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召喚されたはいいが失ったものが大きすぎるんだが。  作者: 平平平平
それぞれの召喚された場所で
22/29

王6 直視せざるを得ない事態

更新遅れてすみません。改名して平平 正司ならぬ、ろくなことないひらだいらです。

一応前置きですが……ちょっとグロ注意です。そして、今回クラスメイト達は一人も死にません。

それと、「王」は今回本当に色々と鬱展開てんこ盛りですが、「真」は基本軽めにする予定です。「王」が軽い話のスパイス(って言ったら長すぎるか)になればと思います。

※今回視点移動が多いので一応わかりにくい?ところは括弧書きで誰視点か書いたので参考にして下さい。

 ここは王城の書庫。何重にも鍵がかかっていて、一部の者しか入れないはずのそこでは、分厚い資料を読みながら一人の青年が頭を抱えていた。


「どういうことだよ、これは……」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(達人)


 おかしい。異世界の本を語学の習得無しで読めるのも異常な気はするが、元々ここにいる事自体おかしいし、問題はそこではない。


 この資料、姫の言葉と刻宮の言葉の内容と全く矛盾点が見当たらないのだ。


 後者はともかく、前者は明らかにおかしい。


 これらはこの資料が本当だということを前提として推察したことだが、本曰く、異世界召喚する者は、まとまった人の集団から無差別に選ばれる。


 そうすると、他の世界は分からないが(ここを異世界とするなら、当然地球のある世界とここの他にも異世界があってもおかしくないわけだ)、当然悪意を持った者、極端に言えば殺人鬼が召喚されるかもしれないのだ。


 更に、召喚された勇者はほぼ確定的に強力な力を手に入れるという。私の能力も常人よりも強いというし、所謂チートってやつだろう。何故そうなのかはわかっていないのか、神から承る力とか書いているが。魔法陣に細工でもあったのだろうか。まあ使えるなら使わせてもらおう。大事なのは力自体や力を受け取った事実ではなく、どの様に使いこなすかだ。


 でもその能力をサイコパスが手に入れたら何をしでかすかわかったもんじゃないだろう。


 性悪説についてくどくど語る気は無いが、得体の知れない存在は見極めるために慎重に扱うのが普通だ。


 そんな自国にとって脅威にもなる存在に、真実ばかりを語り、あまつさえ魔王を倒せと懇願する。


 もしやこの国、王が至極ど阿呆か、追い詰められてるんじゃあないか?地図を見た感じだとこの国は他の国から少しだけ離れていて、魔王軍の進行ルートのちょうど真ん中にある。


 その影響か、他の国にも見捨てられ、足元を見られ吸収合併や服従を求められている。酷い国は宣戦布告している様だ。一致団結すべき時に……まあ現実はこんなもんか。そんな状態で危険で商人も減り、経済も停滞。資料によるとかなり長いこと栄えている国の様だが、今は興亡の亡に天秤が傾いている様。栄枯盛衰ってことだ。姫様の言葉と詳細に至るまで一致している。


 もしかしたら早いとこ、この国から出た方が賢明かもしれない。


 異世界召喚なんて、欲求不満の者しか求めてないデスゲームを押し付け、仇はあっても恩はない。


 普通の高校生達を戦場に強制的に呼ぶなんて、百害あって一利なしだ。



 ――結局他に魔法や世界の常識についての本で刻宮の話と齟齬や嘘がないか確認し、更に魔族戦の為手頃な武器を拝借しその日は終わりを告げた。


 幾ら達人が速読だとしても、王城の重要書籍を一日で読み上げることは叶わなかったのだった。しかしこの出来事は彼のこの国に対する考えを変えることになるのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜の王城。達人と刻宮が話している間のこと。


 金堂 新は達人とは違うことで頭を抱えていた。


「やあ、優月さん。こんなところで会うなんて奇遇だね」


「やめて。今は誰とも話したくない」


 水野の対応が明らかに冷たくなっているのだ。前ははぐらかしたり、遠回しに拒絶されていたのが今はあからさまだ。


「どうしたんだい?いつもの花のような可愛らしい君はどこに行ったんだ。悩み事なら何でも聞くよ」


「話しかけないで」


 心当たりはある。真のことだろう。いなくなったことに気づいてからはずっとこの調子で、周囲に負のオーラらしきものを出しながら何か俯き加減で一人でボソボソ呟いている。彼女がやるからこそ、その行為も許容できるが、それはそれは不気味な光景であった。


