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幕話 ◆アーチェ





神宿 透がアーチェの弟子となり、それなりの月日が経った。

その間、育ち盛りな年頃だった事あり、少し身長が伸びたりした事もあったが、


「はい、それじゃあ今日の修行はおしまい」

「はぁーーっ、疲れた……っ」


正式な弟子となってまだ日も浅く、魔法を使うのにもまだ慣れていない。

だから魔法の修行も身長ほどに成長することもなく、いつも通りの、地道な修行でバテバテな毎日を過ごしていた。

そして、そんな幼き教え子を可愛がるようなにアーチェは微笑みながらそんな彼を見守っていた。

ーーーーそう、アーチェは瞳をひっそりと細めながら、


「…………」



ーーこの家から遠く離れた樹木の幹。その上でしゃがみ込みながら、こちらを監視をする者を認識していた。







午前午後の修行が終わり、食卓に神宿が作った夕食が並べられる。

そんな時、本を片手に読書をしていたアーチェがそっと口を開いた。


「あ、そうだ。トオルくん?」

「ん?」

「今日なんだけど、私ちょっと用事で外に出ていかないといけないの。だから、戸締まりとかしっかりしててね」


具材を口に放り込みながら、もぐもぐと咀嚼する神宿は、夜に用事? とそんなアーチェの言葉に一人首を傾げていた。

というのも、これまでの生活の中でアーチェがこんな夜遅くに出て行く事など今まで一度もなかったからだ。


だから神宿は、それなりに心配した、のだが、


「本当に、こんな夜中に行くのかよ?」

「うん。って、あれ? もしかして、トオルくん私の事心配してくれてる?」

「っ!?」


そんな彼の心境を直さま察知したアーチェは神宿に対して、にやけ顔を浮かべてきた。

直後、カァーと体が熱くなり神宿は照れを隠そうと慌てて声を出す。

だが、


「っば、違うからな!」

「はいはい、そうですねー? ふふっ、ありがとうね、トオルくん」

「っ〜〜!!」


結局その後もアーチェにからかわれる、神宿なのであった。





そして、それから一時間してアーチェは魔法使いの衣装へと服装を変え、行ってきまーす! と大きな声を上げながら家を出て行った。


神宿は未だからかわれた事を根に持ちながらと、森奥へと離れて行く彼女の後ろ姿を見送った。

そして、出る前に言われた通り家の戸締りを確認し終え、帰りを待つつもりでテーブル前の椅子に腰掛けていたのだが、


「…………」



修行の疲れもあって、神宿はそのままテーブルに体を預ける形で眠りについてしまうのであった。







時間が経つに連れて暗闇を増す森林。

そして、そんな暗闇の中、


「…………」



神宿が一人眠るアーチェの家。その周りを囲うようにして配置につく者たちの姿がそこにはあった。


ーーーーその者たちは、武装した数十人の男たち。

おもに依頼を受け、モンスターなどの討伐に力をそそぐ冒険者たちだ。

そして、そんな集団の中でリーダー格らしき顎髭を生やした男は側につく仲間に声を掛ける。


「ここであっているのか?」

「はい」


潜めた声でそう答えた仲間の男に対し、そうか、とリーダー格の男は言葉を吐きながら、慎重な様子で目の前のターゲットを見据えた。

そして、男はその脳裏の中で、この場所に来る数時間前のことを思い出す。


ここから遠く離れた街で、同業者でもある一人の冒険者の男から出された依頼のことを。




その依頼は神宿がアーチェの弟子になる前、彼を追いかけていた三人の冒険者たち。

その中の一人の男が出したものだった。

そして、その依頼として発行された依頼書には『冒険者一人では解決できない、数多く集まった仲間が必要になる』と書き記され、その討伐対象の欄には、



『森に潜伏する、人間に化けた魔族の討伐』



という文がしっかり記されていた。




三人組の男の中で、今回の依頼を出した一人の男は魔族に強い恨みを持っていた。

そして、他二人がある理由で諦めたにも関わらず、その男は神宿を魔族と思い込み、見離そうとはしなかったのだ。

それほどに男は魔族を恨みーーーー確実に殺すことを心に誓っていた。


ーーーー街に微かに流れた噂すら、耳をかさずに。



そして、その男と同様に依頼とその達成報酬。

その額に目が絡んだ冒険者たちは、本当の事実すら気づかずその依頼を受けてしまったのだ。


ーーーー神宿 透が人間であるとも知らずに……。





静けさが増す中、周囲の状況を確かめつつリーダー格の男は声を出す。


「……気を抜くなよ」


既にここに集められた冒険者たちが決められた配置についている。

後はリーダーが開始の一声を出せば、仲間たちが家に突入して魔族を倒す。

支障のない完璧な計画のはずだった。

だが、


「…………」



その完璧な状況の中にいるはずなのに、リーダー格の男には一つの疑念が心を揺さぶっていた。



というのも、実のところ今回の出された依頼は発行されてから、もうかなりの期間が経っていたのだ。

そして、その依頼には数多くの冒険者が足を運んでいた事もリーダー格の男の耳には入っていた。


しかし、そんな数多くの冒険者たちに狙われていたにも関わらずーーーー何故討伐達成の報告が上がらなかった?


いや、そもそも、魔族が討伐対象であるならば、自分たちのような小物ではなく、もっと上の冒険者が出てきてもおかしくなかったのではないか?


ーーーーそう、リーダー格の男はここにくるまでの間、ずっと考え続けていた。

しかし、そんな考えにふけながらも、ターゲットはもう目前にいる。

今回の討伐を達成すれば、大金が手に入る。

それなら、


(…….ちっ、今頃怖気ついてどうする)


