僕の祖父がこんなにモテモテなわけがない(仮)
学生たるもの恋愛の一つや二つこなしてみせると息巻いたのは、僕がまだ恋愛の『恋』の字も書けなかった小学三年のときだった。
それから八年が経ち、『恋愛』の字も書けるようになったが恋すらしたことがまだ無い。
何がいけなかったのかと問われれば、その理由は明白だ。
それは祖父の所為だ!!
小学三年生だった自分は祖父に『お前はまだ彼女がおらんのか?』とからかわれていた。
それがどうしても悔しくて、息巻いてしまったことがことの始まりなのだが、そんなきっかけだけで恋愛などできるわけも無く、そしてあの頃から無駄に真面目であった為に、好きになった子以外とは付き合わない! と心から決めてしまっていた。つまり運命の人を待っている夢見がちな乙女的なあれを信条としていたのだ。
いや、そうゆう信条を持っていることを恥には思っていない。むしろ恋愛をするにあたって至極当然であると思っている。
しかし問題は去年までの七年間、誰も好きになることができなかったことだ。
初め、そのことに疑問は感じていなかった。
だって、運命の人が現れてないだけなんだから! とそうやって自ら誰かを好きになろうとすらしなかった。
今思えばバカだと思う。運命など関係なく自分から距離を縮めて行き、その過程で好きになったり好きになってもらったり、それが恋愛だろうと今では思うわけだ。
だがそれすらもわからなかった(今でもそれが正しい恋愛なのかはわからないが)あの頃の自分はただ運命の人を待つだけだった。しかしそれも中学の修学旅行を境におかしくなる。
修学旅行といえば消灯時間を過ぎたくらいの部屋の中、同じ班の友人5~6人でする恋話だろう。
「お前、誰が好きなんだよ?」とか「あの子可愛くね?」「3組の高橋って……お前、趣味悪!」とかそんなものである。誰しも一度は体験しているであろう、この修学旅行の夜の所為で僕は、その翌日から回った京都の景色を一つも憶えていない。
修学旅行の夜、例に漏れず僕らの班も恋話に花を咲かせていた。皆、「あの子が可愛い」「あの子のああゆうとこが良いんだよな」「わかるわかる」とか言っていたのだが僕はまったく分からなかった。分からなさすぎて自分は女の子に恋ができないんじゃないのかと思ってしまうくらいだった。
そんなの考えすぎなのだが、当時の自分は思春期で多感な時期だったからか、一度思ってしまうとなかなか否定することも出来なくて余計に考えすぎてしまっていた。
あの頃は今思い出しても気持ちが悪い。
女子だけでなく、男子まで好きになっていないか? と気を配っていた。ああ気持ち悪。
まぁそれも程なくしてから叔父の秘蔵コレクション(エロ本)を見てアッサリ解決したのだが。
そんなこんなで恋愛というものを経験しないままに高校生となった。
高校にもなると大小あれど皆恋愛に興味を持ち始めていて、誰と誰が付き合った、別れたなどの話をよく耳にするようになった。それにあせりを感じ始めていた高校2年、僕はついに恋をする!
