離婚。
みどりと葵は幾たびと愛し合った。葵は、みどりの仕事終わりに自分の休憩時間を合わせて、そしてみどりも、葵が休憩に入る時間を見計らい、二人は毎日密会をつづけた。2人の出勤日が被るときは、葵の休憩時間とみどりの仕事終わりのふたりの時間の帳尻を合わせてパチンコ店の駐車場で待ち合わせをして密会をした。そしてみどりが仕事休みの日は、葵の休憩時間に合わせて、みどりが家を抜け出してきて、そして密会をした。
初めて会ったあのキスをした日に連絡先を交換し合い、そして毎日のように言葉を交わし、仕事でも顔を合わせ、何食わぬ顔で二人は仕事をこなし、そして葵の休憩時間に密会を続けた。初めてのキスをしたあの日から、二人の生活、そして二人の心の中にはお互いが住みつき、存在がかけがえのないものとなっていた。葵の仕事の休憩時間という小一時間に会うだけでは物足りなくなった2人は、葵の仕事終わりに、ホテルで待ち合わせをして密会をした。みどりは深夜まで仕事を続け、仕事終わりに葵と会い、そして次の日の朝も葵と会う事で、睡眠時間や自分の時間を取られていて、その上家事も淡々とこなしていた。みどりは仮面をかぶっていた。家庭では普通の主婦を演じ、そして夜の仕事終わりには女になった。そんなみどりの体調面や家庭を葵はとても心配した。しかしみどりはそれでも葵と会う事を止ようとはしなかった。一方葵はというと、恵実と結婚し、極普通の新婚生活を行っていたが、その生活をする中でも、みどりの存在が心の中に住み着いており、葵は恵実との生活をする中で、葵もまた仮面をかぶっているようだった。夜の営みは、仕事疲れを言い訳に結婚してから一度も恵実と交わることはなかった。恵実はその事を遺憾に思っていたが、葵はみどりを想うと、心も体もとてもそんな気にはなれなかった。仕事の休憩中にはみどりと会う前には欠かさず恵実に一言二言メールをした。怪しまれない為と、夜1人きりにさせている事への配慮のために欠かさず行っていた。そして、週に1度、葵は仕事の残業を理由にみどりとホテルに密会をしたが、それも仕事を言い訳にしていた為に特に細かく追及はされなかった。ホテルの費用は、みどりと葵の2人の小遣いからやりくりをしていた。葵は恵実から小遣いをもらっており、その中から主にホテルの利用費用をみどりと折半をした。それに見かねたみどりはホテルを探してきた。ホテルの名前は「ノンノ」。毎週度重なるホテル代金を見かねたみどりが、地元近辺で一番お手頃な値段のホテルを探した。それがノンノだ。作りは古く、サービスも悪かったが、何より、値段がお手頃で、小時間あう程度だったら、このホテルで充分だった。
二人の歳の差は9つ離れており、考え方や意見が交錯する事もしばしあった。葵は、小さなことにくよくよしたり、心配性な性格に対し、みどりは大雑把で小さい事は気にしない性格だった。葵にとってみどりの性格に意外性を感じていて、みどりを繊細で大人しい印象に思っていたが、実は大胆で、大雑把な一面があり、それはまたみどりの魅力の一つでもあると考えていたがそれが引きがねとなり意見の食い違いにつながる事もあった。いわゆるジェネレーションギャップっていうものだ。
葵はみどりの事を何も知らなかった。みどりがどこに住んでいて、どんな家庭に育ったのか、趣味はなにか、もっともっとみどりの事を知りたかった。それに対し、みどりは恥ずかしがり屋で、あまり自分の事をさらけ出せるような性格ではなかった。もっとみどりを知りたい葵と、あまり打ち明けないみどりの行き違いが生じて、意見が交錯する事もたまにあった。しかし、それらの性格の問題も時間が解決してくれた。葵も思った事、不満に思った事をすぐに打ち明ける。そしてみどりも正直に打ち明けてほしいと、それを二人の約束事とし、二人はお互いをちょっとずつ理解をし合い、それと同時にお互いの関係は日に日に濃度を増していった。葵はみどりの事がどんどん好きになっていった。
二人は立場を理解していた。葵は、新婚で会社からも祝福を受け、新居の建築の計画を立てていた。住宅ローンを組み、恵実と晴れやかな結婚生活を送っていく予定だった。一方みどりは、二児の母親で子供を愛していた。そして旦那にも特に不満を抱くような事はなかった。しかし、旦那にはどこか冷めていた。なにか物事に熱くなるような事もなければ、出世欲もない仕事をただ淡々とこなし、そして普通の日々を送る毎日にどこか冷めていた。そんなみどりにとって葵の存在は旦那にはない刺激があり、それが一種の魅力にも感じていた。そんな二人が出会い、そして恋に落ちる。将来を見据えた付き合い方はできなかった。目先の幸せだけを感じ、日々を過ごしていた。そんな期間が1年近く続いたある日の事だった。
「離婚してください」
ある日の朝、葵は恵実から離婚を言い出された。離婚届は準備をしてあり、恵実が記入する項目は全部書かれていた。
「今までずっと私はメッセージを送ってきたつもりだったけど、葵は何も考えてくれなかった。葵は私を好きではない。何のために生きているのか。何のために結婚したのかもわからない。ただ日々を一緒に過ごしていくなかで、こんな苦しい生活を何年も続けていくことはできない。」
メッセージ。振り返れば恵実も色々と考えていたのだろうと思い返していた。結婚して1度もなかった身体の関係。夜に一人きりにさせていた事。休日に
意見が交錯して喧嘩をすることもあった。恵実はそんな日々を脱却すべく子供を欲しがっていた。しかし葵は子供はまだ早いと恵実に言って逃げていた。その真因は、そう。みどりの存在があったからだ。みどりの事がどんどん好きになっていく一方、恵実との将来像が全く見えてこなかった。恵実が子供を欲しがっていたが、子供を作るための行為もみどりを想うとできなかったし、それに子供を作る覚悟ができなかった。一生恵実と夫婦でいる事が想像つかなかったからだ。今思うと、結婚に対しても、自分の人生に対しても、軽く考えていたのかもしれない。これでいいんだ。こういう人生なんだと。それをみどりと出会う事で、結婚生活というぬるま湯から抜け出したくなった。みどりが好きなんだ。みどりと生きたい。葵は根拠のない、そして希望のない将来を胸に秘めていた。
葵は恵実との離婚を決意した。記入をし、両家の両親を交えて面談を行い、そして恵実は葵の家を後にした。