この状況に何ら不足もない。

だから男はそう自信に言い聞かせ、最後の戸惑いを捨てた。


そして、魔族を殺して大金を得るべく、開始の合図を口に出そうとした。


だが、そんな時。

ふと近くの茂みに隠れていた仲間の冒険者二人の会話が聞こえてきたのだ。


「そういえば、例の魔法使いは今あの家を空けているそうですね」

「はッ、なら好都合じゃねぇか」


魔法使いーーーーその名はアーチェ。

魔族が出没する危険な森林地に住む魔法使いであり、また特別な地位に立つ者だと噂される存在でもある。



だが、その噂に対して依頼主の男はその事に全く気にも止めてはいなかった。

そして、それ同様にここに集まる冒険者たちもその事を気にも止めてはいなかったのだ。



しかし、今から数時間前。

リーダー格の男たちが依頼を受け取り、その足で街を出ようとした時、


『待て』


街の出入り口である大門側に、普段なら中々姿を見せようしない歴戦を持つギルド長、オベリスがそこに立っていたのだ。

そして、リーダー格の男に向けて、


『アレには手を出すな。……アレは、俺たちのような小物が決して関わってはならない存在だ』


そう言葉を言い残し、オベリスはそのまま街の中へと去って行った。


冒険者の中でもかなりの歴戦の記録を持つギルド長。その男がわざわざ忠告をしくる。

本来ならそこで正気を取り戻し、冒険者たちは足を止めるべきだった。

しかし、



「……まぁ、魔法使いがいたって関係ねぇ。何たって、あのガキを殺せば大金が入るんだからなぁ」

「そうですよね。ああ、はは、そうだそうだ」



リーダー格の男と同様に、そんな彼らもまた報酬に目が絡んでいた。

そして、正常な選択を取ることが出来なくなっていた。

だから、誰一人最後まで迷いはしなかった。

そしてーーーーーー気づきもしなかった。


リーダー格の男は、周囲の危険がない事を確かめながら、




「よし…………それじゃあお前ら、あのガキを殺せ」





ーーーーその言葉を告げた、その先に待つものを。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆





「ねぇ、それ――――――本気で言ってるの?」





◆◆◆◆◆◆



リーダー格の男が言葉を発した、その時。

その声が聞こえてきたーーーーその直後だった。


ドッ!!! という強烈な殺気がその場一帯を一瞬にして支配した。

それはこの場にいないはずの一人の女が発した、たった一言によって引き起こされた威圧だった。




「…な……な」


リーダー格の男が全身から滝のような汗を流しながらゆっくりと後ろに振り返る。

何故なら、聞こえてきたその声は自身の背後から発せられたものだったからだ。


そして、震えた視界の中、男はそこでやっと、さっきまで誰もいなかったはずのそこに一人の魔法使いの女が立っている事を目視した。

三角帽子を前に寄せ、顔が見えない女。

だが、




「っ、がっ、はっ、はあ、はあ、はあッ!!?!?」




まるですぐ間近に巨大なモンスターがいるかのように、その恐怖によって皆が言葉一つ碌に喋れない状態に陥っていた。

だが、そんな彼らにアーチェはゆっくりと顔を上げ、笑みを見せながら言葉を吐く。



