3-5. その手は赤の民と共に
「ラピスラズリ」シリーズ第三章。
チヒロがカルーンに到着して翌日。昨夜の宴でみせた美しい姫の姿ではなく身軽な平服を身にまとったララが「城の周辺を案内するわ」と誘われ再び車に乗った。
昨日のように4人で同じ座席に座り、向かう先は城門から離れた場所にあった。城とは違い鉄製の柵の様なもので囲われた街の中に車が進めば、所々車輪が凹凸にはまり車体が左右に揺れる様になった。今まで王城から走ってきた道の様に手入れが施されていないのだ。唯一、車内で視界が塞がれていない正面の窓から外を覗けば、広大な開拓地に平屋の建物が軒を連ねる様子が見える。ここが平民の住居街ということかとチヒロは推測した。
「チヒロ様は既にご存知かもしれませんが、」
不意にララが口を開いたのでチヒロは窓の外から、車内の赤髪の女性へと視線を移す。
「私達の国、カルーンには身分階級が3つございます。平民、貴族、国族として、生まれながらにして階級が決まりその者が死ぬまで変わりません。階級に応じて住む場所が決められ、その集落の周りには囲いで仕切られています」
先程通り過ぎた鉄製の柵、そして城の周辺に建てられていた大きな壁と閉じられた扉。チヒロはララの言葉を聞きながらそれらの事を思い浮かべた。
「お恥ずかしい話です。歴史上では階級差別によって何度も争いがありました。それは国族の私達が同じ人間としての理不尽に気付き、お互いを認め合わなくてはいけない。今の平穏は血で洗われた彼らの亡骸の上に成り立っているのですから」
反対側から今チヒロが乗っている車と同じ様な乗り物が走る。注意深く観察してみれば、馬車で手綱を握る御者が、車というものでは前列で円盤を持ち進路を操り、後ろに乗せた箱を引いているという構造だった。向うは後ろに2人しか乗せられない小型のものだったので、今チヒロが皆と乗っている箱の大きさと比べてみれば一目瞭然だし、その車は窓があり開放的だったのに、この車は正面の窓以外は全て閉じられている。箱を作る材質も違うように見えた。それは強度を上げて中に居る人物を護る為なのだろう。
『このカルーンは恥ずかしながら貴方がたの国の様に平和ではありません』
昨日ララの言葉がチヒロの頭の中で繰り返される。そして彼らがチヒロ達を護ろうとしてくれている事も同時に伝わってくる。
「それはどこの国も同じです。私ような小さな国でもかつては同じ様な過ちがありました。全ては上に立つ者の判断一つだと言う事も学んでいます」
悲しさで伏せられた彼女の瞳にチヒロの碧い瞳が映る。その真っ直ぐな瞳にララは優しく微笑んだ。
「この街は平民の住居であり、この先には彼らの仕事場があります。是非私の国の彼らの素晴らしい仕事を貴方に見ていただきたいの」
車が停車しそこから降りると、目の前にはとても大きな平屋があった。もしかしたらブッチランドのチヒロの城が1つ入ってしまうのではないかと思うくらいだ。また建物の横には堀があり、そこに大きな運河が通っている。チヒロは今までに見た事のない光景に息をのんだ。
「姫様がご到着されたぞ」
聞いた事のない男性の声が響き、視線を向ければ平屋から人が次々に顔を出す。
「忙しいところなのにごめんなさい。是非皆さんの素晴らしい仕事を紹介したくって」
ララは彼らに駆け寄り、ここの代表と思われる年配の男性に声をかける。どうやら先程の声は彼が発した様だ。
「遠い海を越えて良くいらっしゃいました。ブッチランドの少年王、チヒロ様」
彼がチヒロの前に出て、膝を折り頭を下げる。
「この国の造船技術はどこの国にも負けてないと、私達は誇りを持って働いているんだ。是非我らの汗水の結晶を観て帰ってほしい」
彼の言葉が終わると共に、周りの人々から拍手でチヒロは迎え入れられた。
造船所の内部に足を踏み入れれば、周囲には見た事のない機械が並び、何本もの太いコードが蛇のように足元で繋がっている。そしてその境のない広い空間の中央にチヒロの目は奪われた。チヒロが海を渡った時のカルーンの大きな船を思い出させるような、それと同じくらいの高さもあり幅もある、一隻の船がそこにあった。
「やっぱり男の子だね。うちの王子と同じ様な顔してみているよ」
近くに居た年配の女性がチヒロに言った。
「真っ直ぐな両目をキラキラさせて、期待いっぱいって顔で口をあけて船を見上げているんだ」
彼女の言葉にチヒロは頬を染め、慌てて開いていた口を閉じる。その様子を見て周りの人々は笑った。
「貴方の父君も同じような顔で見上げていたよ。彼がブッチランドの王になって初めてこの国に来た時。まだ平民と貴族と国族で仲違いをしていた頃で身の危険があるかも知れないと言うのに、うちのカルーンの新王と一緒に顔を出しに来たんだ。兵隊など連れずに少人数で。急に彼らが訪れたものだからこっちは大変驚いた事、」
