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◆理不尽な転生



それは突然の出来事だった。

毎朝の日課でもある寝起きの挨拶を家族に交わし、母親が用意してくれた弁当を鞄に詰め込む。

そして、玄関を出て学校へと通学しようとしていた少年、神宿 透はその日、



「ーーーーえ」



キィーーーーーーッ!!! ガッン!!! という音を最後にーーーーその短い生涯に幕を閉じた。





神宿 透の死因は車に跳ねられことによる交通事故だった。

事故の発端は、強引に赤信号を無視して直進しようとした車が対向車線から来た車にぶつかりそうになり、それを避けようとして歩道へと突っ込んだ為に起きたことだった。


「…………」


人の行き死など、呆気ないものだ。

神宿自身、こんな些細な偶然で死ぬなんて……本当にこれまでやってきた人生、いや、努力はなんだったんだろう、と考えてしまう。


「…………」



しかし、そう思ったとしても現実は変わってはくれない。

血に染まった神宿の体を残し、薄れゆく意識は砂時計の砂が落ちきるようにして段々と遠のいていく。

…………そうして、やがて神宿の命は事切れ全てが暗闇となって。


…………しばらくの時間が過ぎた。


そんな時だった。



「ちょっと? コンコン、聞こえてますか?」



頭上から、そんな幼げな少女の声が聞こえてくる。

後、頭を数回小突く様にして叩かれている。


「……っ」


神宿はゆっくりと瞼を開きながら顔を上げる。

すると、そこにはエルフのような耳を生やした綺麗な純白衣装に身を包んだ美少女がしゃがみこんだ状態で神宿の顔を覗き込んでいた。

しかも、不機嫌な顔を浮かべながら、



「いつまで呆けてるんですか? そろそろ起きてほしいんですけど?」


挿絵(By みてみん)


謎の美少女にそう言われ、神宿は従うようにゆっくりと体を起こす。

だがそこで、ふと疑問が頭に浮かびあがり、


(あれ? 何でさっきまで動かなかった体が動かせるんだ?)


神宿は眉間を潜めながら恐る恐ると自分の容姿を確認すると、



「っ!?」



そこで、神宿はーーーーその現実を目の当たりにすることになった。


何故なら、神宿の容姿は朝着替えたばかりの学生服姿のままであり、またその衣服にはベッタリと真っ赤な血の痕がこびりつくようにしてくっきりと残されていたからだ。


「…………」


神宿は数秒の間、困惑に頭が支配された。しかし、そこで直ぐに自身が事故にあった事を思い出し、


「……こ、これってやっぱり」

「そうです。貴方はついさっき死んで、ここにやって来たんですよ?」


そうはっきり言ってくれる少女の言葉にまたも一瞬思考が固まってしまう神宿。

だがしかし、


(って、ちょっと待てよ。これって…)


生前の彼の密かな趣味でもあった、ゲームや漫画、またラノベ好きなので培った知識によってーーーー神宿は今ある状況、またこの後に来るであろう展開に気づき、



「……な、なぁ。も、もしかしてアンタって、女神様で」

「はい、そうです」

「……こ、これって、まさか転生の」

「よくわかってますね。流石、だてに転生モノの漫画や小説を読んでいただけはありますね」



そうして、彼女の肯定によって今ある状況が、転生する前時点の流れであることが確定してしまったのであった。





はぁ~、と大きな溜息を漏らす彼女は更に続けて、まったく…なんでこんなのの担当にならなきゃならないのよ! と愚痴をこぼしている。

だか、対する神宿はそんな彼女の様子を茫然と眺めながら、次第に固まっていた思考も回復していくのが自身でもわかっていた。

そして、


(そうか、やっぱり俺……死んだのか……)


神宿は一つ一つの事を、思い出していく。

普段通りの通学路を歩いていた。

ただ、それだけだったのに自分は車に轢かれ、命を落としてしまった。


(…………テレビとかで見ていて、俺には関係ない、って思ってたんだけど……本当に、呆気なかったな)


冷たい地面に倒れ落ちた時。

死の間際であったあの時に微かに残った意識の中で、見た走馬灯。


それまでの人生の中で、保育所から小学校、中学とこれまで経験して来た色々な思い出が込み上がってきたが、その中で一番に浮かんだのはーーーーやっぱり家族との思い出だった。



(…………そうか……)



だけど、そんな大切な家族を残して自分は先に死んでしまった。



(…………)



もう元には戻らない。

そして、もし転生したとしても…………もう一度家族の姿を一目見ることや、また昨日と同じように話すことも出来ないのだろう。



「…………」


本当なら、この展開は喜ぶべきものなのかもしれない。

だが、それでも神宿にとってはそうすんなりと嬉々に浸れるものではなかった。

そして、次へと踏み出せるものではなかった。


だから、神宿は大きな息を吐き、


「あの、神さま」

「はい、なんですか?」


キッと睨みつけて来る女神に対して、神宿は申し訳ない様子でこう言ったのだ。




「その転生って話、無しにしてもらえないですか?」





………え? と固まる女神。

今なんて言った? と聞き返したくなるほどに彼女は神宿を見つめながら自身の耳を疑った。

というのも彼女は今ここで信じられない言葉を初めて聞いてしまったからだ。


「……な、何をいって」


何故なら、転生という言葉は地球に住む人間たちが聞けば、誰彼構わず喜んでそれを受け入れる。

それが常識だと、神様たちは思っていた。

だが、神宿 透という少年はというと……


「いや、なんていうか……正直、また違う世界で生きかえりたいとも思えなくて……だから、もうここで死んでもいいかなって」

「…え、ちょ、ちょっと待って」

「転生しなかったら、記憶も全部消えるって言われても大丈夫ですよ。俺はそれでも構わないので………まぁ、ただ親とか妹とかには、先に死んだ事に対して、本当に悪かったなぁ、っていうのが最後の心残りなぐらいで」

