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ラピスラズリの碧い空  作者: 助三郎
第三章・ラピスラズリと赤の国
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3-17. 赤の仮面が剥がれる時

『ラピスラズリ』シリーズ第3章

 昨夜シオンの隣に立ったあの時に、キサは自分とその騎士との間に明らかな体格差を実感していた。それに相手は身長だけが高いわけではない。顔は優男に見えて彼の服や鎧に隠れた手足は長く太い。きっと女性であるキサの体など彼の腕一本で持ち上げられてしまうほどの筋力も備わっているだろう。悔しいが、これは女であるキサには真似できない事だ。鍛え方ではない。人間としての骨格や筋肉の付き方は男女違いがあり、また生まれながらに持つ個人差もある。


 きっと、もしもキサがこのカルーンという国に産まれていたのであれば、力を使った雄々しい剣技についていけず普通の女性として工場なりで働いていただろう。この国で姫を護る騎士に剣を向ける事など考えられなかっただろう。そう考えれば自然と口角が上がった。


 シオンの大剣が上段から真っ直ぐに振り下ろされ、キサが居たその床を抉る。呼吸を置く事なく、そのまま上に振り上げられた刃をキサは体を宙で回転させて回避する。


「何を笑っているのですか」

笑顔を浮かべたままシオンがキサに問いかける。

「私は笑っていましたか」

自分でも気付いていなかったので、ついキサは質問を重ねてしまった。シオンは頷きながらも剣を横に振う。話しかけているのに話す余裕をくれないとは意地悪だ。キサは少しむくれながらも体を反転させてそれを避けた。


「私はこの国ではなくてブッチランドで生まれてよかったなと思っただけです。貴方とこうやって闘える事ができて光栄だ」


 キサはそう言いながら、そのまま未だ足を地面に着けていない状態で腰の鞘に収まった細い剣を抜きつつ横に払った。その刃の早さはさすがの彼でも対応できなかったのだろう。寸前で避けたはずのシオンの頬に赤い線が走った。その拍子に着地するはずのキサの足が払われた。シオンが剣ではなくて足を使ったのだ。倒れたところを追撃する彼の拳を、払われた足よりも早く床に付いた手の反動で体を揺らし避ける。空いた彼の左わき腹を狙って両足で蹴りあげて、その反動で飛び上がり距離を取る。


「随分体術も学ばれていますね。貴女が使うのは剣術だけではないのですね」

シオンが頬から流れる血を指で拭いて、再び大剣を構えながら声をかけてきた。

「始めたのは最近なので、見よう見真似でしかないですが」


 ブッチランドの王として城に住む事になったカミキの剣の練習相手として、毎日の様に彼の執拗な誘いを断る事が出来ず嫌々ながらも付き合っていたキサだが、次第にその時間が楽しく感じる様にもなっていた。城の兵士やコーユ相手では考えつかない動きを彼は見せていた。剣よりも間合いの狭い短剣を扱い、その武器を生かすような、彼の身軽で俊敏な動きは新鮮でキサも習得するのにさほど時間はかからなかった。


 シオンの剣は重い。遠心力と共にうまく体重が乗せられた刃が振り下ろされれば威力は数倍に膨れ上がる。もしキサの細い剣でそれを受け止めようものなら刃はいとも容易く2つに折られ、柄を握るキサの腕までもその衝撃を受け無事では済まされないだろう。そういった相手だからこそ、刃同士をぶつけ合うのではなくなるべくならば攻撃を回避し、生まれた隙を狙っていく闘い方が良い。


 しかし、付け焼き刃の体術で相手ができるほど簡単でもないらしい。先程全力で蹴りあげたはずの彼の脇腹にはあまり効果は見られていないようだ。どちらかというと逆にキサの足首の方が悲鳴を上げている。頑丈で分厚い壁を蹴りあげた時の様だ。与える衝撃よりもその反動で受ける負担の方が大きい。このまま避け続けていては自分の体力の方が先になくなってしまう。


 良しとするならば、その騎士の顔から笑顔が消えたくらいか。こべりついた「姫の騎士」としての偽の笑顔。それが剥がれ落ちて闘いに集中する「シオン」という男の顔が、表情の読めない顔でこちらを見ている。その相手を射殺すような鋭い眼光は実力者の視線そのものだった。仕える姫の幸せの為に、自ら負けを認める、などと余計な事を考えず、自分の心の赴くままに剣を振えば良い。お互いに、護りたい、と思う相手の為ならば剣を手放す事はしない。


