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ラピスラズリの碧い空  作者: 助三郎
第一章・ラピスラズリの碧い空
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8. 黒と碧の双眸

 キサの問いかけにカミキは黒い瞳を大きく開くと、その澄んだ両目でキサを見つめた。そして少しの間を迷っていたようだが、何かを諦めたかのように両手を顔の横に上げると、まるでいたずらが見つかってしまったかのように彼は微笑んだ。

「なんだ。わかっちゃったのか」

そう言って俯くと手馴れた手つきで自分の右目に指を入れ、小さな透明に見える何かを取りだした。


 コーユから異国では視力補助の為に活用されている物だと聞くが、ファッション感覚で利用する物好きもいるらしい。人種によって眼の色や髪の色が同じ色の同族の中で個性を引き出させる効果もあるそうだ。

しかし着脱をしているところを初めて見るが、その仕草をあまり好めないのは気のせいか。


過程を複雑そうな顔で眺めているキサを、カミキは新たに現れた瞳で見た。


そこに現れたの左目と同じ漆黒の瞳ではなくて、キサの守護する主と同じ高貴の碧い色。

そして主よりももっと深く儚げに輝いている宝石ラピスラズリのような瞳だった。


「何故隠していた」

木の葉の揺れる音が響く静かな湖畔に反射する光を眩しそうにしながら、彼は答えた。

「この目は光に弱い」


 キサは最初に彼が城に現れた時の事を思い出した。

あの時、月明かりしかない闇の中でキサが急につけた部屋の明かりに、王子と彼はお互いに自分の目を庇っていた。

「あの時は光に。それは、悪かった」

「いや、あれは守る側として正しい判断だろう。謝る必要なんてない」

カミキはそう言うと、再び湖の淵に戻り座った。

夕日が湖に沈んでいくようにその姿は欠け始め、水面は赤く輝いている。


「それに、隠す理由はそれだけじゃない」

彼の隣にキサは腰掛けた。


「まず考えてみろ。平民でかつ貧しい奴がなんで王家の証を持っていると誰が思う。普通に考えておかしいだろ。それに俺がいるのは暗殺集団だ。俺みたいに正義の心で仕事をするやつばかりじゃないからな」

「その瞳が狙われたのか」

カミキは今までとは違う、不適な笑みを浮かべた。

「もちろん返り討ちにしてやったさ」

「無礼な奴。仮にも王家の証だぞ」

怒りを露わにしたキサにカミキは驚いた表情を向ける。

「お前はどこまで知らないの。王家の瞳は今、貴重だから高値で売買されているって事を」


 その言葉に今度はキサが驚かせられた。噂で耳にした事があるが虚実だと思っていたし、実際にこの国でその様な事が起こっているとは全く知らなかった。王子の傍にいて見聞きしていた限りだと、王家の証は皆の羨望であり信頼と平和のシンボルだったはずだ。ブッチランド国王や王子の瞳を、物欲の目で見ていた者がいるとは嘆かわしい限りだ。そしてその事は、今この瞬間も城に残してきた主を狙っている者がいるという事に繋がる。


「初めて王家の危機を知ったって顔だな」

青ざめた様子のキサを黒い瞳で見ながら、彼は鼻で笑った。

「俺達に依頼した奴も、推測だが最終目的はその瞳を手に入れる事だと思うぜ」

彼は己に降りかかる危険を察知し、自分を守り生き抜く為に自らその瞳を封印したのだ。


「お前たちの言う依頼人とは誰だ」

「言えない」

「何故だ。そいつはお前たちに王子の暗殺を依頼するような国家の敵だぞ」

キサはカミキに大声を出した。

「いくらお前にでも、それは言えない」

お互いに見合った。カミキの片方の黒い瞳が爛々と意地悪く光り、片方の碧い瞳は寂しそうに輝いた。


「それに正直に言うと、俺、依頼人が誰だか知らないし」

カミキの暴露に、キサの湧き上がっていた感情が次第に下がっていった。

「え、知らないって」

「だって俺は、依頼人の屋敷まで入ったことないし。姉さんなら依頼人と会って何回か指示を受けていたようだけど、誰も供をつけないでいつも一人で行っていたからね」


 キサは大きな溜息を吐いた。

そして自分が珍しく感情的に話しているのに気がついた。彼の言葉で苛立って声を荒げたり、期待した答えがなくて落胆したり、今までチヒロやコーユと接してきた冷静で真面目な自分はここには居ない。


そして、どんな時も飄々としている彼には誰も敵うまい。そう思った。


「そうだ、」

何かを思い出したかのようにカミキは自分の足元に視線を置いたまま、はっきりとしない口調で呟いた。

「ただ、そいつの屋敷には何回か姉さんを迎えに行ったことがあるなー。そうだなー。広い庭に、大きな屋敷と、大きな扉があったなー。確かその屋敷の近くには崖があったと思うぜ」

言葉を言い終えた後、カミキの口端が少し上がった。


「言えないのではなかったか」

「あぁ、詳しい事は言えないし、さっきのは一人ごとだ。誰も聞いていなかったんじゃないかな」

手短にあった石をカミキは掴むと、水面に投げた。

数回それは弾かれると水に吸込まれるように沈んでいった。

 