 金堂は真のことを恋愛のライバルとして見ていた。何しろ口説いて落ちない女はいなかった自分を差し置いて水野と話しているのだ。


 しかし、ライバルは勝手に自滅した。そして水野さんは落ち込んでいる。傷ついた女は落としやすいというし、真には悪いが又と無いチャンスだ。そう思い話しかけたのだが、何を言っても一事が万事この調子だ。他の女子に聞いても同じ対応だという。


 上手くいかないのは誰のせいか。真だ。水野さんをこのようにしたのは誰か。真だ。何が悪い。当然真が悪い。


 そんな柄にもない思考を繰り返すうちに、気が付くとそれは憎悪とでも言うべきものに変わっていた。


 生憎こちらは身体能力では遥かに勝っている。もしかしたら既に死んでいるのかも知れないが、万が一、億が一でも生きているとするならば。


「絶対に復讐してやる……」


 自分の部屋に戻っていく水野の背中を見つめながら、彼は怨念の篭った声でこう呟くのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(第三者)


 夜が明けステータス確認の朝が来た。


 この時点でクラスの反応は大きく三つに分かれていた。


 まず一つ目が動揺。これが一番多いかも知れない。一晩経ったとはいえまるでゲームの様な世界に来てしまったのだ。そもそもゲームやライトノベル等を読んだこともない者もいるし、これは至って普通の反応だろう。帰れるか分からない為ホームシック気味になっている者も少なからずいる。宇賀神や真がいないことによって異世界どころでは無い者もいたが。


 二つ目に増長。先程とは違い、こちらはこの世界に召喚されたことを嬉しく思っていた。主に現実に欲求不満があり、クラスでは目立つことの無いポジションの人間。そんな彼らは簡潔に言うとゲーム脳気味であり、この世界をゲームや小説等のコンテンツとして捉えていた。当然それならば召喚チートの様なものも存在するに違いない。それならば手に入れた力でこの世界を存分に楽しもう。そのような考え方だ。元が逃避気味だからか、考え方も一部現実逃避になっているのであった。


 そして冷静。これは少な目だが確かにいた。この世界に召喚された理由、そしてそもそもこの世界とは。そして自分がすべきことは。それらを考え、合理的な選択を心がけようとするものだ。しかしそんな彼らもこの世界を現実と仮定した行動をとるものが大半であった。


 例外は確かにあれど、いじめなどはなかったクラスである。カースト等に引っ張られず、(友人との会話で考えが変わった者は主に女子で多少いたが)純粋な思考で多くはこの三つの中に分けられるのであった。


 そんな中、一人の例外は目を光らせる。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(達人)


 どうやら『召喚チート』は本当にあったようだ。使いづらそうな能力はあれど小説でありがちな村人とか平民の様な劣等生もいないふうに見える。


 ちなみに私は存在感を極限まで減らして、刻宮はステータス魔法に偽の情報を読み取らせて回避した。ばれるかと思いきや皆自分のチートに夢中で私には気づかなかったようだ。気づいたとしても、「あれ?達人いねーな。まあいいか。おーい、お前どうだった?」と、すぐに興味が移っていた。


 そうそう、察しの通り正路は聖属性適性で、成長も十二分に早い他の者よりも、更に早いものだった。まあクラスメイトの情報は刻宮から受け取っていたので驚くほどではなかったが。


 その他に警戒、関心すべき能力は、重力や理の可能性……適性とまではいかないものの、本人次第では適性を得られる属性……を持つものや、この世界でもイレギュラーな物質創造、死霊術、結界魔法の様な者ぐらいだろうか。


 しかし今はそれよりも魔族対策だ。使える魔法を刻宮にいくつか教えてもらい、(流石に魔法の習得は簡単なものではなく、ウォーターボールや反射の様な初歩的でありがちななものしか不可能だったが)相手の攻撃を避ける方法も数十は考えてみた。