 キサは体の正面で構えていた剣を上げ、体の右側を後ろに下げて体を落とす。自分の顔の横に細い剣を弓の矢の様に構えた。横に払うより突き刺す、彼女が敵を前にしてよく構える仕草。ブッチランドのブロンズで護るべき者に護られた彼の背中越しに見上た、キサが憧れるカミキの姉ミイのその構えだった。


 シオンもキサの空気が変わったのを感じ取ったのか、再びその大剣を正面に構えた。呼吸と共に足が地面から離れるのは2人同時だった。


 振り下ろされた大剣の刃を微かな動きで避け、伸ばした右手の先の細い刃は大剣の柄で払われた。左に払われた体を反転させて勢い良く彼の顔に蹴りを入れれば、それを頑丈な左手で防がれ体を弾かれる。そのままの体勢で彼の頭めがけて振り下ろした剣には手ごたえがなかった。その瞬間左側に銀光が走るのを感じて体を捩れば、斬撃の軌跡を残して目の前の空気が両断された。一息つかぬ間に地に足が付くとキサは低い姿勢でシオンの懐へと間合いを縮める。剣は大きいほど間合いは広いが、近付かれてしまうと振りにくい。剣は振れなくなって彼の鍛えられた強靭な腕力から振り下ろされる拳は危険だ。キサは短い息とともに、低い体勢から体中のバネを使って勢いを増し、その剣をシオンの首に目掛けて刺した。


 一瞬、眼があった。

キサの茶色の瞳とシオンの赤褐色な瞳が重なった気がした。


笑っていた、のか。


 ララの悲鳴が耳を差してキサは我に返った。現実に戻れば先程の張りつめていた緊張や神経が一気に緩み、体全体を襲ってくる。空気が肺に入ってこず、呼吸が荒くなる。額から溢れ出す汗が流れ落ちて視界が開ければ、キサの細い剣はシオンの首のすぐ前で止まっていた。


「負けました」

 キサの様に全身で荒い息をしているシオンが微笑んで、その言葉を広間に告げる。その騎士の右手にあったはずの大剣は、キサの後方の床に刺さって残っていた。

 キサがシオンの首筋を狙う前に試合は終わっていた様だ。キサは未だに込み上がってくる自分の興奮と呼吸を落ち着かせながら、ただ黙って自分の剣を持つ手を静かに降ろした。


「勝者はブッチランドの王」

カルーン国王が広間全体に響き渡る様に大きな声でそう宣言する。


 ララは隣の父の宣言を聞かず、深紅のドレスの前を抱え上げ壇上から下に飛び降りた。そしてそのままキサの前に立つシオンの方へ駆け寄る。近寄るララに気付きシオンは膝を折って頭を下げた。

「シオン、顔を上げなさい」

怒りを含んだララの声色に、拒否できないシオンは申し訳なさそうに恐る恐る顔を上げる。見上げた先には、彼女の流れるような赤髪で隠された小さな顔に大粒の涙が流れていた。


突然、強烈な張り手がシオンの左頬を襲った。

広間に居た全ての者がその音で驚きのあまりその音源を見る。


「貴方は馬鹿なの。このままキサが止めなかったら、こんな馬鹿げた試合で貴方は、貴方は、」

込み上がる涙でララは言葉の続きを終えられぬままシオンの目の前で崩れ落ちる。叩かれたシオンは頬に浮かぶ彼女の色に染まり始めたその痕を残したまま、彼女の震える肩に伸ばそうとした自らの手を堅く握ってその感情を納めた。


「姫様、この試合の条件を覚えておいでですか」

シオンは目の前で項垂れるララに声をかける。

「貴女の信頼がありながら、私はこの通り剣を落として、相手に負けを認めてしまいました。私が「負け」を認めれば、貴方はその相手に嫁がなくてはいけません。その条件通りで宜しいですよね」

シオンのその優しい声色はどこか震えていた。自身の震えを彼女に悟らせない様に、そして自分にも言い聞かせるようにわざと丁寧に発しているようだった。


 ララは再び顔を上げた。そして振り返ればその顔には怒りも涙もなく、カルーン国の姫として炎の様に情熱的な紅の眼でキサとチヒロを見つめ、その前で跪いた。


「私の盾であり、刃であり、友である、信頼なる騎士を負かした貴方なら、私はもう求める者はございません。チヒロ様が宜しければ私を嫁に受け入れていただき、残りの人生、貴方の為に尽くす事をお許しください」

ララは赤いドレスを床に広げ、チヒロに向けて深々と頭を下げる。

その姿は赤い薔薇の花弁の様に可憐で気高く、そして美しかった。

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