相手は同じ学校の先輩で、もちろん女子。
特に係わり合いといえるものも無かったのだけれど、偶然登下校中に見かけることが多く、顔を覚えていた程度だった。
でもなぜか、いつの間にか登下校中に彼女を探してしまう自分がいて、そして彼女を見つけたときに嬉しくなっている自分がいることに気づいた。
そのときにはすでに恋してしまっていたのだろう。当時の自分もこの時やっと、彼女に恋していることに気づいた。
気づいてからの自分は行動が早かった。
この時僕は彼女のことを何も知らなかった、名前すらもだ。だからまずは情報収集から始めた。
彼女、根府川亜美の情報は簡単に集まった。もともと学校内でも人気の高い女子だったようで、黒髪めがねの自分と同じ身長、165cmほどだと言っただけで友人が「あ、それ根府川先輩だろ」と言うほどだった。
―― 去年 ――
友人の情報で彼女がよく図書室で読書しているという情報(他にも、あの人は難易度高いぞうとか、スリーサイズ聞くか? めっちゃスタイルいいぞ? 貧乳だけど。とか、聞いてもいない情報を流してくれた。最後になんかあったら言え? 協力してやるとたのもしいことも言っていた。)を教えてもらい、昼休みに行ってみる事にした。
図書室に行くと、根府川さんはすでに窓際の席で読書していて、その姿がとても似合っていて、まさに文学少女と言った感じだった。
降り注ぐ春日によって透き通るように見える白い肌、静かな空間に響く本をを捲る音、それら全てが彼女の魅力に思えて見とれてしまう。
勇気を出し彼女の向いの席に座る。
ちょっとずうずうしかったかな、でももう座っちゃったししかたない。
そう思い、日ごろから持ち歩いている小説を開く。すぐにでも話しかけたいのはやまやまなのだが、読書中に話しかけられるのはなかなかに嫌なものだ。
自分も読書はする方なのでそういった気持ちはよく分かる。
小説を読み始めて気づいたのだが、この位置はなかなかに良い。日当たりがよく暖かいし、それでいて眩しくも無く読みやすい。きっと根府川さんもそれが気に入っていてここで読むのだろう。
程よく読書に集中し始めた頃、根府川さんが「フウ」と一息入れた。きりの良いところまで読んだのだろう。
「あ、ごめんね。邪魔しちゃったかな」
根府川さんが僕に謝罪してくる。
僕はそろそろ話しかけるチャンスかなと思って、目線を上げただけなのに……。逆に申し訳ない気持ちになってしまう。
「い、いえ大丈夫です。僕もちょうどきりの良いところだったんで」
「そうなの? 良かった。読んでるときに話しかけられたりするといやじゃない。特に盛り上がってるとこだともう最悪でしょ?」
ほっとしたように笑う根府川さん。
思えば声を聞くのは初めてだ。イメージしていたよりもフレンドリーな語調の声にどこか安心する。
「ですよね。分かります。だから教室とかで読むのって嫌なんですよね」
「あ、私も! なんかこの学校あんまり本読む人がすくないみたいで、そうゆうの気にせず話しかけてくる人が多いのよね」
口を尖らせて言う根府川さん。
「まあ逆に図書室が穴場みたくなって、良いこともあるんだけどね」
太陽に負けないぐらいの笑顔で嬉しそうにしている。コロコロと表情が変わって、それがまた根府川さんの魅力なんだと思えてならない。
「あ、チャイムが鳴っちゃったわね」
「え? もう?」
僕にはチャイムの音など聞こえなかったが、時計を見ると確かに昼休みが終わる時間になっていた。
「良かったらさ、たまにで良いからここに来ない? 静かなのは良いんだけど一人だとさすがに寂しくって……」
そう言う声は確かに寂しげだった。
「は、はい! 来ます!」
嬉しくてつい声の音量が大になってしまう。そんな僕に根府川さんは「ありがと~。じゃあ、またね」と嬉しそうに手を振って図書室を出て行った。
僕はその後の授業に遅刻した――。
その後、僕は毎日のように図書室に通った。
根府川さんと話すことは多くなり少しずつではあるが、仲良くなって行くのが自分でも分かった。
そしてジメジメした梅雨が去り、カラカラとした日和が続くようになった頃僕は決意した。まだ話すようになってから二ヶ月しか経っていなかったが、決意してしまったのだからしようがない。