 油断ではないが、刻宮の予言通りならばこちらに軍配が上がるだろう。クラスメイトが不確定要素となるが……姿を隠すことは私の十八番だし、魔族一人なら正義を盾に突っ込んできたりしても刻宮との連携で何とかなる。


武器は主に昨夜拝借した飛び道具と剣だ。魔法の結界に対しては武器に魔法を付与して戦う。念には念を。刻宮の情報より魔族が二倍程度強いことも仮定して盤石の体制で行こう。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(第三者)


 質問会の時間が始まる。どこで行うかというと、日本で言う記者会見場の様な場所。例えるなら『教室』のような作りだ。……それにしては見栄を張ったのか相当広い造りになっているが。前に座っているのは王様、宰相、王女、それに貴族や書記の様な錚々たる人物だ。机は無く椅子だけが綺麗に並べられている。


 皆が入り、早い順で腰掛けていく。


 そして王の一言により、会は始まる。


「それではこれより違う世界から来られた勇者達の為の質問会を……」


 その瞬間のことだ。


「全力でこの部屋から逃げろ!」


 そんな声と共に、


 ドバアアァァン!!


 空間が張り裂けんばかりの巨大な爆音が響くのであった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ……どういうことだ?私としたことが刻宮を信用していたことが裏目に出たかもしれない。前世では有り得ない失敗だ。


 気配は何となくわかっていた。とても強大なので容易く感じ取ることが出来たのだ。刻宮の話より数倍は強い感じだろう。本格的な対人?戦は前世ぶりなので少々緊張しており、あいつの予想も初めて外れたな、なんて少し余裕を持って体を解していた。


 しかし私には及ばない。タイマンでならかなり時間がかかるが余裕を持って潰せるだろう。刻宮のサポートがあるなら尚更だ。そう分析していた時、気配が近づいてくるにつれ、違和感が浮かび上がり、それは確信になっていった。


 私の前には……







 ……魔族が二体いた。


 一体は防いだ。しかし、この強さだと二体同時に抑えることは私の力量では不可能だし、刻宮の技量では尚更無理だ。


 ……では防げなかった一体はどこに向かうのか。




 ――冷静な分析によって浮き上がった残酷な事実は最悪の結果をもたらすのであった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 正路は信念を持っていた。それは利益度外視で「正義」を元に、自分なりの考えで行動し、行動した結果に責任を持つ、というものだ。学校の遅刻と老人の手助けのどちらか一つを選ぶなら、迷わず老人の手助けをする。そんな信念である。

 

事実、小学校ではそれを元にいじめっ子を退治したり、中学校でもこうあるべき、という主張を幾度も通してきた。それだけ言うと価値観の押しつけと思うかもしれない。しかし彼の考えた案はなかなかどうして歳を考えれば優秀なものであった。


 ――この学校では老練の政治家たちも裸足で逃げ出し政権を譲るような超人がいたので彼の出る幕は殆ど無かったのだが。


 しかし、今はその超人も忽然と消えてしまった。このクラスは優秀な者が多いながらも、(まと)め役や面倒臭い仕事は気づいた時には宇賀神がやっていた(さま)である。それ以外でも彼がいないことによる影響は大きいが、纏め役としての彼を失うということは、文字通りこのクラスにとって手痛い打撃となるのだ。


 ならば誰がこのクラスを纏めるか。


 先生は冷静に見えたが、ああ見えてかなり繊細だったりする。かなり追い詰められており、生徒の統率なんて精神的に無理だろう。大体生徒の統率は教師の仕事だが、異世界にまでそれを引っ張るのはブラック過ぎる。


 では、他の者はどうだろうか。


 金堂は……性格的に駄目だ。根はいい奴なのだが少々ナルシストだし。客観性が必要な纏め役としては不適切だろう。


 刻宮は……裏方って感じで統率向きでは無い。



 ――正路は知らないが、実は刻宮も何でもできる万能性を持つのだ。しかし、超人のせいで裏方しか出来なかったのだ。その裏方の仕事もどんどん減っていくのだから副委員長の仕事は正直無に等しかった。宇賀神が生徒としては『全能』過ぎて、『万能』である刻宮の影は薄れていたのである。



