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ラピスラズリの碧い空  作者: 助三郎
第一章・ラピスラズリの碧い空
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6.碧き誇りを抱いて

二日後、国王の葬儀が厳粛に行われた。


 大きな祭壇が置かれ、城の広間を参列者のために解放した。次々と国民が主の棺の前に訪れ、献花をしては亡き王を讃えた。列は城外まで続き、他国から海を渡って来た人も多く見られた。


チヒロは一番前の参列席に座り、献花をする国民をずっと眺めていた。


 国王はこのブッチランドの事をいつも第一に考えていた。国民が過ごしやすい環境を築くには何をしたらよいのか、海を渡った先にある他国と同等に付き合うにはどう動けばよいのかといつも頭を悩ませていた。争いは好まず、贅沢にも興味がない。城の中に調度品が少ないのは彼の影響であり、周りで王を支える大臣等が、少しは威厳を持ってほしいと王に献上した高価な品々が城に飾られている。


 若くして即位し、その数年後に妃を亡くしたと聞く。妃についての詳しいことは誰も知らず、王も誰にも語ることがなかった。息子にチヒロにさえ一言も。それどころか、国王は忙しい人でチヒロとの父子の時間をとったことのない人だった。


 献花台に小さな子供の手を引いた父親らしき男が花を手向けていた。父親の姿を真似て頭を下げて王の冥福を祈っている。父親より早く顔を上げた子供がチヒロと目が合うと、控えめに手を振ってきた。

チヒロはそれに笑顔をつくって答えた。子供は少し心配そうな顔を浮かべながら、父親に引かれて列から離れて自分の場所へ帰った。


 余計に心配かけてしまったかもしれない。特に幼い子供は相手の感情に敏感だと聞く。


 重要な統率者を失くしたこの国を支え、さらに発展していくにはまだ若いチヒロの力では不安だ。そう昨夜のうちに葬儀の準備に集まった大臣たちが話していたのを聞いた。知識も経験も他国と渡り合える交渉術でさえ、何一つ自分に自信があるものはない。このラピスラズリの宝石のような王家の証にかかる重圧が小柄な体を襲う。


 参列者に黒髪の青年が目に入る。でも人違いだった。彼よりも体格の良い大柄な男性で、隣に可愛い女性が寄り添っていた。全く違う見間違いに、チヒロが一人笑みを浮かべた。


彼が来るかもしれない。

町で道に迷っているところを助けてくれた彼、友達だと笑顔を見せた彼。そして、自分の命を狙う彼が。

チヒロはこの場でもカミキに会えるのではないかと淡い期待を持っていたのだ。


 王を亡くし、自分がこれからの国を支え、守らなくてはいけない国民を前にしていても、この王家の証から目を背けようとしていたのだ。子供みたいにない物ねだりをしても、過ぎてしまった過去は何も変えられない。亡くなってしまった命は二度と蘇る事はないのに。


 太陽は西に傾き沈んでいき、参列者の数も時間を追うごとに減っていった。夕日が沈む頃にはとうとう最後の一人となった。その女性は真っ白な花を祭壇に捧げると、深々と頭を下げた。そして他の民衆がしたようにそのまま帰るかと思いきや、チヒロのいる参列席に向かって歩いてきた。


「王子様、このような時間にお伺いしまして申し訳ありません。ゆっくりとお話をしたい事がありまして」

彼女が傍に来ると、甘い香りがした。どこかで嗅いだ事のある香り。黒いベールで顔を隠しているが、チヒロには誰だか分かった。


「ミイさんですね」

チヒロがそう言うと、彼女は答える代わりにニッコリと微笑みベールを上げた。王子は周りに居た使用人に離れるよう指示した。

「ありがとう」


献花の花で埋め尽くされた祭壇を前に、男女が向かい合った光景はなんとも殺伐的で寂寥感を抱かせた。


「警戒していらっしゃいますか」

彼が前に会ったときの雰囲気と違うので、ミィは心の中にある問いを投げかけた。少し間を開けて考えたが、チヒロは淡々と答えた。


「はい。警戒はしています。先日命を狙われたばかりですし、貴女に教わりましたから。でも、今日わざわざここまでいらっしゃったのはそのためじゃないですよね」

「ええ。今日はお仕事はおやすみです」

「そうですか」

ミィの黒い瞳がチヒロを吸込むように捉えている。


「話があってきたのだけれど。すいません、貴方の待っている人ではなくて。あの子は真面目だから休業日はないの。だからお留守番をさせてきたわ」

ミィは小さく笑った。チヒロも微笑みかえし、そして目線を下げて呟いた。

「確かに、いつかは彼が来るかもと思って探していたけれど、その反面で来るはず無いって、ずっとそんな気がしていました。ここで会ってしまったら、私も彼もおかしくなってしまうって」