僕は告白するために彼女を放課後の図書室に呼び出した――。
呼び出したからには先に行って待っていなくてはと思い、急いで図書室に行った。
まだ少ない蝉が鳴く声だけがする中、僕は彼女を待った。椅子に座っていると落ち着かず立ったままだ。
時間が経つほどに蝉の声が小さくなっていく。実際に蝉が僕に気を利かせてボリュームを小さくしてくれているわけではなく、ただ単に僕の鼓動が大きくなっているだけなのだが。
「お待たせー。ごめんね、掃除当番で遅くなっちゃったよ」
エアコンも完備していない為、全開の入り口から根府川さんが入ってくる。掃除当番のわりには早かったなぁと思い時計をチラッと見ると、来てから二十分も経っていたことに驚いた。
「僕もついさっき来たところですから大丈夫ですよ」
――気分的には。
「そうなの? ありがと。……、それで話しって?」
「えっと、その……」
僕が告白を決意したのは昨日、どう告白しようか何を言おうか徹夜して散々考えてある。
「好きです!!」
「……」
散々考えた筈だった。
どういうところが好きなのかを言おうかとか。一緒にいてこんなに楽しく思えたのはあなたが初めてです。とか、出会ってから間もないけどあなたの事が気になってしかたないんですとか。
いっぱい考えた筈だった。
なのに自分がした告白はド直球でなんの捻りも無く、ただただ想いだけの一言。こんな筈ではなかった……でもこれでよかったとも思っている。
「……」
彼女からの返事は無く、静かな時間が流れる。小さくではあるが聞こえていたはずの蝉の声も今ではまったく聞こえない。それは根府川さんも一緒なんじゃないかと思った。
「……ごめんね。私、年上が好きだからさ」
良いにくそうに、だけど突き放さないようにしてくれる根府川さん。それが分かった。根府川さんの優しさをこれでもかと感じた。だから、だから余計むなしくて、そしてここで諦めたくないと思った。
「年上が好きって、頼りがいがあるからとか、甘えられるからとかそういった物ですよね? それならこれから僕が年上になるのは無理だけど、年下でも頼りになる男になります。子供っぽいと思うところがあるなら直します!」
情けなくも食い下がった、惨めだが喰らいついた。初めて好きになったから。僕の初恋だから。
「……わがままもいいません!!」
「……」
根府川さんが顔を伏せてしまう。と思ったら「ぷっ」と堪えきれないと言った感じに噴出す。
「くっ、ハハハ」
実際、堪えきれずに笑い出す。
「アハハハ、わがままいいませんって……アハハハハハ」
より笑い出してしまう根府川さんを前に僕はどうして良いのか分からなかった。
「クッ、クフ……ふうー。ごめんね、笑っちゃって。急にわがままもいいません! とか言うから可笑しくって。あ、別にバカにしてるとかそう言うんじゃないよ? むしろそうゆうとこは好きだし。……うん、わりと好きだよ君の事。……でも私、付き合ってる人がいるんだ……」
「え……」
「ごめんね。もっと早くに言っておけば良かったね」
再び「ごめん」と頭を下げられる。
「付き合ってるって……やっぱり年上の人、ですよね……?」
聞きたくなんてないが、気になってしまったので聞いてしまった。
「うん……。えっとね。すごく年上だから他の人には言いにくくて……」
「言いにくいほどの年上って……そんなに上なんですか?」
「えっと……この人……」
根府川さんがカバンから携帯を取り出し開いて見せてくれる。その待ち受け画面にはプリクラ写真が写っている。
「先に言っておくけど、私のお、おじいちゃんじゃないからね?」
そう言われなければ普通の人なら、仲の良い祖父と孫のプリクラにしか見えなかっただろう。普通なら。
「はい……分かってます……だって……」
――だって。
「僕のおじいちゃんですもん!!」
――ですもん! ですもん、ですもん……。
エコーがかかってしまった――。
僕はこの時から祖父を一人の男として、戦いを挑むようになった。
続きを書く予定はありますが、いつになるのかとかは決めていないので、ひとまず短編として投稿させていただきました。
もう書いたのは数年前になりますが、この時の方が上手く書けていたんじゃ無いのか? と読み返して驚いてしまいました。
劣化しただなんて思いたく無いですね……。