 他にそのようなことに向いている人材は検討がつかない。


 それならば……自分がやろう。


 そう思い大々的に皆の前で提案し、取り敢えずの纏め役になった。


 そうなると当然集団に方針を示す必要がある。組織という物は目標のあるなしで大きく統率力が変わってくるのだ。


 正路が自分なりに考えた結果、それは「この世界の『魔王』を倒す」事と、「この世界から帰る」事の二つになった。


 前者は姫様の言葉を基に正義を組み込んで判断しており、更にいえば召喚した国に対しての配慮の意味でも入れる必要があった。後者は恐らくクラスメイトの殆どの悲願であることは明らかであるし、言及の余地もあるまい。


 では、それを達成する為に必要なものは何か。実力、勇気、気合……そんな漠然とした抽象的なものよりもまずは「情報」が必要である。当然ながら自分達は漫画やゲームの主人公ではないのだから。


 それを踏まえた上で、この質問会はこの世界について知ることに大いに役立つ絶好の機会であった。


 正直に言えば、正路は自分の才能を遺憾無く発揮できるこの状況を楽しんでいたのかも知れない。





 ……始まる前までは。


 ……もしかしたら彼は無意識の内に『異世界』について、やり直しの効くゲームの様に軽く考えすぎていたのかもしれない。


 そもそも現代日本とは食事から倫理観に至るまで何もかも違うのだ。そんな状態では、彼の信念はちっぽけで、表だけを見たものとなってしまった。だが現代から来た者なら一部を除いて全員が全員その轍を踏むだろうから、彼を責めることはできまい。


 即ち、『命の価値』の違いである。


 ――それは、王の始まりの挨拶の途中であった。


「ーーー!ーーー!」


 誰かの叫び声、そして続く爆音。不思議に思い瞬きしながら横を向いた。


 その時。


「グチャ」


 生理的嫌悪すら感じる音が響く。


 いや、その例えはあながち間違いでは無かったのかもしれない。


 その音と同時に目を開けた先には……




 ……水野の生首が真っ赤な鮮血と共に飛んでいて、それと目が合ったのだから。


 なぜ?なにがおきた?ここは王城だし警備は?そもそも誰がやった?認めたくない。一瞬の出来事だが、それは永遠に感じられた。目の前で起きたことを絶対に認めたくない。脳が、意識が、体が、そして本能が拒絶を起こしていた。


 認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない。


 瞬間正路は気づいてしまった。日本にも『死』はあった。多くの人は親類の葬式等でそれに触れたことがあるだろう。


 しかし、それは最大限に粧され……美化されて現実から剥離した『死』だった。本当の『死』は美しいものではなく、血生臭く……醜悪で……恐怖に溢れ……




 ……どうしようもないほど悲惨な取り返しのつかないものだったのだ。


 気づくと金縛りになった様に身体が動かず、震えが止まらなくなる。理性は泡の如く消え、枷が外れた獣は本能的な悲鳴を上げる。


「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 そうして、正路は何時しか意識を失うのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(達人)


 不覚だ。一体は止めたが、もう一体は一瞬動揺した刻宮が防げずに行動を許してしまった。昨日拝借した暗器の類を数個放ったが、魔法を使えるようで見向きもせずに反射して手元に戻ってきてしまった。咄嗟のことで反射対策術式を付与していなかった私が悪いのだが。


 その結果がこれだ。……想像もしたくないが、近くで動揺して動けなかった水野の首目掛けて放たれた手刀によって彼女の首は綺麗に切断されそのまま蹴られて飛ばされていった。これも運の悪いことに避難が遅れた正路の元に、だ……。


 犠牲者が増えてしまったが起きたことはどうにもならない。目の前の敵は「我は魔王軍四天王イビリル……」とか「ふん、人間は脆いものだな。……異常な例外はあるが」とか言って隙だらけだ。しかし馬鹿では無いようでそれも相応の力があってこその行動だと気配でわかる。ステータス魔法はレジストされたが、強い敵であることは一目瞭然である。