ーーーーいつもの神宿と話すような能天気な甘い空気はない、冷たい声で。



「ちょっと時間が掛かり過ぎちゃったけど、何とか間に合ったよ。後、貴方たちの依頼はもうすでにキャンセルされてるから、トオルくんを殺したところで報酬は出ないよ?」

「っ!!?!」

「何でって、顔してる? ふふっ……そんなの今の貴方たちなら分かり切ってることだよね?」



アーチェが語る冒険者にとって、依頼がキャンセルされる時。

それはーーーー




「依頼主自らがキャンセルした時、もしくはーーーー依頼主が死んだ時、ぐらいだって」





その瞬間。

その場の殺気が更により重たいものにへと変質する。

それはまるで呪いのように、冒険者たちの体から生きるための気力を奪っていく。

そして、その場にいた誰もが同じ事を思った。




ーーーーこの女に……殺される、と。




だが、



「大丈夫だよ? 私は貴方たちを殺さない」

「へ……」

「そ、それじゃあ、俺たちは」

「や、やった…」



アーチェが見せた笑みと言葉に、一瞬の生存を感じた冒険者たち。

ーーーーしかし、それは、




「そう――――私は、ね」




一瞬のような、甘い夢だった。

アーチェの言葉に誘われるように、冒険者の周りに続々とこの森に生息する多種多様のモンスターたちが集まってくる。

その上、その瞳を赤く光らせ、モンスターたちはその身に狂気を纏わせていた。


そして、冒険者の声も虚しく、



「さぁ、いって」



アーチェの言葉と共に。

ーーーーその場に、たくさんの悲鳴が飛び交った。






次々とモンスターたちに襲われ、死んでいく仲間たち。


「っ、た!? ! っ!?!!」


リーダー格の男は涙で溢れかえった瞳を振り向かせ、アーチェの命乞いを訴えかける。

しかし、


「だーめ。 だって、貴方たちが生きてたらーーーーーーまたトオルくんを狙われるかもしれないでしょ?」

「ッ!?!?!?!?」

「そんなに怯えなくても、私は何もしないよ? だから貴方たちは私に気にせずいつも通りのことをすればいいの?」



アーチェはそう言って赤く光った瞳を細め、完全に震え切り怯え続ける男に向けて、笑って伝えた。








「冒険者なんだから。お金のために、モンスターと戦わないとね?」









ガシッ、ザシュ、バギィ、ボキィ、バシャッ……ッ…………。


――――そして、深き森の中、数多くの悲鳴と血が弾け飛んでいった。









翌朝。

いつの間にか自室のベットで寝ていた事に神宿は首を傾げながら、いつものように手洗いを済ませてリビングにへとやってくる。

すると、そこには、


「すぅーー、すぅーー」


机に体を預けたまま眠るアーチェの姿があった。

しかも、髪も跳ね、口元からは涎も垂れている。


「…………」


女性として、色々台無しなんだよな……、と神宿は思いながらも、眠りながら甘えたような唸り声を出す師匠の姿に眺めつつ、


「ほら、風邪引くぞ」


神宿は小さく笑いながら、優しく言葉を添えるのだった。

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