杖をついて腰の曲がった白髪の老人が昔を懐かしみながら言葉を続ける。
「『こんな素晴らしい技術に誇りを持つべきだ。いがみ合う時間があるのなら、その貴重な時間でこの技術を世界一にした方が有意義ではありませんか』って、貴方の様にその真っ直ぐな澄み切った碧い瞳を輝かせて我らに説いたんだ。その言葉はいつになっても決して私達は忘れはしないよ」
老人の白く濁ってしまった目に過去を写しながら、チヒロに微笑んだ。
ララとこの造船所の代表である男に案内され、船造りについて説明を受けた。チヒロが驚いたのは、力が必要な男性が多い職場の中でも、女性も布を縫い合わせたり、男性と同じ様に火を使いながら鉄を作っていた事だった。まさに適材適所であり、皆が活き活きと肩を並べて働いている。『女性は女性らしくあるべき』というブッチランドに未だに根ずくあり方は、やはり古いのかもしれない。
「これからは風の力以外でも動ける様に新たな動力の開発も行っているんです」と、男が案内したのは造船上の一番奥にあるある一室だった。
「車の動力と同じ様な構造で船を進ませる事ができるのなら、風向きも調節しなくても良いし、風のない時にだって思うがままに動く事が出来るはずです」
彼が指差した先には複雑な配線をした金属の塊が置いてある別室が窓の向こうにあった。そのモノを良く見ようと窓に近付こうとしチヒロを男は止めた。
「これはまだ実験段階で安全性はまだないので、近寄らないでください」
「まるで物語の世界に迷い込んでしまったようです。私の国との差があまりにもありすぎて、折角ご説明いただいているのにただ驚くばかりで、頭に入ってきません」
チヒロはそう自らを笑いながらその場を離れた。
大きな船。馬より早い車という乗り物。街を囲む強度のありそうな鉄製の柵。防御に徹した城門。彼らの身を護る銃と言う武器。このカルーンという異国の地に来て目に入る者全てが新しく、精巧に作られた強固のモノ。それは争いの歴史の中で生まれた攻防それぞれに適した技術から作られたものなのだろう。
カミキが言っていた『新しい世界』。確かに城の中から外に出ることなく、書籍や教育係からの口頭で外の世界を知った気になっていた今までのチヒロには、この国全てが得る事ができなかった知識と貴重な経験だった。
チヒロはふと疑問になる。王になったばかりの父上もこの国で、この素晴らしい技術力を体験していた。その場で自国との発展の差に気付いた事だろう。それなのに何故この国の技術をもっと積極的に取り入れ、新しい文明として国の暮らしを発展させようとしなかったのか。もしかしたらブッチランドの小さな国でも車が走り、もっと海の外に出て新しい世界を知る事が出来たのに。
答えのない自問自答のさなか、再びチヒロ達は船のある造船所の中央に戻るとシオンが人々と談笑しているのが目に入った。そう言えばこの工場内に入ってからはチヒロとキサ、そしてララは代表の案内で見回っていたがシオンはその場から離れていた事を振り返り思い出す。この内部は安全だからという事か、だとしても姫を護るための騎士である彼が勝手に離れてしまうのはいかがのものか。
チヒロが彼の事を見ていたのが分かったのか、隣に居たララが口を開く。
「シオンは平民の出なの。両親がこの造船所で働いていて、幼い頃からここに顔を出していたのでここの従業員達とは顔なじみ。と、言うよりは家族のようなものね」
ララの説明にチヒロの後ろで聞いていたキサが驚く。
「終身階級のこの国で、平民の出でありながら今は姫様の騎士として働いていらっしゃるのですか。それは御立派です」
「キサとどこか似ているね」
「えぇ。可能ならば一度手合わせをしていただきたいです」
キサの正直な返答にチヒロは笑う。
「いつも兄さんと手合わせとかやっていたから、この数日間であまり体を動かしせていないので溜まっているのかな」
キサはその言葉で顔を染めて黙ってしまった。
「ここの人達は、シオンが両親を亡くしてからも温かく迎え入れてくれて、自分の子供の様に彼を育ててくれたそうよ。だから、ほら、」
ララはシオンが談笑している姿を見て、一瞬その言葉が切れた。
そんな彼女が気になってララの横顔を見上げれば、ララはチヒロの視線に気づいて微笑む。
「いいえ。なんでもないわ」
そう言った彼女の一瞬の顔をチヒロは見てしまった。
ララの紅の瞳が彼の金髪の姿を映しながら震えていたことを。そしてその顔は最近どこかで見た顔と似ていた事を。