 刻宮の技量にしては中々善戦しているが、それも体力的な関係で持って三分程度と見た。


 無理矢理全力で短期決戦にしてこの戦いを終わらす。そして刻宮が奮戦しているもう一方を殺す。それしか無いな。刻宮の情報はもう当てにならないから、ここからは純粋な力量勝負だ。


 反射魔法相手に不意打ちはかなり難しい。不可能では無いのだが、戦闘のカンが戻っていないし、せいぜい思考に空白を作れる程度か。


 ならば、初手は隙をついて急所を攻撃、だな。騎士道?武士道?そんなもの命がかかっている状況では何の役にも立たないことは前世で散々味合わされた。どんなに卑怯でも、卑劣でもこの世界の『生』と『死』には絶望的な壁があるのだ。武器は王城から拝借した業物の剣がある。西洋の剣は叩き切ることを目的としていて肌に合わないが、いまさらそんな贅沢は言ってられるまい。


 ……やれやれ、私も判断が鈍ったものだ。歳はとりたくないな……。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「この程度か……私を警戒させたにしては拍子抜けだな。こんなことなら私は必要なかったのかもしれんな」


 彼は魔王軍四天王、イビリル。百九十センチ程のガッチリした体型の男である。驚くことにその容姿は肌と頭部の角以外は人間そのものであった。主に『毒』、そして『水』の二つの魔法を使う彼の魔法は、同世代の中では飛び抜けて強く、魔王軍四天王の名は伊達ではなかった。何しろこの一連の襲撃の中でまだ彼は得意なはずの二属性を全く使っていないのだ。更に彼は肉弾戦もなかなかのもので達人がなんとか押さえ込んでいる様に傍からは見えていた(・・・・・・・・・)


 そして先程重量をかけた一撃で吹っ飛ばしたばかりだ。


 しかし、今回は相手が悪かったかも知れない。


「何っ!?」


 彼が油断した一瞬の隙をついて、反射魔法を展開しながら先程吹き飛ばした者が切り込んできた。その動きは自らにかけた魔法で地を蹴ることにより数倍の速さになっており、まるで疾風の様であった。


 咄嗟に魔力を練り、殆ど反射的に術式を詠唱して迎撃する。


「《ウォーターボール》っっ!《ウォーターレーザー》っっ!……」


 ウォーターボール。水属性では初歩的な魔法だが、その威力は純粋な魔法の力量に依存する。その為初心者では痛くも痒くもないこの魔法も、極めた彼が発動すると最早一発一発が凶器と言ってもいい水の銃弾となるのだ。


 ウォーターレーザーはウォーターボールの様に『点』の狙撃では無く『線』で狙撃する魔法……つまるところ水鉄砲である。こちらも力量依存であり、彼の手に掛かればレーザーの名に恥じることなく頑強な金属ですら容易く貫く。


 しかし、達人の攻撃は百十年の人生によって研ぎ澄まされた一つの芸術である。


 前世でも銃弾程度ならば避けながら接近したことはある。そしてこの水の弾丸とレーザー、どちらも銃弾と比べると随分遅い。常人には無理だが達人にとっては動体視力の範囲内であった。


 流れる様に水の銃弾凶弾の間を縫ってくぐり抜け、イビリルの前に現れる。そして限界まで肉薄して……一閃。


「グハッ!?」


 その一撃は、反射魔法を無効化する魔法が付与されており、容易く魔族の反射結界を打ち破る。手応えはあるが相手も心得があった様でかなりずらされて胸を切ってしまい、しかも少々浅い。それでもかなりの大きな傷だったが相手の闘志は俄然衰えておらず……


「舐めたまねを……」


 至近距離から格闘と魔法の連携した攻撃が飛んでくる。油断せずに、それらを全て避けながら的確に相手の肉体に切込みを入れていく。無論全て致命傷となる首や胸の中心、股間等体の中心を基準にしている。


 そして数瞬経過したあと、本能的にこのままの状態では負けることを悟ったのか魔族が守りに徹する。しかしその裏で着々と詠唱魔法の準備をしながらだ。


 当然ながらそれを達人が許すはずも無く、口元に攻撃を中心させたと判断させてから他の急所を叩くなどして詠唱を満足にさせない。


 そして、数十秒それは続き……遂に、イビリルが怪我の影響か大きく隙を見せる。


 それを逃すこと無く達人は懐に入り込み、正確な突きは胸を貫き、イビリルを絶命させる。


「ガッ……人間は嫌いだが……お前の腕は中々気に入った……どうしてここで会ってしまったのか後悔するくらいに……だ……。もし……もし来世が在るのならば……その時は友にでもなろう……」