その様子をキサは隣で見つめながら、ある事を思い出していた。


***


 先日、キサは城の書斎を訪れていた。

侯爵から話しを聞いた後、もっと詳しく15年前に起きた事件を知りたくなったからだ。

しかし、予想はしていたが目ぼしい情報はすでに残っていなかった。

キサは読んでいた一冊の本から目を離すと、座っている椅子の背もたれに体を預けた。

ただ溜息ばかりが口から出る。


「どうした。何か探し物か」

背後で優しく声をかけられた。

キサの剣の師匠であり、一人だった幼いキサを拾ってくれた恩人だった。

「コーユ様」

「ここ、いいかな」

キサの返事を待たず机に、今までどうやって持っていたのか不思議になるくらい大量の本をどさっと置いた。そして自分はキサの対角線上の椅子に腰掛けた。

「コーユ様、コレを、いや、これらを読まれるのですか」

「あぁ。時間がないから半分しか持てなかったよ」

この人はどんなに早いペースで本を読み上げるのだろうと、そんな思考が頭の片隅を過る。


「そう言えば、君が資料室にいるのは珍しいね。何か探しているのか」

「ええ。15年前に亡くなられたとされている第一王子様について資料が欲しくて。しかし、この量ですし、目ぼしい情報がなくて足踏みをしている状態です」

「侯爵には聴かなかったのか」

「侯爵殿には『賊に襲われ亡くなられた』と」

「ならそうなのだろう」

彼は静かにそう言うと、目線をキサから手元の分厚い本の小さな文字を追い始めた。

「真相を知っているのも、その過去を語れるのもあの方だけなのだから」


確かに。

彼以外にその出来事を見ていないし、誰も彼が嘘を語っているのかさえも分からない。

信憑性のある証言や確実な証拠がない限り、隠されてしまった真実を知る事はできない。


「無闇に探りを入れるよりも、決定的な事実を調べたほうが早いのではないか」

再び彼の知識に染まった瞳がキサに向けられる。

「『王子が亡くなった』事も『埋葬された』事も、その事実を知るのも語れるのもただ一人だけという事だ。キサ、ただ一人しか知らない真実は、後世どのようにも語れるもののだ」


バンッ。


書斎の静けさを象徴する、ヒノキの机が大きな音を立てた。

「もし、それが真実の証が出てきたならば」

いつも冷静なキサが、衝動的に机を叩いて立ち上がった。

そして食い入るように対角線上にいる師匠の前に乗り出す。

「それが邪魔になるだろうな。口を閉ざしていたが真実を知っていたはずの国王の様に」

悔しそうな表情を隠そうと彼は再び本に視線を戻す。

彼が本を読む行為は精神を落ち着かせる安定剤のような存在なのだろうか。


「国王が亡くなられたのも、侯爵に関係があると」

「ないと断言できない。しかし、あるとも言えない」

「なんでですか」

今にも飛び出してもう一度侯爵の屋敷へと問いただしに行きそうな部下を、コーユは穏やかにそして子供に言い聞かせる教師のように優しい瞳で言った。

「キサ。これは悪魔でも推論でしかないのだ。このまま侯爵の所に行ってみろ。お前は侯爵にありもしない難癖付けて侮辱したと訴えられ、牢で大人しくつながれることになるぞ。そうしたら誰がチヒロ様を守る」

キサは言葉の代わりに唾を飲み込む。


コーユの指摘は正論だった。今は誰もキサの言う事を信じようとは思わないだろう。

次に何をすれば良いのか、どう動けば良いのか見当もつかない。

机の上に置かれた両手が悔しさで揺れていた。

「なら、どうしたら良いのですか」


「だから言っているじゃないか、」

コーユはキサのその姿を見て優しい目を細めて言った。

「真実の証を探せ」

キサはその言葉を背中に、書斎を勢い良く飛び出していた。


***


 真実の証。それは、碧い瞳。


町はずれの湖畔の前に立つ彼は、それを持っていた。

それを覆い隠していても、キサにはその存在が分かった。


「『未熟のラピスラズリは波乱と憎しみを生み、』」

「『二つのラピスラズリは栄光と平和をもたらす』だろ。この国の古い言い伝えだ。何回も教えられたさ」

キサはカミキの両方の瞳を見た。


片方が黒で、もう一方が碧い瞳。

両目が碧い王家の人間とは違う、片方にしか現れなかった忌み嫌われる「未熟」の存在。

キサの脳裏に何かが弾けたように晴れ渡った。

「第一王子も「未熟」な存在だった。波乱と憎しみを生む象徴だからその存在は国から隠された。だから国の資料室には彼に関する資料が少なかった」


キサの呟きにカミキは不審な顔をした。

「お前、さっき、幼い頃瀕死の状態で倒れていたところを、姉上等に助けられたと言ったな」

「ああ。そうだが」

「それはいつだ。何年前だ」

隣に座る、カミキの腕を力強く掴んだ。

「15年前かな、それがどうした」


 バラバラに離れていた線が一つに繋がった瞬間だった。

これは推論ではない、実際に生きている「真実の証」を見つけたのだ。


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