよ…怖いよっ」

「…………」

「もう…一人は嫌なの……もう、あんな辛い思いをするのは…嫌なの…」

「……ああ」

「……だから………助けてっ……助けて…よ……っ……」



縋り付くように言葉を吐露するカフォン。


そうして、またこと切れたように彼女は涙を流しながら眠りについていくのであった。






神宿はそんな幼げな顔立ちを残すカフォンを見つめ、その小さな頭に手を乗せながら、


「……ああ、わかってるさ」


……そう言葉を言った。






そして、神宿とカフォン。

二人の会話を物陰から隠れて聞いていたカルデラは静かに息を吐きながら、一人夜空を見上げるのであった。




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