「了承した」


 役割は確かに果たした。感傷に浸ってる余裕が無いのもわかる。理性が早く早くと急ぎ立てる。


 その一方で、最後に彼が言った言葉に対し、自分は輪廻を回ってもたとえ生きる為、守る為とは言え殺戮の日常に束縛される有様だと自嘲気味になってしまう達人であった……。


 そんな気持ちを振りほどいて影は機械的に『仕事』に取り掛かるのであった……。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(第三者)


 刻宮と魔族……こちらは炎を使っている……は拮抗していた。しかし、達人が参戦すると一方的な展開となり、魔族が逃げたことで戦闘は呆気なく終わってしまった。


 ――こうして魔族の襲撃は終わりを告げた。


 しかし、クラスの者に一連の事件はは大きな影響を与え、否応なしにこの世界の意味、そして何の為に自分が生きているのか考えざるを得なくなってしまった。


 皆それを見た訳では無いが、クラスの半数以上は水野の惨劇を見た。


 そして現実を直視したのだ。ここはゲームの世界でも、漫画の世界でも、小説の世界でも無い。


 ただ、魔法やステータスがあるだけで日本とは何一つ変わらない、いや、デスゲーム所では無い醜悪な要素が加算されたことで一層醜くなった……




 ……クソッタレで残酷な現実だと。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 皆自分のことばかり考え、それがあるのを忘れていた。


 王族たちは各方面にて散々火消しをやらされそこまで余裕が無かった。


 クラスメイト達は、惨劇を見た後で、それを喜々として語る様な異常な者では無いし、そもそも目の前で身近な人が殺される事態に本来現代日本では関わるはずがなかったのだ。


 心に余裕がある達人や刻宮も、あらかじめ魔法で隠密をしておいたとはいえ、少々前に出過ぎてしまったのだ。今はその反省を元にこれからの対策を練っている途中である。


 だから残ってしまった。魔族の最期の現場。そこは未だ誰の手もつけておらず、あと数刻経ってやっと事件の詳細な調査が始まる。


 そこにはもう一人、命を失くしたはずの……物になったはずの者が立っていて。


 醜く顔を引き攣らせながら、自嘲しかない笑いを響かせる。


「ふふふふ……あはははは……ああぁーはっはっは……」


 首を切られて絶命したはずの彼女は何故か五体満足で・・・・・あった。


 涙が溢れる顔を醜く引き攣らせ、彼女はポツリポツリと呟く……。


「これが……ステータスとか言う力、なのね……」


 そう、彼女が手に入れた力は、平たく言えば、自然治癒力を魔力を使い異常に上げる物である。本来それはアニメや漫画での聖女の様に、外……つまり他の人に向けて放つ物なのだが、身体の危険を経て、半強制的に内に向かう力が覚醒したのだった。


 時間が経ってから起き上がった理由は、彼女が能力に順応するのに時間がかかったからだ。


「どうしよう……私、人間じゃなくなっちゃった」


「彼はこの体、受け入れてくれるのかしら……」


 彼女の脳内に思い浮かぶのはどう仮定しても自分自身が振られ、捨てられる妄想である。ネガティブな時に想像をすれば、その様な結果になるのは至極当然であった。


 しかしそれを理解出来ずに彼女は考える。彼女の中では既に、体の話がイコール自分の彼に対する愛の話になっていた。そして彼女は自棄な結論を出す。


「もし、受け入れてくれなかったら……




 ……一緒に死んじゃおう、それしかない♪」


 そういうや、三日月の歪んだ口を見せ、彼女は歩き始める……

今回不自然な周期で「王」が入った事、「真」が区切りの良い終わり方だった事で薄々察せられた人もいるのでしょうが、これにて一章終了とさせて頂きます。

次回は世界観説明でも入れたりしようかと。その為出来るだけ更新は早く入れます。


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