今まで平然を保っていたチヒロの表情が苦痛に歪んだ。


「彼を見ていると、なんで自分は王族として生まれてしまったのかとか、なんで王家の証に選ばれたのかとか。今までの私を後悔する言葉ばかりが浮かんでしまうのです」

彼と同じ色に瞳で見つめられてると止まらない。今ここで吐き出さないと感情が抑えきれなくなる。


「子供っぽいってわかっている。王子らしくないって知っている。こんな私じゃ先行きが不安だって、私だってこれからくる未来は不安でいっぱいだし恐いよ。逃げ出したいって思っているよ」

「だったら他の方に譲ってしまえば良いじゃない」

「それは嫌だ。不安だし恐いし逃げ出したいけれども、このブッチランドは大好きだし、国民みんなが大好きだし、大好きな父上が築き上げた国だから、これからは私が守りたい。この碧い瞳の誇りにかけてこの国に平和と栄光をもたらしたい」


 肩で息を切らしながら、チヒロは自分の口から勢い良く飛び出した自分の言葉に驚いていた。今まで悶々と影を落としていた心の中が、少しずつ晴れていく感覚だった。誰もが他人を羨ましいと思う事はある。でもその他人にはなれない自分を自分らしく生きる事が大切なんだと気づく。そしてそれは、大好きなこの国を守れる立場に自分はいるのだと。


 数日前に、命令を忠実にこなすが自分の意思を持たないキサに向けた言葉。「自分らしことをしろ」。それはチヒロ自身にも必要な言葉だったようだ。


 目の前の彼に似た髪と瞳を持った女性に笑みを向けた。

「もう大丈夫だよ。もう迷わないから」

ラピスラズリの瞳が力強く輝いた。


 彼女はチヒロのその言葉を聞くと、椅子から立ち上がり一歩身を引いて頭を床まで下げた。この国の忠誠の証だった。


「ごめんなさい、ミィさん。それで貴女が私に話したいことがあると言っていましたよね」

ミイは顔を上げずに肯定した。

「私達、暗殺集団黒猫は、今回の王様の件については全く関与しておりません。今までの王子様への侮礼の数々にあたり賤しい身でありながら、本日は団長としてこの事を伝えに参りました」

一息で彼女は言い切った。


「うん、やっぱりそうだよね」

力の抜けた声と緊張が解れる音がした。

「やっぱりとは、一体」

チヒロは驚いて顔を上げたミィの前にしゃがむと彼女の手をとった。


「父上の死因、聞きましたか」

「老衰とされていますが、長期にわたる毒物の摂取による衰弱死ですよね」

「そう。さすが暗殺集団を率いる団長さん。情報がドコよりも早いね」


 彼は手をとってミィを椅子に座らせると、自分は彼女の前に立って苦々しい笑顔を浮かべた。


「父上が体調を崩されてからこの城はずっと関係者以外の入門を避けていました。一度を除いて今までずっとね」

彼女は王子の碧い瞳を見つめた。

「一度というのは、あの子の騒ぎの時ですね」

ミイの呼ぶあの子とは、カミキの事だ。


「そう。つまり、外部である君たちが父上に長期に渡って毒を盛るのは無理なのです。今いる使用人だって、他の城や屋敷からきたプロばかりなのだから」

「なるほど。さすが王子様。素晴らしい推論をお持ちですわ」

ミィは子供をあやすように両手を叩いた。

「もちろん君は犯人や指示した人の事だってもう既に知っているだろう」

彼女は手を止め、顔に笑顔を貼り着けたまま目を細める。

「否定はしませんが、お答えする事はできませんよ」

彼女の口から低く冷たい声が流れた。


チヒロの背中に寒気が走る。

あの時感じたカミキや他連中の視線とは比べられないほどの圧迫感のある鋭い視線。体が締め付けられているような重圧を感じた。これが今までの一国民でありカミキの姉という姿ではなく、暗殺集団の団長という彼女の本来の姿だった。


「あら、大変。もうこんな時間」

ミィが勢い良く椅子から立ち上がった瞬間、チヒロが感じていた重い空気が一斉に晴れて体が軽くなった。

「時間。あぁ、夕食の時間か」

少し折り目のついてしまったスカートの皺を伸ばすように手でパンパンとリズムよく叩くと、彼女は整った前髪を気合い入れるように掻き上げた。

「では、失礼しました。王子様」

彼女はそう一言彼に声をかけると、広間の出口に向かった。


「そうだ、一つ言い忘れていましたわ」

背を王子に向けたまま、声を張り上げて彼女は言った。

「私、依頼主の情報だけは一切誰にも答えられない決まりがあるの」

彼女はそう言うと、クルリと振り向きチヒロにウインクをすると、手を振りながら扉を閉めた。


「依頼主の情報。何の事だ」

チヒロにはその言葉の意味をまだ理解する事ができなかった。

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