標的
地下鉄に乗って、僕は仕事をする。
漢方薬局の爺さんから受け取った携帯電話に、細かな指示がメールで届く。
日時、路線、駅名、車両番号、標的の特徴、処理後の逃走経路……
これまでもずっとそうだった。
数ヶ月に一度、爺さんから連絡が入ると、僕は住んでいる部屋を引き払ってホテルに宿泊。指定された日まで潜伏する。
無事に処理したら、またしばらく別のホテルに潜伏。そのうちに新しい部屋が用意されて、そこで僕は静かな暮らしを再開する。
ここ十年程、ずっとこんな感じだ。
特に感慨も疑問もない。
そんなもの、とっくの昔に捨て去った。
指定された日まで、まだ数日の余裕があった。
メールに書かれた指示は幾度も確認して暗記していたが、それでも執拗に再確認してしまう。
今回の標的は新聞記者らしい。添付された数枚の写真は、贅肉にまみれて身体を肥大させた中年男性を捉えていた。
プロフィールによると護身術はもちろんのこと、スポーツをやっている様子もない。
比較的容易に処理可能だと推測される。
だが、仕事をする時の僕は、徹底的に臆病だ。
ホテルに備え付けのパイプベッドを壁に立て掛け、懸垂を繰り返す。飽くことなき反復動作だけが、身体から無駄と恐怖を削ぎ落としてくれる。
もはや信仰とも言える思いに汗を滴らせながら、僕は胸中の昂ぶりを鋭くさせてその時を待つ。