「だから、ちょっと待ちなさいよ!!」


神宿の言葉を遮り、声を荒げる女神。

さっきまでの態度とは一転して、以前とやる気を見せない少年に対して彼女はアタフタした様子で説得を試みる。


「て、転生っていいものよ? その新しい人生とか」

「別にいいです」

「そ、その、色々特典もつくのよ? た、例えば、能力! 男の子としては良いものじゃ」

「別にいいです」

「あ、新しい彼女とか」

「別にいいです」

「お金!」

「いい」

「ペット!」

「いい」

「ま」

「だから、別にそんなのいいですから」


立て続けに断り続ける神宿。

そうこうしていく間にも女神様の顔がだんだんと赤くなっていき、そして最後には、





「そっ、そんなこと言わないでよっ!? そんな理由で断られちゃったら、私、主神様にお仕置きされちゃうじゃないっ!!」





子供のように喚き散らす、女神様。

だが、そんなの知るか、と思う神宿。


「ねぇ! お願いだから考え直して!」

「いやです。っていうか、さっきまでめんどくさそうにしてたんだから、別にいいんじゃ」

「よくない! よくない! よくないっ!! 私の機嫌が悪かったのは、アンタの他にいい美青年がいて、そっちに行きたかったのに行けなかったから貧乏くじ引かされたって思っただけで」

「……それ聞いたら余計に行きたくなくなったんだけど」



良いから転生を受け入れなさいよっ!! と、ぎゃあぎゃあ騒ぐ女神様にげんなりする神宿はもう何回目かになる溜息を吐きながら顔を俯かせた。



彼がさっき言った通り、心残りがあるとするならそれは親や妹たちに何も言えなかったことだ。


だが、今更そう思ったところで何になる。


親より先に死ぬな、そんな言葉を何度か聞かされていた時期があったが、現に先に死んでしまった今となってはどうしようもない。


だから神宿は思ったのだ。


(……もう一度、母さんたちに会えるなら話は別だけど……)


転生したとしても、家族に対して謝れないのならそれは意味がないことだ、と。





(………………?)



そこで、ふとさっきまでうるさかった女神の声が聞こえなくなっていた事に神宿は遅れて気づき、諦めたのか? と顔を上げた。

ーーーーすると、そこには、




「私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない、私は悪くないっ」





まるで呪文のようにその言葉をブツブツと呟きながら、手のひらを神宿に向ける女神の姿があった。

しかも、それに呼応するように神宿の体が光り始め、


「なっ!? おま」

「女神の祝福でスキル二つあげたから! だから、異世界で頑張って来なさい!!」


そして、神宿の声を無視して女神は魔法を放つ。

それはーーーー転生魔法。



「ちょ、ふざーー」



叫び終える間も無く、光は神宿を連れ去りながらその場で消失してしまった。

そうして、神宿 透は有無言わずして異世界へと転生させられる羽目になったのだった。





そして、現在。


「…こんな理不尽な転生、聞いたことないんだけど」


神宿は今、どこかもわからない森林の奥地。空高くへと伸び栄えた大樹の下に寝かされていた。

服はいつの間にか学生服から冒険者みたいな格好になっており、剣や盾といった冒険に必要なアイテムが一通り揃えられている。


だが、それよりも先に気になったのが、すぐ近くに落ちていた小さな紙切れであり、



『貴方様に与えたスキルの説明をさせていただきます。


『自害阻止』スキル。

自ら死のうとする全ての行為・効果においてオートで防御魔法が発動するスキルです。

そして、もう一つは『自然治癒』スキル。

外傷および、毒、麻痺、誘惑、出血等といった悪付与状態に陥いった場合にのみ、オートによる治癒が発動するスキルです。


とても光栄なスキルなので、それらを糧に異世界を生き抜いてください! テヘッ!』



と、紙にはそう書き記されていた、直後。

グシャッ!! と、神宿はそんなフザけた文が書かれた紙を握りつぶしながら、


「…何がっ、光栄なスキルだ…っ」


その二つのスキルを読む限り、それはある一つの行為を阻止するために与えられたスキルであり、

ーーーーつまりは自主的に異世界から逃げる行動を阻止するためのスキルであったのだ。





「アイツ、俺が自殺しないようにスキルつけて異世界に飛ばしやがったーーッ!!」





こうして女神によって逃げ場を失った神宿 透は、有無言えずして第二の人生。

異世界での生活を始めるはめになってしまったのであった。




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